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再会〈1〉

 俺は旅館に着くと、宿泊者名簿に名前を書いた。本当の名前を書くことに毎回不安を感じる。でも、もう三ヶ月を過ぎている。本当は俺は誰からも追われていなかったのかもしれない。中居さんが部屋に案内してくれた。和室の明るい部屋だ。  俺は、早速藤澤さんに電話をしてみた。  呼び出し音が聞こえた。俺はるコール数を数えた。五回目…出ない。俺はスマホの赤いマークを押した。  あの時は公衆電話からでもワンコールで出てくれたけど、知らない番号の着信は無視しているのか、それとも仕事で手が離せないのか。  とりあえず、風呂に入ることにした。  夕飯を済ませた俺はこれまでのことを初めから考え、整理し始めた。柊二さんの今の状況はいろいろなパターンが考えられる。ビジホで別れた後、恐らく逮捕はされているだろう。逮捕の後、不起訴か起訴で状況は全く違うが、その決定がなされるまで拘留されていたとしても拘留期間はとっくに過ぎている。検察が不起訴だと決めたのならマンションに戻っているかもしれない。いや、その可能性は極めて低い。起訴されたとして罪を認めていたら裁判で判決が下るまでまで二ヶ月程度らしい。初犯であれば執行猶予はつくかもしれない。実刑になったとしたら懲役は十年以下とネットにある。ヤクザに執行猶予は難しいだろう。となれば柊二さんは収監されているってことなのか…。素人考えで情報もない中、全てが不確かだ。でも、俺もそろそろ定住先を決めなくてはいけない。その時期にきているのかもしれない。  柊二さんのお母さんが導いてくださったと信じて、俺は姫信寺の住職の話しを受けることにした。  ◇◇◇  翌朝。供花と線香を持って、またキャリーケースも引っ張って姫信寺にやって来た。 「おはようございます。ご住職いらっしゃいますか」  俺は事務所の格子戸を開けて声をかけた。今日は事務所の奥から住職の声が聞こえた。 「おお、来てくれたか。ところでお前の名前は何だったかな」  そうだ。お墓のお母さんにしか自己紹介をしていなかった。 「すいません、申し遅れてしまって。須貝研一といいます」 「研一か。で、どうだ昨日の話しは」  いきなりか…でも俺も気を持たせるつもりもない。 「はい。お受けします」  住職は笑顔になった。最初に見た鬼の形相からは程遠い仏様の顔になった。 「そうか…いやぁ、助かった…じゃあ、供花を持って来たんだったら、殿村さんに報告に行くか。柊二が初めて俺を助けてくれたってな」  住職は、がはは、と笑って墓地に向かった。    それから、奥さんと一緒に、店を見に行った。その店は通りに面した平屋で、こぢんまりとした常連客が集うような店だった。店の中に入ると、客席はカウンターのみで、店の奥には居住スペースがある。 「研一君…ありがとうね。この店はね、住職と仲が良かった従兄弟がやっていた店でね。できればこのままの状態で誰かに続けて欲しかったのよ。住職にとって思い出がたくさん詰まった店なの」  住職もこの店でその従兄弟さん相手に笑ったり色々愚痴を言ったりしてたんだ。大切な店なんだな。 「いえ、俺もいつかは自分で店をしたいと思っていました。居抜きでお借りできるんですから、助かります」  洋食屋から今度は小料理屋だ。住職みたいに作務衣でも着ようかな。コックコートの出番はなさそうだ。  俺は住民票を移しに役所に行ったついでに、転入者への助成金制度の話しを聞いた。それと、たぶん支払いが滞っている住民税に関しても相談にのってもらった。納税は国民の義務なんだからな。  店は居抜きといえど、数ヶ月は閉めていたし経年劣化している箇所も多数あってある程度のリフォームは必要だった。助成金制度の利用と柊二さんが残してくれた俺の料理人の給料をそれに充てた。リフォームが済むまでは、住職のご厚意で、姫信寺でお世話になることになった。  俺の人生、これで何幕目だろう。もうすぐ開幕だ。  一年経ったら、新倉さんに連絡をしてみよう。俺はここにいますよ、って。いつまでも柊二さんを待っていますよ、って伝えてもらおう。  ◇◇◇  小料理屋『須貝』はそこそこ繁盛した。  地域の婦人会のおば様の御用達になり、姫信寺で開催される法話会の後に振る舞われる仕出しの注文を受けたり、夜は近所のオヤジさん達の憩いの場所になっていた。  近所の農家さんからは、しょっちゅう野菜をお裾分けしてもらい、俺はそのお返しで田畑に行って農作業のお手伝をすることもあった。俺はすっかりこの町の住人になっていた。  『須貝』を始めて半年くらいが経ったある日。昼間の営業を終えて店の奥で休憩をしていたら、ガラガラと店の戸が開く音が聞こえた。ご近所さんが野菜を持ってきてくれた時は、すがっちゃん、野菜置いとくよ、って声をかけてくれる。誰だろうと思って、俺が腰を上げた時、すいません、と女の人の声がした。聞き覚えのある声だ。俺は誰の声だったか思い出そうとしながら店と居室の間に掛けてある暖簾を捲った。そうだっ!!  声の主は店の中を窺い見るように戸を半分開けて立っていた。 「エリ子さん!!」 「きゃ〜っ!!…研ちゃん…本当に研ちゃんなのね」  エリ子さんは俺の顔を見るなり叫んだ。どうして…どうしてここにエリ子さんが…俺も叫びたくなる。  エリ子さんは、店の中に入らずにどこかに行った。えっ…まさか…俺は期待で胸が昂まった。柊二さんが来ているのかもしれない。柊二さんを呼びに行ったのかもしれない。俺は急いでつっかけを履くと店の外に出た。  店の前に停められた車から、新倉さんが降りてきた。  その瞬間、新倉さんには申し訳ないないが、俺はがっかりとした顔をしてしまった。それを見た新倉さんは苦笑している。 「おお、研一。元気そうだな」  俺は車の中を見たが、柊二さんはどこにもいなかった。やっぱり服役中か。 「はい。何とかやってますよ」  新倉さんは、車を近くのパーキングに停めにいった。 「研ちゃん…ごめんね、柊二さんは一緒じゃないのよ」 「そうですか…何かすいません。お二人に来て頂いたのに、がっかりした顔を見せてしまって」  エリ子さんは、ううん、と言って薄っすら笑った。

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