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優しさ〈1〉

 あれから一週間が過ぎた。あっという間だったのか長く感じたのか、どちらなのかよくわからない。毎晩、柊二さんが逝った同じ深い時刻になると目が覚めてしまう。柊二さんが、一人で寝るな、って起こしにきているようだった。俺は決まって唐子人形の湯呑みに少しだけ白ワインを入れて、それを掲げて一息で飲んだ。で、またすぐに布団に入って目を閉じた。 『須貝』を閉めていても、ご近所さんが代わる代わる、すがっちゃん、どうしてる?って尋ねに来てくれる。その度に俺は、もう少しだけ喪に服させてください、と言うと、待ってるからね、と優しい言葉と一緒に食事を置いていってくれる。  柊二さんが生まれ育ったこの町は優しさで溢れている。  ◇◇◇    その数日後。  俺は居室で、ご近所からいただいたみかんを食べていると、店の戸が開いて、研一、と、研ちゃん、の声が同時に聞こえた。  新倉さんとエリ子さんだ。 「研一、ちゃんと食ってるか」 「はい。毎日きちんと食べて寝て、規則正しく過ごしてますよ」  よかった、と言ったエリ子さんの手には白い箱があった。  柊二さんだ…柊二さんの遺骨だ。  俺は二人の顔を代わる代わる見た。 「その箱…」 「柊二さんよ、研ちゃん」  俺はエリ子さんから骨箱を受け取った。最後の時に、切り火キスをしてよかった。また俺のところに戻って来てくれた。だいぶ小さくはなったけど…でもお帰りなさい。  二人に居室に上がってもらうと、俺は骨箱を座卓の上に置いた。  新倉さんは、寝台車がここを発ってからの話しをしてくれた。  寝台車は、葬祭場に行く前にイーストの前を通ったそうだ。イーストの一階の駐車場に皆んなが並び、クラクションを一回鳴らすと、口々に、柊二さんっ、と叫んで、中には泣き崩れる組員もいたと、新倉さんは思い出して目を潤ませた。  葬祭場ではオヤジさんが出迎えてくれたそうだ。喪主はオヤジさんが務めた。棺の中の柊二さんの顔を見ると、いい顔してるじゃないか、と一言だけ言い、支度は誰がしてくれたんだと訊かれたそうだ。 「俺はな、迷ったがはっきりと言った。柊二さんがこの世で一番愛した人ですってな。それと、あの証拠品に関しての一番の功労者ですって」 「そうそう…あの時は本当にカッコ良かったわよ」 「オヤジさんは、柊二は幸せに逝ったんだな、って涙ぐんでた。で、麗蘭は通夜式も告別式にも姿は見せなかったよ」  父親の力を利用してまでして夫にした男の最期なのに…それでも会わないなんて麗蘭さんの愛は自分にしか向いてないのかもしれない。自己中の女はどこまでも自己中なんだ。 「で、荼毘に付された後、オヤジさんから、柊二はもう山東家の人間じゃないから遺骨はお前に任せる、って言われたんだ。それなら位牌と遺影もと思ったんだが、オヤジさんは、それは自分が預かる、と言ってな…せめて遺影は持って来てやりたかったんだけど、オヤジさんも柊二さんを偲びたいのかもしれないと思うと、それ以上強く言えなかった」 「それでね、新倉が自分のスマホから柊二さんの写真を探してね…素敵な写真があったのよ」  エリ子さんはバッグから、葉書より少し大きめの薄い箱を出した。開けてみて、と俺に渡した。  箱の中には写真立てが入っていた。黒い車の前で満面の笑顔の柊二さんの写真が入れてあった。 「いい写真でしょう?」 「はい。こんな笑顔、俺も見たことないですよ」 「それはな、柊二さんが待ち焦がれたお気に入りの車がやっと納車された日の写真だ。新車祝いだからって一枚撮ったんだよ。ああ…そう言えば、お前はその車に乗って、レブロンからやって来たんだぞ」 「あの時のですか」 「そうだ…あの時だよ」  俺は過去を辿った。柊二さんと愛し合えたのは、グラタンを作ったから、いや家出してレブロンで働いたから、いや柊二さんが昆布出汁を好きだったからだ。柊二さんがこの町で育ったからだ。  そして、また帰って来た、俺という恋人を連れて。 「あの、新倉さん…ビジホで別れた時、柊二さんから俺の給料だからって通帳を渡されたんですが」 「おお、それがどうした」 「ここの開店で少し使わせてもらいましたが、まだ結構な額が残っています。元は柊二さんが稼いだお金だし、今回のご葬儀代に使ってもらった方が、柊二さんも安心すると思うんです」  俺は、箪笥から通帳と印鑑とカードを出して、新倉さんの前に置いた。新倉さんは通帳の中を見た。 「お前、何言ってんだ。これはお前の金だ。お前が料理人として働いて稼いだ金だ。これから必要になる時もあるかもしれないんだからお前が持っておけ」 「ですが、俺はこの店でちゃんとやっていけます」  座卓の上で通帳の押し合いになった。 「あのな、研一。今イーストは仁川が代表を務めてくれている。国税から目をつけられている最中に、ご厚意で大金をもらいました、なんて通用すると思うか?仁川をいじめるな」 「そんなつもりじゃ…」 「冗談だ、わかってる」  そう言って、新倉さんは通帳を俺の前に戻した。 「それに葬儀代はオヤジさんが面倒みてくれたんだ。オヤジさんの顔に泥を塗るな」  するとエリ子さんは、閃いたように手を打った。 「ねぇ、そのお金で柊二さんのお墓を建てちゃうってのはどう?」 「そうだな、いい考えだ」 「でも、殿村家のお墓がありますけど」 「なぁ…柊二さんは殿村家の墓に入っても、お前が死んだらどうだ?同じ墓には入れないだろう。だったらお前も一緒に入れるように新しく柊二さんの墓を作るんだよ。この写真の車みたいに黒光りしたカッコいい墓をな。その姫信寺の住職に相談してみろよ。で、余った金はその寺に寄附をすればいい」  考えてもみなかった、俺が死んだ後のことなんて。今まで散々何のために生きているのかなんて考えて、希死念慮を心配されていたのに…だ。 「そうですね。住職に相談しに行きます。柊二さんの遺骨が届いたら連絡するように言われていましたし」 「あっちに行っても、また一緒ってわけだ」  俺は、へへっ、と笑って鼻を擦った。

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