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キス〈3〉
その夜、柊二さんは外で食事を済ませて帰ってきた。そしていつものようにお返しキスをした。いつものようになかなか唇を離さない柊二さんを俺は押し返した。
「何だ?ご機嫌斜めか?」
わかってるくせに。
「柊二さん。結婚するんですか?」
「はぁ?何だ、藪から棒に」
「今日、麗蘭さんが来て、柊二は私のフィアンセなんだからね、って息巻いてましたけど」
柊二さんは、フッ、て鼻で笑った。
「俺は知りませんでした。でも、おめでとうございます」
俺は、つっけんどんに言ってる。何だ、この釈然としない気持ち。本当は、おめでとうございます、は誕生日のお祝いで言いたかったのに。
柊二さんは、こっちに来い、って俺をソファーに座らせた。
「カンジは新倉に一発殴られたようだ。腫らした顔で俺のところに土下座しに来たぞ」
「そうですか」
俺は、腹立たしさを抑えて言った。柊二さんは苦笑した。
「今回はカンジのこと庇わないんだな」
「当然です。あの時は柊二さんを護ろうとしてのことですけど、今回はいくら麗蘭さんに言われたことだとしても、柊二さんの許可もなく柊二さんの自宅に連れて来るなんて言語道断ですよ。柊二さんのプライベートな領域を荒らすなんて。しかも嘘までついて扉を開けさせたんだから」
「嘘だって?」
あっ、カンジさんは、ここまで言ってなかったのか。
「柊二さんから頼まれものがあるからって」
「はぁ⁈…アイツは破門で決まりだな」
真実とは言え、余計なことを言ってしまったか。
「でも、反省してるんでしょう?」
「本当に反省してたら、誤魔化すか?」
「全部話したら、新倉さんに殺されると思ったんじゃないですか?」
柊二さんは、言えてるな、と笑った。
「お前は今日の日のことを知っていたのか?」
「はい…エリ子さんに教えてもらいました」
柊二さんは、そうか、と言って麗蘭さんのことを話してくれた。
「今朝、麗蘭が食事に誘ってきてな、俺は、そんな気はないから断ったんだ」
「でも、フィアンセなんでしょ?」
俺は、柊二さんをチラッと見た。
「なぁ、お前、妬いてんのか?」
「…ち…違いますよ。フィアンセがいるのに柊二さんが黙ってたから…それで…ちょっと…」
「ちょっと、何だよ…正直に言ってみろよ、俺っていうのがありながら何で麗蘭となんか…柊二さんのバカ、ってか?」
俺はニヤついてる柊二さんを睨んだ。何か悔しい。柊二さんが言ったのが当たっているからか?…いや、これは、麗蘭さんに食事を無茶苦茶にされたから、悔しいだけだ。
「よしよし、可愛いなお前は。麗蘭とは何でもない。まぁ、オヤジは麗蘭と俺を結婚させるつもりだったようだが、俺はパイプカットしてるから、子供は作れない。そのことをオヤジに言うと、諦めてくれた。なにしろ山東家には麗蘭しかいない。麗蘭が後継を産むわけだからな」
「でも…でも麗蘭さんは、そう思ってない」
「ああ、そんなのは、放っておいたらいいんだ。我儘放題言って組の奴らもほとほと困っている。オヤジも麗蘭のこととなったら形無しだ…それより、俺に何を作ってくれてたんだ?」
「それは…キンメの煮付けと昆布締めはダメになりましたけど、生姜とアサリのご飯と蓴菜の清汁と、あとグラタンです」
「俺の好きなのばっかりだな」
「まぁ、お誕生日ですから」
好きなのばっかりだ、と言ってくれたのは嬉しい。柊二さんは、わかってくれている。捨てられた煮付けや昆布締めも少しは浮かばれるだろう。
「じゃあ、アサリ飯は明日の朝飯、で、グラタンは夕飯にしてくれるか?」
「はい、わかりました」
なんだ…麗蘭さんが勝手にフィアンセって言ってるだけなのか。柊二さんも罪な男だ。でも、麗蘭さんには同情はしない。
「研一、今から風呂に入るから背中を流してくれ」
えっ…風呂の用意じゃなくて背中を流すのか。まぁ、誕生日だから言うことを聞いておこう。
柊二さんが風呂場に入った後、俺はズボンの裾を捲って風呂場の扉を開けた。
「お前、なに服を着てるんだ。背中を流すっていうのは一緒に風呂に入るってことだろうが。脱がないんだったら頭から水ぶっかけるぞ」
もう、それなら一緒に風呂に入ろうって言えばいいのに。俺は急いで服を脱いで風呂場に入った。何となく予想はしたけど、柊二さんは裸の俺にいきなりシャワーで水をかけた。ここで文句を言ってもどうせややこしくなるから、俺は黙ってボディタオルを泡立てた。
柊二さんは俺に背中を向けてシャワーチェアーに座った。俺は背中を擦った。大きな背中だ。創痕のところだけ少し皮膚の色が違っている。
「研一。今日は色々支度をしてくれて、ありがとうな」
もう、急にそんなこと言うなんて柊二さんはズルい。
「どういたしまして。明日の朝ごはん楽しみにしててくださいね」
でも、誕生日は今日なんだから、やっぱり今日お祝いをしたい。
俺は背中を流しながら、ハッピーバースデーを歌った。こんなことができるのは、偽フィアンセではなく料理人の俺だけだ。ざまあみろってんだ。俺は少し気分が晴れた気がした。そして歌い終わるとシャワーで背中の泡を流した。柊二さんは肩を震わせて笑っている。
「お誕生日おめでとうございます。ケーキとローソクはありませんけど」
俺の方にくるりと向きを変えた柊二さんはニヤついた顔で言った。
「それなら、お前の股間にぶら下がっているローソクを吹き消してやろうか?」
俺は慌てて股間を手で隠した。柊二さんは、冗談だ、と言って、デコピンをした。
もし、俺が、どうぞ、って言っていたら、柊二さんは本当に俺の股間のモノをどうにかするつもりだったのか?いや、絶対にそうならないとわかっていて俺が困る冗談を言う。水をかけられたこととデコピンをされたおでこの痛みのせいで俺は少し腹が立ってきた。
よぉし…意趣返しだ。俺は柊二さんの唇にキスをした。
「何のつもりだ?」
柊二さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤッとして言った。
「誕生日プレゼントです」
俺は毅然として言った。当然、笑顔もなく可愛げもない。柊二さんは益々ニヤついた顔をした。俺の後頭部を掴んで、自分の顔に鼻がつきそうなくらい俺の顔を近づけた。
「それだったら、まだ足りないな」
柊二さんはキスをした。いきなり舌を入れて口の中をかき回し、何度も顔の向きを変えながら俺の舌を吸い込んだ。貪りつくすようなキスだ。俺はされるがままだった。そして柊二さんはもう片方の手で俺の首筋から肩を撫で、そして胸の突起を指の腹で何度か擦り上げた。更にその手は臍の下まで移動すると、さっきローソクにされそうになった俺のモノを掴んだ。俺は反射的に一瞬仰け反りそうになったが俺の後頭部を掴んでいる柊二さんの手はそれをさせなかった。激しく濃厚なキスと対照的に、俺のモノを掴む手は優しかった。揉むでもなく摩るでもなくただ握っている。そして唇が離れた後もまだ握られていた。
柊二さんは、俺の顔を見ながら、柔らかいままだな、と少し残念そうに言った。
「あっ…あの突然だったし」
「お前…インポってことはないよな」
「はっ、はい…違います」
柊二はさんは、ふうん、と言って手を離した。
「じゃあ、先に上がってろ。俺は少し落ち着かせてから出る」
柊二さんの股間の雄は、俺を狙っているかのように勃ち上がっていた。その雄姿は思わず二度見をするくらいだった。
突然のことだったが、何故か俺は嫌じゃなかった。噛みちぎられるんじゃないかと思うほどの激しいキスと優しく握った柊二さんの手の感触がまだリアルに残っている。それと雄姿の残像…。
俺は、バスタオルで体を拭きながら洗面台の鏡を見た。デコピンされたおでこの真ん中と唇の端が少し赤くなっていた。
柊二さんは言ったけど、俺は決してインポではない。ちゃんと自慰行為をして射精もできる。
ただ、柊二さんに触れられても股間に熱いものは感じなかった…。
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