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優しさ〈2〉
遺骨を受け取ったその日の夕方、俺は姫信寺へ行った。事務所に声をかけると、奥さんが出て来た。俺が持っている箱を見て、柊二君なのね、と呟いた。俺も、はい、とだけ答えた。
奥さんは、住職は夕方のお勤めの最中だけど、もうすぐ終わるから本堂に行って待っていたら、と言ってくれた。俺は一礼して、本堂へ向かった。住職の低くて張りのある読経が聞こえてきた。しばらくすると、おりんが何度か鳴って住職は合掌している。お勤めが終わったようだ。
住職は俺に気付くと、上がりなさい、と言って手招いた。俺は、広縁を上がって本堂に入った。
「柊二か?それは」
「はい。先ほど帰りました」
「生きとし生けるものの定めだ」
「はい」
「とは言え、このクソ馬鹿野郎にはたんと説教をしてやらんいかん。納骨までの数日間、寺に遺骨を預けなさい」
「はい、わかりました。それで、あの…ご住職。納骨のことでご相談させていただきたいのですが」
「相談?」
俺は、一度深呼吸をした。
「柊二さんのお墓を…新たに建立させていただけませんか?」
「柊二には、殿村家の墓があるだろうが」
住職は訝しむように俺を見た。
「あの…俺が死んだ時、柊二さんと同じお墓に入りたいんです」
住職はしばらく俺の顔をじっと見た。そして気付いたようだ。
「…お前たちはひょっとして、あれか?…男色の仲なのか?」
「はい」
俺は、堂々と答えた。
住職は、そういうことか、と俺に聞こえないような声で言った。
「柊二さんは殿村家のお墓に入ることになりますよね…でも俺は身寄りがなくて、死んだらどこに埋葬されるのかわかりません。でも俺は死んだ後も柊二さんと一緒にいたいんです。俺が殿村家のお墓に入らせてもらうのは無理なことです。それなら柊二さん個人のお墓なら入れてもらえるんじゃないかと思って、それでご相談とお願いに上がりました」
「そうか…最近は墓じまいをする檀家もあってな、墓地には空きはある。でもそれなりに金がかかるぞ」
「俺が今まで働いてきた結構な額の貯金があります。それを使って柊二さんのお墓を建てて、そこに俺も入りたいんです。どうかお願いします」
俺の切なるお願いに、住職は顔を和ませた。
「そういうことなら、仕方がないな…わかった、上手く取り計らってやるから安心しろ。と言っても、わしが先に逝くのは明々白白だ。後々のことになるだろうからお前が死んでもきちんと柊二の墓に入れるよう、寺の中で申し伝えられるようにしておく」
「ありがとうございます。ご住職」
俺は何度も畳に額をつけてお礼を言った。
「まぁ、お前みたいな出来た奴に好いてもらってたんだったら、柊二もちょっとはマシな人間になったってことだな」
住職は腰を上げて、ついて来い、言うと建立に向けての具体的な話しをするために、事務所に行った。
住職はこれからのことを、俺がわかるように話してくれた。
墓地のどの区画に建立するか、墓石はどれにするか、墓石に刻む文字はどうするのか、概算でいくら掛かるのか、大まかな工期日程等々…。
決めなければいけないことが沢山あった。
「墓石のことは、わしが手配してもいいか?」
「はい、お願いします」
「長年付き合ってる石材店があるから、そこに頼めばいいようにしてくれるだろう。ぼったくりはないから安心しろ」
住職はその場で電話をしてくれた。
「明後日だったら、時間が取れるらしいから。この時間に来てくれるか」
「はい。ありがとうございます」
ホッとしたせいもあり、俺の声は弾んでいた。
その日の夜に、お墓のことを新倉さんに報告をした。
◇◇◇
約束の日。
俺は住職が夕方のお勤めをする前に行った。石材店の人が来る前に寄附の話しをしたかった。住職はタイミングよく事務所にいた。
「うん?どうした。まだ石屋は来てないし、それにわしもお勤めがあるぞ?」
「はい…大変差し出がましいと思っています。実はこちらへご寄附をさせていただきたいと思いまして」
「はぁ⁈ご寄附だって』
「はい。墓石のだいたいの相場をネットで調べました。諸々のお支払いをしても、まだ貯金はあります。俺はこの先も『須貝』をやってく限り生活には困りません。ですので、こちらで役立てていただければと思いまして」
俺は、通帳を開いて、残高を住職に見せた。
「お前、いつから働いていたんだ?」
「中学を卒業してからです」
「ここには、柊二のところで働いた金もあるんだな」
「はい。あります」
「わかった。それなら、有り難くその申し出を受けよう。柊二が社長として働いた金がお前の給料になってるんだったら、柊二からの寄附と思ってもいいんだな」
「はい」
「まさか、柊二から金をもらえる日がくるなんてな…千恵子さんもあの世でひっくり返ってるだろうよ」
住職は、がはは、と大笑いをした。
俺は一旦帰って、またお勤めが終わった頃に寺に戻ってきた。
事務所で会った石材店の人は、思ってたより若くて物腰の柔らかい人だった。
「コイツは二代目でな…先代のコイツのオヤジとわしは飲み仲間だ」
「はい。ご住職にはいつも父共々お世話になっています」
その二代目さんは、早速墓石のカタログを見せてくれた。
「色々な形があるんですね」
「そうですね…墓石に刻む文字も今は故人の好きな言葉だったりするんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。もしご希望がありましたら仰ってください」
「殿村家の墓とはできないから、研一、お前が何か考えろ」
住職もカタログをペラペラと捲りながら、変わったもんだな、と独り言を言った。
「あの…文字は自分で書いたりすることはできるんでしょうか」
「ええ、もちろんです。書いていただいた紙をお預かりして、データ化してから墓石に刻みます」
「お前、そんなことやってんのか?オヤジも引退するわけだな…って、研一、お前、そんな字を書けんのか」
「はい。店の外看板も俺の字ですよ」
「お前、あんな味わい深くていい字が書けるんだったら、開店した時にとか、どうしてもっと早く、わしに言わない」
二代目さんはこっそりと、目を付けられちゃいましたね、と俺を気の毒がった。
「ったく…若いんだから、自分の才能を出し惜しみするな。お前たちは可能性の塊だろうが」
それから、ミニ法話会がしばらく続いた。二代目さんと一緒に有り難くお話しを頂いた。
そして打ち合わせの最後に、工期の話しをした。住職は、出来るだけ四十九日の法要に間に合わせるようにと二代目さんに発破を掛けてくれた。
二代目さんが先に寺を出た後、俺は住職に呼ばれた。何だろう。早速、何か書かされるのかな…。
「研一。遺骨を預かった日にな、一美に連絡をした」
柊二さんのお姉さんだ。
「柊二が死んだことは既に話していたんだがな…墓のこととお前のことを話した…まぁ、戸惑ってはいたが、そんなに思ってくれる人がいて、柊ちゃんもまともな人になったんですね、って言ってたぞ」
住職と同じことを言ってる。
「でな、納骨が済んだら、お墓参りに行きます、ってな」
住職は今日一優しい顔をした。
「はい。ありがとうございます。俺の我儘を聞いてくださり、墓石のお手配まで本当にありがとうございます」
「まぁ、お前には、店での一件で借りもあるし…それに多額の寄附もしてもらったんだからな…これくらいのことはしておかんと、バチが当たるわ」
住職は、そう言って、また豪快に笑った。
帰り道は、すっかり夜になっていた。
散々説教された柊二さんの遺骨を持って、俺は早歩きで店に帰った。
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