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嫉妬と男色〈4〉
俺は目を覚ました。また見慣れた天井が目に入った。昨日のことは夢か幻だったんじゃないかと思いそうになるが、動かす度に体中に走る痛みが、これは現実だと突きつける。
「目が覚めたか?」
新倉さんの声だ。横で寝てた柊二さんはもうどこかへ行ったみたいだ。
「研一、具合はどうだ?」
「動かすと痛みはありますが…気分は悪くないです」
そうだ、体の痛みより、柊二さんの昨夜のあの蛮行…俺が動けないのをいいことに揶揄うにしてもやり過ぎだ。人のことをキスもしたことがない童貞だのと言って、楽しそうに俺のファーストキスを奪った。俺は自慰行為はしてもそれ以上の性的なことをしたいとも思わない。俺にとってセックスは金と欲に塗れた恥ずべき行為と思っている。だから敢えて誰かとやりたいとも思わない。
また柊二さんに揶揄われる前に、一日でも早く怪我を治さないと。
ベッドの足元側に黒い椅子が置いてあるのに気付いた。昨日柊二さんが座っていたのとは違うよくあるデスクチェアーだ。新倉さんが持ってきたのだろうか。
俺がその椅子をじっと見ていると、新倉さんは、ああ、その椅子な、と話してくれた。
「柊二さんから連絡があってな、お前が上手く歩けないから事務所の椅子を持ってきてくれって言われたんだよ。柊二さんは事務所に行ったから、代わりに今日一日、俺がお前のお世話係だ」
新倉さんは冗談っぽく言うと、その椅子に座って足漕ぎの振りをした。
「な?これだと歩かなくて済むだろ」
そうだった。昨夜柊二さんのお姫様抱っこでトイレに行ったのを思い出した。暫くの間は捻挫した足を床に着いて歩くのは無理なんだった。
「ほら、起きれるんだったら座ってみろ」
俺は体を横に向けてから肘を突いてゆっくりと上体を起こした。痛みはかなりあるが、昨夜より幾分ましにはなっている。新倉さんは、俺が移乗しやすいようにベッドの傍に椅子を移してくれた。大丈夫な方の足を支えにして椅子に座った。座った振動で肋骨に痛みが走る。でも、ゆっくりと足漕ぎはできる。これで一人でトイレに行ける。
「せっかくなんで、このままトイレに行ってきます」
キコキコと変な音を立てながら、俺はトイレに向かってゆっくり進んだ。
「小便漏らすといけないから、今は俺が押してやるよ」
新倉さんは笑いながら背もたれを押してくれた。俺の足漕ぎ姿が滑稽過ぎて見るに堪えられなかったんだろうか。
「もう少しコロがスムーズに動くようにしておいてやるよ」
「すいません。お願いします」
「なぁ、それより…あの時、カンジを庇ってくれてありがとうな。マジで助かったよ」
そうだ…あれからどうなったんだろう。俺は柊二さんの足元に縋り付いたまま意識を失ったんだった。
「お前のお陰で、指一本だけで済んだ」
「えっ…指一本って、まさか…」
「冗談だ。どこもどうもなってない。まぁ、頭を一発殴ってやったけどな」
新倉さんは俺の頭をポンと軽く叩いた。
「もう!新倉さん、人が悪いですよ。それに俺は今、頭を怪我してるんですからね」
新倉さんは慌てて、すまんすまん、と笑いながらトイレの扉を開けた。
「ほら、立てるか?」
新倉さんは、俺の背中を支えてくれた。
「大丈夫です」
俺は素っ気なく言った。
「怒んなって。組の奴らもお前のことを見直したんだからな。カンジも馬鹿だけど、今回ばかりはアイツの気持ちも分からないわけではなかったからな…だが、柊二さんの言うことには逆らえないし。お前が必死に柊二さんに言ってくれたから柊二さんも気が変わって、カンジは命拾いした」
あの時俺は何を言ったのか今となってはよく覚えていない。が、今、立ち上がっただけで、捻挫した足首はズキズキと痛み出し、それに亜脱臼の肩や肋骨にも鈍い痛みがある。俺はカンジさんに相当痛めつけられた。それでも俺は、カンジさんを庇ったんだ。
「なぁ、ズボン下ろしてやろうか?」
新倉さんは、またふざけて言う。柊二さんといい俺は揶揄われ易いんだろうか。
「もう、今日は一人でできますから」
「今日って…じゃあ昨日は柊二さんに下ろしてもらったのか?」
俺は聞こえない振りをして、トイレの扉を閉めた。
トイレから出ると、新倉さんは俺をじっと見た。俺は無視して懸命に足漕ぎをした。新倉さんは何を考えているのか、もう椅子を押してくれない。
「研一、お前、ひょっとして昨夜柊二さんと何かあったか?」
探るような声。俺はキコキコを止めた。
「いえ…別に何もないです。傍で俺を見てくれていただけです」
嘘はついてないよな。俺は部屋に入ると、ゆっくりとベッドに移った。俺の後ろをついて来た新倉さんは、ふうん、と言って俺を見ている。次第に目つきが変わってくる。場数を踏んでるヤクザの眼光は鋭い。俺は居た堪れなくなった。
「…ただ…あの」
「ただ、何だ」
何で、問い詰められるんだ?
「深夜だし、俺のベッドで一緒に横になってもらいました。その時に柊二さんの…その…背中を…見ました」
すると新倉さんの表情は一変した。
「お前、柊二さんのあの創を見たのか?」
「…はい…見ま…した」
「ってことは、お前の前で脱いだんだな柊二さんは」
「…はい…脱ぎました。寝る時の習慣だからって」
口移しで水を飲ませてもらって、その後にキスをされました、まではいくら新倉さんにでも言えない。
片眉をあげて、ニヤッとした新倉さんは、一人で納得したように、首を数回縦に振っている。
「柊二さんが朝からえらく機嫌が良かったのはそういうことか」
機嫌が良かった?…そういうことか?…えっ、何?…意味がわからない…。意味深な言い方も気になる。
「研一、朝飯食えるか?」
新倉さんはまた穏やかな口調になった。
「はい……あの、新倉さん。柊二さんの機嫌がいいって、どういう」
「じゃあ、後でエリ子になんか持って来させるから。それまで、おとなしく寝てるんだぞ」
俺は柊二さんの機嫌が良かったその意味を訊きたかったのに、新倉さんは遮るように言って、そして部屋を出て行った。
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