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嫉妬と男色〈5〉

 俺はどうしても、新倉さんが言った『柊二さんの機嫌がいい』という意味を知りたかった。新倉さんに声をかけても、後でな、と言うだけで俺の部屋には来てくれない。余計なことを訊かれると絶対に思っている。  エリ子さんが食事を持って来てくれると、お前、研一を見てやってくれ、と言ってエリ子さんに俺の相手をさせようとした。ところがエリ子さんは、今から業者と打ち合わせがあるって言ってるでしょ、と言い、そして、研ちゃん、またすぐに来るから、お大事にね、と声を張るとすぐにマンションを出て行った。    新倉さんは、エリ子さんが持って来てくれた食事を部屋に運んでくれた。ねぇ新倉さん、と目の前で言っても聞こえない振りをする。それならばと、食事を食べ終えた俺は椅子をキコキコ鳴らしながらリビングにいる新倉さんが俺を見るまで、その姿をじっと目で追った。根負けした新倉さんは、仕方なく俺の傍に来てくれた。   「ああ?何だ?…椅子なら後で修理しておいてやるから」 「そうじゃなくて、今朝、柊二さんの機嫌がいいと新倉さんが言ったことです」    新倉さんは、はぁ、と溜息を吐いた。 「ったく…それはだな」  新倉さんは俺を一瞥すると、自分の頭を掻いた。 「まぁ、つい口が滑ったというか…いいか柊二さんには俺が話したって言うんじゃないぞ」 「はいっ、もちろんです」 「俺達の世界は男の世界だ。大切な人の為に自分の命を賭けて守ることもよくあるんだ。要は命を賭けても守りたいってのは、つまり、その、何だ…分かるだろ?男同士でもよ」 「つまり、男色ってことですか?」 「おっ…お前…まぁ、そういうことだ」 「じゃあ、新倉さんは、柊二さんが俺に対してそうだと思っているんですか?」 「バカ野朗。そんなこと勝手に言えるか!…かも、だよ。かも。ひょっとしたらの話しだ。この話しはこれで終わりだ。いいか絶対に柊二さんには言うなよ」 「あの…」 「もう終わりって言っただろうがっ!」 「そうじゃなくて…結果的には命を賭けたように見えますが、俺はカンジさんにはそんな感情はありませんから」  新倉さんはキョトンとした顔で俺を見た。すぐに俺の言葉の意味がわかるとゲラゲラと笑った。 「言われなくてもわかってる。本当にお前は変わってるっていうか面白い奴だな。さぁもう、昼飯まで寝てろ。で、その後は野崎先生の往診だからな」  新倉さんは、柊二さんには絶対に言うなよ、と念を押した。俺は、わかりました、と返事をして部屋に戻った。  ヤクザの世界でも男色はあるんだ。新倉さんは確信めいた感じで言ったけど…柊二さんが俺のことを?まさかな…面白半分に揶揄っているだけだ…きっと。俺はそれ以上考えるのはやめた。  俺の体は、日に日に治っていった。新倉さんが修理してくれた椅子にも、もう座らず杖代わりにして歩くことができた。頭の傷は二、三日後には野崎医院に行って抜糸の予定だ。肋骨だけはまだちょっとした弾みで痛みを感じる。  柊二さんは、無理はするな、と言ってくれるけど、俺はキッチンに立った。早く料理を作りたかった。柊二さんノートにもっと料理名を書き記したかった。  ◇◇◇      肋骨の痛みもほとんどなくなった頃、柊二さんは会社の部下、つまりは組の人たちをここに呼んで、俺の料理で食事会をしたいと言った。俺を料理人として皆んなに改めて紹介をするそうだ。今までも組員の家族も一緒に参加する食事会を催していたみたいだが、その時はケータリングサービスを利用していたそうだ。今回はお前の料理だからな、って言われると何だか誇らしい気分になる。俺は何を振る舞うか真剣に考えた。柊二さんからは、グラタンは俺だけの料理だから作るなよ、って言われた。  何だろう…新倉さんに言われたせいなのか、俺の柊二さんの見方が少し変わってきている…ような気がする。  数回に分けて開催した食事会も今回で終わりだ。俺はレブロンの厨房で忙しく働いていた時のことを思い出していた。やれやれという思いと、もう終わりかと寂しい思いが混在する。  キッチンで最後の料理の盛り付けをしていたら、俺と同年代っぽくておよそヤクザには見えない男が、訳知り顔でやってきた。 「初めまして、俺、飯村恭介。ねぇ、殿村さんと君はどういう関係?」 「専属の料理人ですけど」 「専属ねぇ…料理以外は?」 「まぁ、家のこと全般」 ふうん、と飯村さんは何だか納得していない顔を俺に向けた。この会の初めに柊二さんから、俺のことを料理人だと紹介してくれたのに。敢えて柊二さんとの関係性を改めて訊いてくるなんて、この飯村恭介という男は何を考えているのだろう。 「俺さ、ほら、殿村さんと新倉さんと一緒に話してる彼…仁川さん、っていうんだけど、仁ちゃんのパートナーなんだ」  そう言って愛おしそうに、仁川さんを見た。パートナーって要は恋人ってことなんだよな。そうか、怪我をした翌朝、新倉さんが俺にあんなことを言ったのは、彼らのことを間近で見ているからなんだと、今、理解した。 「で、本当はどうなのよ…殿村さんとは」  飯村さんはで片頬を上げたニヤついた顔で俺にしつこく訊いた。自分のことを話したんだからと、柊二さんとの真相を迫る。もし俺が柊二さんの愛人だとしたら、お友達にでもなりたいのだろうか。俺は苦笑した。 「だから、料理人ですって」 「食えないねぇ…こんなにフェロモン巻き散らかしてんのに」 「フェロモンだなんて…それは、飯村さんだけの感想でしょう?」 「そうかなぁ?…あっ、俺のこと恭介でいいよ、研一君」  俺は心の中で、アンタの方が食えない奴だ、と悪態をついた。フェロモンだなんて、とんでもない。 「でも、殿村さんは優しいでしょう?」  詮索の方向性を変えてきたようだ。俺は一瞬答えに詰まった。怪我をした夜のことが頭に浮かんだ。エロい揶揄いはあったものの、口移しで水を飲ませてくれたり、歩行支援のキャスターチェアを用意してくれたり、確かにそれは柊二さんなりの優しさなんだと思う。が、今、恭介さんが訊いている優しいっていう意味はまた種類が違うだろうと思った。が、恭介さんが言ったそれは本当に柊二さんを讃えた言葉だった。 「殿村さんは常に俺たちや組のことを考えてくれてる。この会だってそうだよ。今回は研一君の紹介でもあったけど組員同士が結束を図れるよう普段から家族ぐるみで交流できる機会を作ってくれるんだ。ここに居る皆んな、というか組の皆んなは、殿村さんのためならいつでも体を張る覚悟はあるんだよ。特に新倉さんなんて殿村さんに命を預けているようなもんだからね」  柊二さんと新倉さんの間には俺が想像もつかない過去があるんだろうな。 「それに引き換え、あのカンジの馬鹿さ加減は何なんだろうね…仁ちゃんから話しを聞いてさ、呆れるを通り越して爆笑したよ」  カンジと呼び捨てにするのは、立場的に自分が上位なのか、ただ普段から馬鹿にしている現れなのか。どちらでもいいことだけど、俺は、ここで恭介さんと長々と話しをしたいとは思えなかった。 「だいたいさ、殿村さんが自分の元に刺客をおくわけないでしょう、って話しだよね。殿村さんに、いいとこ見せよう、って下心ありありだから、あんなバカやるんだよ。まぁ、研一君にはたまったもんじゃなかっただろうけど」  そういえば、この数回に渡る食事会にカンジさんは来ていないことに気付いた。呼ばない訳はないだろうし、カンジさんの方から辞退したのだろうか。  今回の食事会は、新倉さんや恭介さんカップル以外は男のお一人様が集まっている。カンジさんには一番参加しやすい会だ。  既に終わった数回の食事会はそれぞれが気を遣わないようなグループ分けをされていた。特にファミリーで来た組員の奥さんの中には、ヤクザを夫にもった妻としてまた子育て中の母としての悩みを先輩姐さんに相談している様子も見られた。柊二さんは組員もとよりその家族も大切にしている。恭介さんの言う通りだ。山東会で、柊二さんが若頭なのも納得だ。 「で、その後、怪我はもう大丈夫なの?」 「はい。お陰様で。もうどこもなんともないですよ」 「お陰様ねぇ…俺は別に何にもしてないけど」  恭介さんはそう言うと、手をヒラヒラさせなが、また仁川さんの方へ戻っていった。俺は思わず、社交辞令です、と言いたくなった。恭介さんは苦手な部類の人だな。

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