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姫信寺〈2〉
「で、あのクソ馬鹿野郎は今はどうしてるんだ。母親が死んでも葬式にも顔は出さねぇし、墓参りにも一度も来ねぇ。あの罰当たりもんが。死んだら地獄に叩き落としてやる」
今ですらこの迫力でこの口の悪さだ。柊二さんがここでヤンチャをしていた頃はもっと凄かったんだろうな。そこら辺のヤクザ顔負けだ。
「今は会社を経営されています。お墓のことは気にされているんです…ですが仕事が忙しくてなかなかお参りする時間が取れなくて」
「で、お前が代理で来たってわけなのか?」
いきなり俺のことも、お前、呼ばわりか。柊二さんは今でも逆鱗に触れてしまうほどのどんな悪さをしていたんだろうか。まぁ、散々迷惑をかけたお母さんのお葬式に顔を出さないのは、アウトだな。
「はい。柊二さんに言われたわけではないのですが、気にされている様子を見兼ねて、私が勝手に来させていただきました」
「はぁん…柊二が会社だと?どうせ、チンピラやヤクザを束ねた組のことだろう?」
住職…鋭い。
「いえ。歴としたコンサルタントの会社です」
「横文字を並べて誤魔化しても無駄だ。それに忙しいっていうのは、本当は塀の向こうに居るからなんじゃないのか」
塀の向こう…そうか、そういうこともあり得る。
あれから三ヶ月が過ぎようとしている。ビジホで別れた後、柊二さんは脱税で逮捕されたかもしれない。あの帳簿やパソコンの決定的な証拠品がなくても、周りの証拠になるような物で固めて逮捕に繋がった可能性はある。国税は甘くない。
藤澤さんに連絡してみようか。エリ子さんから何か聞いているかもしれない。
「おい。で墓参りするのか?」
住職の声で我に返った。
「はい。正直言うと、本当にこちらのお寺に殿村家のお墓があるのか不確かだったもので、お参りする用意を何もしていないんです。ですので改めて」
「用意なんてもんは必要ないんだ。花や線香はこちらの側の人間の自己満足に過ぎん。要はきちんと手を合わせてお参りするかしないかだけだ。で、どうするんだ」
「はい。お参りさせていただきます」
住職は、よし、と言うと、俺のキャリーケースを見て、あっちの事務所にでも置いてこい、と言って先を歩いた。
なるほどな…法話会が人気なのも少しわかった気がする。
本堂の横を抜けると、広い墓地があり五、六十基の墓があった。その一区画に『殿村家之墓』と刻まれた墓石があった。
「ここだ」
住職は、墓の前で手を合わせた。その後、俺も墓石の前にしゃがみ手を合わせた。
初めまして、須貝研一といいます。柊二さんの…恋人…です。
柊二さんの恋人だなんて初めて言ってしまった…それもお墓のお母さんの前で…。照れる。お母さんも驚いているだろうな、いや、お母さんだけじゃなく、もっと多くのあちらにいる殿村家の人たちが、ひっくり返って大笑いしてたりして…なんてね。俺は一人で想像して笑み顔になった。
そうだ…お近づきの印に今日は掃除をさせていただこう。
「ありがとうございました」
俺がお礼を言うと、住職の顔が少し和らいだ…ような気がする。
「これくらいのことは、いつでも出来るんだ。そう、柊二に言っとけ」
「はい、そうします。あの、この辺りにホームセンターのようなお店はありませんか」
「ホームセンター?どうするんだ?」
「今からお墓のお掃除をさせていただこうと思いまして…バケツとか雑巾とかを買いたいと」
「お前は、墓参りをしたことがないのか?」
「はい。子供の頃に両親を亡くしまして、作法とかを教わったことがなくて」
住職は、そうか、と言うと、こっちだ、とまた先に歩いていった。
嘘をついてしまった。父親は生きているかもしれないが、俺にとっては死んだも同然だ。生物学的の母親はついこの間死んだけど、世間一般でいう母親は、はなから俺にはいない。
「檀家はここのを使うんだ。ここに置いてあるのを使えばいい。雑巾は今持ってきてやるからここで待っとけ」
「お手数をおかけして申し訳ありません」
住職は本堂の方に行った。俺は棚に並んでいるブリキのバケツを取って、傍の水汲み場で蛇口を捻った。
二つ目のバケツに水が溜まった時、住職はゴミ袋と雑巾を持ってきてくれた。
さぁ、柊二さんが出来なかった、いや、やらなかった分まで、掃除をしよう。俺は草むしりから始めた。墓石に柄杓で水をかけて雑巾でしっかり拭き上げた。
レブロンの営業が終わると毎日厨房の隅々まで拭いていたことを思い出した。マスターや君子さんは元気かな?
墓石がピカピカになると、墓石の周りに敷かれている白い玉砂利の汚れが気になった。時間はたっぷりあるんだから、柊二さんの代わりに罪滅ぼしだ。バケツの水の中に玉砂利を入れて雑巾で擦った。一つ一つ丁寧に擦った。何度もバケツの水を入れ替えた。玉砂利が本来の白色になっていくと自分の心も綺麗になっていく気がした。
掃除を始めてどのくらい経ったのか…さっきから住職が俺を呼んでいたようだ。近くに来るまで気付けなかった。
「熱心なのは感心だが…ほら」
住職は、お茶のペットボトルを俺に渡した。
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いてて…助かります」
「しかし、玉砂利までするとはな…」
「白くなっていくと、嬉しくて。柊二さんのお母さんも喜んでくださるといいんですが」
「喜んでおられるだろうよ。終わったら事務所に声をかけてくれ」
「はい。お茶ありがとうございました」
さぁ。後もう少しだ。
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