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再び逃行〈4〉

 ビジホを出た俺は、隣接しているショッピングモールでキャリーバッグを購入した。処分してくれと言われたけど、柊二さんのスーツは俺にとって大切な物なんだ。処分なんて絶対無理に決まってる。それに紙袋なんかに入れておきたくない。  キャリーバッグを転がしながら、俺はまた駅に向かった。とにかくこの街を離れよう。出来るだけ早く、出来るだけ遠くに…行く当てはないが、俺は西へ向かった。  考えてみれば、俺は旅行をしたことがなかった。小学生の時も中学生の時も、修学旅行に行かせてもらえなかった。母親の勝手な経済的事情とやらによってだ。  俺は、あの頃の俺に言ってあげたい。お前は誰にも頼らず、誰にも心を許さず、たった一人で世の中を渡っていこうとした。よく我慢して、よく頑張ったなって。でも、信じられないだろうけど、お前にも心から大切に思える人が現れて、その人と心を通わせることができるんだよって。  そして、未来の俺も、言ってくれてるといいな…その人と愛を分かち合って、今はとても幸せだって。だから、会えなくて辛いだろうけど辛抱しろって…お前の未来は愛に溢れているんだからな……研一。  未来の俺にがっかりされないよう頑張るんだ。今はもう十五の時とは違う。俺は何でもできるんだから。働き口もいくらでもある。どこでも宿泊することができる。何なら家を借りることも。俺自体の本質は同じだけど、年齢と経験値が上がると世の中は味方してくれる。  今晩の寝泊まりは、あの時できなかったネカフェにしよう。俺は新幹線に乗って関西随一の賑わいを見せる街にやって来た。俺は逃亡者だ。夜の雑踏は安心する。手早く腹ごしらえを済ますと、ネカフェに行った。予約なしでも鍵付きの個室を利用することができた。明日以降の逃亡者の彷徨計画でも立てよう。  まず、最初にすることは逃亡者がほぼ例外なくやっている変装だ。服装もそうだけど、俺は髪型を変えることにした。人生初のパーマと髪色を変える。俺はネカフェのパソコンで美容室を検索した。そして携帯ショップも探した。  ◇◇◇  翌日、まず来店予約をした携帯ショップでスマホを購入した。それから繁華街の雑居ビルの中にある美容室に行った。ここも昨夜予約をしていた。    いらっしゃいませ、と男性スタッフがにこやかにで迎えてくれる。 「予約した、須貝ですが…」  何でもないことなのに、緊張した。 「ご来店ありがとうございます。本日担当させていただきます田中です」  そのスタッフは人懐っこい笑顔を見せる。 「ご旅行中ですか?」 「…ええ、まぁ、そうなんです」  まさか、逃亡中だとも言えない。受付カウンターでキャリケースを預かってもらった。案内された椅子に座ると、早速、どのような感じにしましょうか?と田中さんは訊いてきた。 「雰囲気を変えたくて、パーマと…髪色も変えたいんです」 「なら、思い切って金髪にするとか?」  田中さんは、話しのジャブのつもりのようだったが、俺はすぐに賛同した。 「じゃあ、任せてください。超カッコよく仕上げますよ」  田中さんは、男性ヘアスタイル誌を俺に見せながら、俺が似合いそうな金髪パーマヘアを探し始めた。 「俺に似合うスタイルでいいですよ。お任せします」  そして、四時間近くが過ぎ、俺の金髪パーマは完成した。  鏡に映る俺は一体誰なんだ…と思ってしまう。 「どう、どう?めっちゃいい感じやん、バッチリやわ」  この四時間の間で、田中さんと俺は打ち解けたわけではないが、フレンドリーに話すようになった。 「鏡を見ても俺ってわからない。本当に変わるもんだね」 「気に入ってくれた?…俺に任せてくれて正解やし。ホンマにマジで似合ってるわ」  俺は、鏡の前で首を左右に向けながら出来上がりを見入った。もし柊二さんがこんな俺を見たら何て言うだろうな…想像がつかない。けど笑える。 「須貝さん…よかったらヘアモデルになれへん?」  田中さんは少し遠慮がちに言った。   「ヘアモデル…?」 「そう、うちの店のモデルになってほしいねん。この店ははこんなにカッコいいスタイルを提供できますよって、ホームページにアップしたいねん…あかん?」  突然の依頼だ。逃亡者が人目につくようなことをするわけないだろう。 「須貝さんってほんまにええ顔してるし、言い方悪いけど、俺の作品として写真撮らしてくれへん?…伏し目がちで少し横を向いた顔なんか、もう最高やで」  気持ちはわかるけど、と言うと、田中さんはそれ以上俺に言わさないように、お願い、を連発した。 「俺は今から地元に戻る予定だし、時間もあまり無いんだ」 「そうなんや…それやったら、また毛が伸びてきた頃に来てえな。お願いやし…俺のモデルになって、頼むわ」  俺は、ごめんね、と断ると、田中さんは、泣く泣く自分の名刺を俺に渡した。 「俺、須貝さんに一目惚れしたわ。須貝さん待ってるしな。他の店のモデルになんかならんといてや」  俺は支払いを済ませて、店を出た。    店のウインドウに映る俺は、キャリーケースを引いている金髪の外国人旅行者だ。日本人には見えないな。  遠い日。マスターが俺に言った『アーユースピークジャパニーズ?』今、思い出しても笑える。  俺はまた外国人旅行者になった。

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