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嫉妬と男色〈6〉
最後の食事会が終わって数日が経ったある昼過ぎ、柊二さんから連絡があった。夕方に数人連れて帰るから、カレーでも作っておいてほしいと。
これまでも、柊二さんはたまに組の若い衆を何人か連れて帰り、自宅で飲み食いさせることがある。今回もそれだと思っていた。
夕方、柊二さんが帰って来た。新倉さんとエリ子さんも一緒だ。新倉さんがエリ子さんを同伴させるなんて珍しいなと思いながら玄関で出迎えると、エリ子さんの後ろにカンジさんもいた。カンジさんは背中を丸めながら頭を掻いている。カンジさんと会うのはあれ以来だ。
「カンジがお前にちゃんと謝りたいと言ってな。それで連れてきた。で新倉とエリ子は付き添いだ」
新倉さんは付き添いと言われて笑っている。
「あらぁ…いい香り。カレーかしら」
「はい。柊二さんからカレーと言われて」
「そうなんだ。柊二さんは、優しいわね。カンジ君はカレーが大好きだもんね」
「柊二さん、ありがとうございます」
「たまたまだ。礼は研一に言え」
カンジさんは、チラッと俺を見た。
ダイニングテーブルに着席すると、柊二さんは早速、酒の用意を俺に頼んだ。
「柊二さん、ワインは赤がいいですね」
「そうだな…ライトボディはあったかな?」
「確か後一本はあったはずなんだけどな」
俺はパントリーの横に新しく設置したワインセラーの中を探した。お目当ての一本を見つけた俺は、オープナーと一緒に柊二さんに渡した。柊二さんは慣れた手付きでコルク栓を抜くと、用意したグラスにワインを注いだ。
「研一、いいか?」
キッチンに戻って盛り付けをしていた俺は、柊二さんに呼ばれてテーブルの傍に行った。
「カンジ。さっさとやってくれ」
「あっ…はい」
カンジさんはモジモジしながら俺を見た。
「研一。あの時は本当に悪かった。俺の勘違いで大怪我をさせてしまって。それに、柊二さんに殺されそう…あっ、いや、落とし前をつけないといけなかったのに、俺を全力で庇ってくれて、本当にありがとう」
カンジさんはその場で九十度に近いくらい頭を下げた。
「そんな、改められると…俺も不注意だったし、普通に考えたら毒殺を企んでるって誰でも思いますよね。だからこれで手打ちにしましょう」
「おお?お前が手打ちなんて言葉を使うとはな」
新倉さんはクスリとした。そして、柊二さんの方を見て、お願いします、と言った。柊二さんは、一つ頷くとグラスを持った。
「新倉から、早とちりのカンジと研一の仲をとり持ってほしいと言われた。こんな小者同士の仲直りは勝手にやってくれって感じなんだが、とはいえ、研一に一番酷い傷を負わせてしまったのはこの俺だしな…今回のことは今日をもってお互い水に流すこと。いいな?」
「はい。もう、俺…俺、研一に嫉妬しません」
カンジのその言葉に、柊二さんはじめ新倉さんやエリ子さんは、お互い顔を見合わせて爆笑した。
「何だ、お前。研一に嫉妬してたのか?」
爆笑されて、カンジさんはムッとしていた。俺はやっぱりと思った。
「だって、今まで俺が柊二さんのお世話をしていたのに、ある日急に研一がやって来て。俺はもう要らないって言われて…研一は、見かけも綺麗だし頭もいいし、それに料理も上手いし」
「当たり前じゃない。研ちゃんは料理人としてここに来たんだから」
エリ子さんは呆れて言った。そして、いいですか?お二人さん、と言って、諭すように柊二さんと新倉さんを見た。
「この世の中、男の人の方が女々しくて、それに嫉妬深いんですから。そのあたりのことを、きっちりと肝に銘じておいて下さいね」
「新倉、エリ子はお前には勿体無い女だな。旦那の上役であろうと平気で意見するんだから、お前は道を外すことは無さそうだな」
「よして下さいよ」
新倉さんは、少し照れたような顔をした。
「まぁ、お前ら小者の仲直りと、組のこれから益々の繁栄に乾杯だ」
皆んなは、乾杯、と言ってグラスを上げて、ワインを一息に飲み干した。俺は、少し口を付けただけで、グラスを持ってキッチンに戻った。エリ子さんは皆んなのグラスにワインを注ぐとキッチンにやって来た。
「研ちゃん。何か手伝うわ」
「すいません、ありがとうございます。カレーはテーブルで盛り付けようと思って、お鍋ごと向こうに持って行きます」
俺は、カトラリーとサラダをワゴンにのせた。
「じゃあ、それ運ぶわね」
エリ子さんはそう言って、ワゴンを押した。テーブルでは、嫉妬、と言ったカンジさんに、柊二さんや新倉さんは笑いながら揶揄ったり軽く頭を叩いている。
俺には経験はないが、家族の団欒てこんな感じなのかなと、ふと思った。エリ子さんは、叩かれてばかりのカンジさんの頭を庇うようにヨシヨシと撫でている。そして、カンジさんは柊二さんにワインを酌んでいる。
俺も…俺もあの中に入ってもいいんだよな。あそこが俺の今の居場所なんだ。
「研一。皆んな腹ペコだぞ」
「あっ、はい。直ぐに持っていきます」
俺は急いで、鍋と炊飯器をテーブルに運んだ。
「カンジ。お前はいつまで柊二さんの世話係をやるつもりだったんだ?いい加減組の仕事も覚えないと、いつかクビにされるぞ。オヤジさんも気に掛けてくださってる」
「俺…頭悪いから。組の仕事なんてできますかね」
「とりあえず、このままオヤジの運転手をやりながら覚えていくといい。FPの資格でも取ったらオヤジも喜ぶだろうけどな」
「なっ…何ですか?そのエフなんとかって」
俺はクスッとしてしまった。
「ああ⁈研一は知ってるのか?」
「ええ、まぁ…」
マジかよ、と不貞腐れたカンジさんに柊二さんは少し真剣な顔をした。
「研一は中卒だ。それでも色々努力して今がある。お前はどうなんだ?少しはその悪い頭を働かせて考えろ」
俺が中卒だと聞いたカンジさんの表情はあからさまに明るくなった。
「なんだ、お前、中卒かぁ…俺は高卒だ。やっとお前より上になれるとこみつけた」
柊二さんや新倉さんは呆れていた。
「それにしても、このカレー本当に美味しいわね。さすがシェフね」
「スパイスを調合したのは久しぶりだったんで、お口に合って良かったです」
「ねぇ、このカレーうちの店でも出せないかな」
「エリーゼ、でか?クラブでカレーの匂いさせんのか?」
「ダメ?…たまにお客さんから何か食べたいって言われることがあるのよね」
「それでもカレーはやめておけ」
「ねぇ、研ちゃん。匂いがしないカレー作ってよ」
「無理言うな。研一は柊二さんの料理人だぞ」
俺は笑った。新倉さんはエリ子さんの頭を小突いた。柊二さんは二人のやり取りを微笑ましく見ている。カンジさんはひたすらカレーを頬張って……俺は、楽しくて温かいこの場所が、初めて好きだと思えた。
柊二さんは、お前がその気なら店を持たせてやる、と優しい笑みを浮かべて言ってくれた。俺も笑顔で素直に、はい、と答えた。
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