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再び逃行〈3〉

 帰りの列車の中、俺は柊二さんに会いたかった。会って、今朝できなかった切り火キスをして、そして柊二さんから報告だと言って長いキスをしてほしかった。  俺はもう証拠品は持っていないんだから、イーストの近くに行ってこっそり柊二さんの様子を見るとか…できないよな。  今朝別れ際に、必ず連絡する、と言ってくれたんだから、信じよう。勝手なことをして迷惑はかけられない。  数時間前、不安な気持ちで乗り込んだターミナル駅に俺は戻ってきた。慣れているはずなのに、今は人の多さに圧倒されてしまう。  この多くの人が目的を持って何処かに向かっている。俺も新倉さんに言われたビジホに向かっている。そして、その先の俺は何処に向かうんだろう。そこに柊二さんはいるのかな…。    ビジホのロビーで十分ほど待って、チエックインの手続きをした。透明なプラスチックの棒状のキーホルダーが付いた鍵を渡された。  俺は部屋に入ると、すぐに新倉さんに連絡をした。 「新倉さん?…研一です。今、部屋にいます」 (研一か…面倒かけてしまったけど本当助かったよ。ありがとうな。今からそっちに柊二さんが行く。部屋の扉をノックしたらすぐに開けられるように扉の傍で待っててくれ) 「はっ…はいっ!わかりました」  俺は部屋番号を伝えて電話を切ると、扉の内側に立って柊二さんを待った。廊下は絨毯敷きで足音は聞こえ難いが、それでも俺は耳を凝らした。  コンコンコン…。  柊二さんだ。俺は扉を開けた。 「研一!」  柊二さんは持っていた紙袋を下に落とすと扉が閉まるのも待たずに俺を抱きしめた。一旦、少し体を離して俺の顔を見ると、また更に強く抱きしめた。 「柊二さん…会いたかった」  俺も柊二さんの背中に回した腕に力を込めた。  柊二さんは俺の頬に手をやるとキスをした。柊二さんの柔らかい舌が俺の口の中に入ってくる。俺も自ら柊二さんの舌に俺の舌を絡ませた。ずっとずっとこうしていたい。  柊二さんは名残惜しそうに、俺の下唇を食みながら唇を離した。柊二さんは優しく俺の頬を撫でてくれる。 「研一、新倉から聞いている。お前を巻き込むつもりは全くなかったんだ。信じてくれ」 「はい、わかっています。藤澤さんのとこに行ったのも、俺が勝手にしたこと。巻き込まれたなんて思ってもいません」  柊二さんは、また俺を抱きしめた。そして、俺の両肩を掴んだ。 「研一。俺はまたすぐにここを出ないといけない。悪いが少し手伝ってくれないか。あっ、その前に大切な物を渡さないとな」  柊二さんはスーツの内ポケットに手を入れた。 「これには、お前が今まで俺の料理人として働いてくれた給料が入っている。それと印鑑とカードだ…暗証番号は俺の誕生日にしている」  そう言って、俺に俺名義の通帳と印鑑とカードを手渡した。給料っていっても、日々の生活は柊二さんから預かったクレカで充分やっていけた。それなのに…。  俺は通帳を開いた。毎月のように高額な金額が振り込まれていた。残高は優に八桁を超えている。 「柊二さん…おかしいですよ。こんなにもらえません」 「俺はお前に店を持たせてやりたかったんだよ…でも今は、とりあえずこれからの生活費に充ててくれ。新倉が機転を利かせてここを予約してくれてよかった。それをお前に渡すことができてホッとした」    柊二さんは紙袋の中から作業用のような薄緑色のジャンパーとズボン、そして黒い紐無し靴を出した。ここで着替えるんだ。詳しい話しなんて訊いてられない。  俺はジャンパーとズボンのファスナーを下に下ろして着やすいようにベッドの上に広げた。  柊二さんは、ネクタイを外してスーツと靴を脱ぐとそれに着替えた。 「研一、悪いが、服と靴は処分しておいてくれ。こんなことばかり頼んですまない」  その時、扉をノックする音が聞こえた。柊二さんは扉に近づいた。 「柊二さん、いいですか」  新倉さんの声だ。柊二さんを迎えにきたんだ。もう、柊二さんは行ってしまうんだ。 「柊二さん…」  嫌だ…柊二さん行かないで。  俺は喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。柊二さんもきっと俺と同じ気持ちなんだから、我儘はよそう。  柊二さんは、俺を見つめた。俺のことを目に焼き付けようとしているかの様に。 「研一……次に会ったらその時はお前のこと…ちゃんと抱いてやるからな」 「…はい、柊二さん」  柊二さんは、扉を開けた。新倉さんは中を窺い見ると何も言わずに俺に向かって大きく頷いた。 「隣のパーキングに商用の車を用意してます」 「わかった」  柊二さんが部屋を出ようとした時、俺は今朝、切り火キスが出来なかったことを思い出した。 「柊二さん!待ってください」  柊二さんが振り向いた時、俺は柊二さんの肩に手をやって背伸びをした。そして、頬に二回キスをした。 「…そうだったな」  柊二さんは優しい顔で俺の髪をクシャッてすると、もう振り向かずに小走りで去っていった。  新倉さんは、俺のためを思ってか、それとも柊二さんのためか、このビジホを予約してくれた。つまりしばらくは柊二さんと会えないってことなんだ。  次に会ったら、ちゃんと抱いてやるって…今の俺にはその言葉が支えになりそうだ。  俺もここを出た方がよさそうだ。俺という存在をしばらく隠しておかないと、証拠品隠滅の手助けをしたのだから。どこで藤澤さんに繋がるかわからない。  俺は手早く、柊二さんの上着とズボンとネクタイ、それと革靴を紙袋に入れた。そして自分のエコバッグと証拠品が入っていた黒い鞄を持って部屋を出た。  フロントでの精算は、急用が出来たからと適当に言って問題なく済ませた。受付のスタッフは気の毒そうな顔で俺を見ると、またのお越しを心よりお待ちしております、って常套句だろうけど、言ってくれた。  いつか本当に柊二さんとゆっくり泊まりたいな。

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