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第3話 恋を知らない娘と作る、荒野の香草入りラビオリスープ

 蓮は不機嫌に赤いオープンカーを運転していた。  目の前には、たくさんの荷物を積んだトラックが走っている。  これについて行けば、トラックの運転手の家に着くという。  今日の宿はそこになった。 「良かったな、野宿にならなくて」 「そうだな」  ホッとしたと笑うバルドに、蓮は端的に答えた。 (良かったが、タイミングだ!くそ!)  軽く触れられた胸が疼き、体はかすかに熱を持ったままだ。  蓮は荒野の夜風に大きくため息をついた。  トラックを運転していたのは、善蔵というリサイクル販売業者だった。  荒野の一角に家があり、遭難者を見つけては保護しているのだと言う。  善蔵の家は、小さな小屋のような物だったが、周りはリサイクル品が山になって積み上がっていた。  少しだけ、鉄の工房に似ていて、蓮は嫌な記憶を思い出した。 「遠慮せず上がってくれ。娘が夕飯を作っているはずだ」 「すみません。手伝いますよ」  バルドはなんの警戒もなく小さな家に大きな体で入っていく。  蓮もその後ろに続いて、中に入ると、ふわりと良い香りがした。  小屋の中には小柄な女性がいて、突然の客だというのに、慣れた様子で翠と名乗り挨拶をされた。  少女のような顔の翠は、蓮の顔を見て、わかりやすく頬を染め、キッチンに向かい鍋をかき回し始めた。 「翠さん。俺手伝いますよ。これでも料理人なんで」 「あ、ありがとうございます。ラビオリを作ろうと思って」 「良いですね!何個でも包みますよ!」  バルドは腕まくりをして、ラビオリの生地に餡を詰め始めた。  蓮は、なんとなく翠から距離を取りながら、バルドと同じくラビオリを包もうと座った。 「突然すいませんね。道がわからなくなっちゃって」 「いえ、この辺は道なんて無いですから。遠くの山並みを目印に進むんです。よく見ると山肌に街が見えるので」  蓮は話を聞きながら、まず山並みがどこだと思う。  翠はよほど目がいいのだろう。この荒野で生活しているからだろうか。 「すごいですね。山なんて見えませんでしたよ」 「あ、そうですよね。普通は見えないんでした。慣れれば地平線に見えてくるんです。でも、街はもっと近くにあるので安心してください」 「いや、助かりました。善蔵さんが見つけてくれなければあのまま野宿でした」 (あのまま……満点の星空の下で抱かれたかったけどな) 「野宿は危険ですよ。小さいですけど、花とか虫とか寄ってきて齧られますから。それも夜行性で大量に寄ってくるので」 「……助けていただきありがとうございます」  蓮は身に覚えのある事に、素直に翠に頭を下げた。  蓮の声に、翠はまた頬を染める。  翠の反応に、なるべく話さない方が良いかと蓮は黙った。 「翠さん、こんな感じでどうですか?」  バルドは包んだラビオリを見せる。  それは見事に綺麗に形が揃えられていて、翠は驚いた。 「すごいですね。お店のものみたい」 「良かったです。これを焼くんですか?茹でるんです?」  バルドは興味津々に調理方法を尋ねる。  次の工程に行こうとするが、蓮がバルドの袖を引っ張って、自分の手の中のラビオリを見せてきた。  蓮の手の中には、包みきれなかった餡が飛び出した可哀想なラビオリがいた。  バルドにどうにかしてくれと視線だけで訴えると、苦笑しながらバルドは直してくれる。  蓮の多少甘えたような表情と行動に、翠は慌てて鍋の方に視線を移した。 「あ、これは今日はスープに入れようと……」 「良いですね。スープは何が入っているんですか?独特の匂いがするんですが」 「具はゴボロで、チャキムとジャラドで香り付けしてます」 「ジャラドですか?」  聞き慣れない食材に、バルドが尋ねる。 「はい。この辺りに生えている花のような香草です。時々齧られるので注意が必要なんですけど、チャキムと一緒にスープにすると良い香りがするんです」 「あー、白い小さな花ですか?それならさっきファラの粥に入れて食べましたよ」 「えっ?だ、大丈夫ですか?」 「まずかったですか?」 「あ、少量ですけど……その……催淫作用があって……一度、カルで揉まないといけないんですよ」  バルドは、バッと蓮を見る。  蓮はジットリとした視線を返した。 (なるほど、ムラムラすんのはそのせいか) 「あ、でも一輪だけなら少量なんで、大人にはそこまでかな……どうかな……」  翠は目を泳がせながら安心させようと言っているのだろうが、不確かなところがバルドの不安になったようだ。 「解毒はできますか?」 「はい。チャキムが解毒効果もあります。なので、ジャラドを使う時はチャキムを一緒に使うんですよ」 「すぐにチャキムをください!」 「え、はい。これで良いですか?」  バルドは翠から丸ごとのチャキムをもらうと、蓮に押し付ける。 「やめろ。チャキムを丸ごと齧る気はない」  辛味の強いチャキムは擦りおろしたり、刻んで使うものだ。バルドは心配そうな視線を向けつつ、蓮が押し戻すチャキムを握りしめる。 「はははっ、バルドさん優しいですね。多分、蓮さんは大丈夫ですよ。目が正常ですから」  バルドと蓮のやり取りに翠は笑うが、不安にさせたのは翠の言葉だ。無邪気に笑う姿は子供のようで、蓮も思わず笑みを溢してしまった。 「なんだ、楽しそうだな。あー腹へった」  善蔵が外での作業を終えたのか小屋に入ってきて、明るい雰囲気に笑った。 「バルドさんと蓮さんが手伝ってくれたの。今日のラビオリスープは美味しいわよ」  翠は上機嫌で、皿にスープをよそった。  バルドはそっとチャキムを戻しつつ、蓮の様子を伺う。  蓮は心配するなとバルドに視線を返したが、体の熱はあまり引いていなかった。 「男ふたり旅なんて浪漫でいいね~」 「はい、しんこん……」  ラビオリのスープを食べながら、蓮は、善蔵に余計なことを言いそうになるバルドの足を蹴って話を止めた。 「ん?」  話が遮られ、不思議そうな顔をする善蔵に蓮は笑顔を返す。  その顔に、翠と、なぜか善蔵も頬を染めた。 (親子だな) 「な、なんだ翠。蓮さんに惚れたか?顔を赤くして」  善蔵は自分の反応を隠すように翠を揶揄う。 「だって……蓮さん素敵だから……」 「おっ……お前……そんなはっきりと、すいませんね。年頃なもんで」  揶揄ったはずなのに、本気で返事をした翠に、善蔵は焦ってとにかく大きな声で笑った。  それにつられる様に、バルドも大声で笑う。 「いや、わかりますよ。蓮は素敵です。綺麗だし、ソムリエとしても腕がいいんで、俺も大好きなんですよ」  バルドの言葉に、蓮は照れ隠しを含めもう一度足を蹴った。 「痛いぞ、蓮……」 「痛みを感じてくれて良かったよ」 「ははっ、二人とも面白い」  ラビオリのスープで、蓮とバルドの腹は満たされた。  しかし、チャキムの解毒作用は、蓮の体の熱をなかなか冷ましてはくれなかった。

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