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第8話 幻の屋台と、魔鳥のスープ麺。親父は女好き
軽くシャワーを浴びて、夕飯を求めに街に出ると、もう外は暗くなっていた。
しかし、荒野の闇とは違い、街はたくさんの灯りが灯っていて賑やかだ。
立ち並ぶ屋台は、昼とは違う店が暖簾をかけ、昼とは違う活気が見られた。
「良い匂いがするな」
「だな。俺、行ってみたい店があるんだけど良いか?」
「蓮はこの街にも来たことがあったのか?」
「無い。でも、幻の屋台の話は宮廷時代からよく聞いていた」
「へぇ、幻……幽霊じゃ無いよな……」
バルドはゴクリと唾を飲み込み、蓮の顔を真剣に見つめた。
「………………多分な」
その見た目で幽霊は怖いのかと蓮は呆れた目を送り、目的の屋台へと歩き始めた。
「あ、待ってくれ」
バルドは慌てて蓮を追いかける。
屋台街を抜け、少し喧騒が遠くなった住宅街を歩く。
幻の屋台が出しているのは麺料理だと言う。
定休日は無く、店主が気ままに開けたり閉めたりしているらしい。
そこの料理はとにかく美味い。
誰もそれしか言いようが無いくらい美味いらしい。
あと、一緒に出される、謎の醸造酒を飲むと、そこであった事、食べた物が夢のように感じると言う。
眉唾も良いところだが、そんなに美味い店の話が宮廷内にまで広がっているのなら、一度は行ってみたいと蓮は思っていた。
「どこだよ本当に……」
聞いていた噂の場所をぐるぐると歩き回り、途中で会った人にも聞いて住宅街を探したが、全く店を見つけられなかった。
「移転でもしたのか?」
「さっきの地元の人はこっちだって言ってただろ」
「そうだな……」
蓮は歩き疲れて座り込みたくなったが、ピクリとバルドが反応した。
「おい、なんか良い匂いするぞ」
「ん?そうか?」
「うん、こっちだ」
蓮には感じられなかったが、料理人で獣人のバルドが言うのだから間違いないのだろう。
二人は、くの字に曲がった坂道の先を目指して歩いて行った。
たどり着いたのは、リヤカーの屋台。
蓮が探していた店とは違うようだ。
しかし、歩き疲れ、腹も減った二人はその屋台の暖簾をくぐった。
「へい、らっしゃい!」
「あれ、草原の……」
「ん?…………おぉっ!俺のそっくりさん!」
暖簾の先には、草原の一角を焼き払ったライオンの獣人がいた。
ぐつぐつと煮えている大きな鍋には、何かのスープが入っている。
湯気の中で色黒のライオン獣人は、バルドと同じように笑った。
「屋台出してるって、ここだったんですか!」
「なんだ、探してくれたんじゃ無いのか?屋台街へはちょっと出せない事情があってな」
冗談まじりに言ったライオン獣人は、早速料理を始めた。
「まだ注文してませんけど……」
蓮が訝しげに言うと、悪い悪いとバルドと同じように笑う。
その笑顔に、多少調子を狂わされる。
「うちは今日のおすすめ一品のみだ。食べるだろ?」
「え……」
「どうした、蓮?」
蓮はその言葉を聞いて身を乗り出す。
「あの、ここが幻の店と言われる、麺料理屋ですか?」
「ん?あははっ!幻かっ!まぁそうだろうな。きっとその店だ」
ライオン獣人の返事に蓮は期待を込めて笑顔になり、座った。
「多分、決まった場所でやってないからだろうな。気分で屋台引っ張って暖簾掛けてる。それに、狩りが失敗したら店は休みだ」
成功率は五割と、ライオン獣人は豪快に笑う。
同時にフライパンの火も大きくなった。
「潔いですね!肉屋からは買わないんですか?」
「高いだろ。儲けの低い仕事はしたくない」
それでも生きていけるのだから、ここの料理は美味いのだろうと、蓮の期待値は上がっていく。
バルドも、料理の火を見ながら、期待をしているようだ。
時折、手が動いているのは、自分が魔法を使う時をイメージしているのだろう。
「すごく良い匂いですね。そのスープは何が入っているんですか?」
「んー、今日は魔鳥と水とカルだけだな」
「えっ!?」
バルドが身を乗り出して鍋を覗き込む。
蓮も信じられなかった。
それくらい複雑な香りがしているからだ。
「新鮮だから内臓とかも全部ぶちこんでいる」
「魔鳥の内臓って、食えるんですか?」
「あぁ、まずいぞ!」
ライオン獣人は笑いながら浅黒い肌色の手でスープを混ぜる。
よくよく見れば、肉だけではなく、骨も何かの部位も見えてくる。
「普段食べる肉以外の部分は、良い出汁になる。何食ってるかわからないからよく洗ってからだけどな。魔鳥の内臓は毒も無いし、安心してくれ」
「丸ごとなんて、考えたこともなかったです」
バルドはすっかり感銘を受けたのか、座る姿勢が変わった。
「ははっ、食事も女も丸ごと食べるのが一番だ。あと、新鮮さもな」
「それは……」
ライオン獣人の言葉にバルドは目を泳がす。
相変わらずこの手の話はウブだ。
「ん?悪い悪い。こういう話をするから屋台街で店をやれないんだ」
浅黒い手で後頭部を掻きながらライオン獣人は口を閉じた。
きっと昔に、女性関係で何かやらかしたのだろう。
蓮は何も言わずに少し遠くを見つめて、少し反省をした。
しかし、大柄で明るくワイルドな雰囲気は、かなりモテていただろう。
バルドとよく似ている顔も火魔法も、夢中になった女は多そうだ。
「ん?」
「ん?」
蓮はバルドを見つめ、バルドはなんだろうかと蓮に視線を返す。
『オーナーは結構モテますにゃん』
急にチェシュの言葉を思い出し、そしてワイナリーの七子も思い出した。
蓮は不機嫌な顔をバルドに向けるが、バルドは急にどうしたのかと狼狽える。
「ははっ、仲良しだな。喧嘩すんなよ。ほら出来たぞ。魔鳥のスープ麺だ」
ライオン獣人が出した器には、細い麺に黄金色のスープがかけられた、シンプルすぎる麺料理だった。
しかし、その香りはとても食欲をそそる。
蓮とバルドは一度目を合わせ、同時に麺を啜った。
細い麺に、スープが絡む。
口に入った瞬間から、香り高い出汁が鼻に抜け、細いのに噛みごたえのある麺の食感がたまらない。
「うま………………」
蓮は一口目を飲み込んで、しばらく手が止まった。
バルドはいつもの美味しい顔ではなく、目を閉じ、ジッと動かない。
そして、また二人同時に黙ったまま麺を啜り出す。
夢中で何度も口に運んでいた。
「ははっ、うまいか」
ライオン獣人は満足そうに言うと、足元から、酒瓶を取り出した。
「こっちはどうだ?」
「それ、醸造酒?!手作りのですか?」
「よく知ってんな」
蓮の反応にライオン獣人は、気前よく茶碗のような器に酒を注いでくれた。
酒の色は白。
トロリとした粘性のありそうな液体が、なみなみと注がれる。
「アルコールはそこまでキツくない。一気飲みしたって大丈夫だ」
蓮は、器を持つと酒の香りを嗅ぐ。
「ん?お前、ソムリエか?」
「あ、はい」
「そうか、ぜひ飲んでくれ。俺の自慢だ」
ライオン獣人に促され、蓮は口をつける。
甘くトロリとした液体が舌に触れ、飲み込む瞬間まで粘り気を感じたが、口には何も残らない。
「消えた……」
「え?」
「飲んだのに、消えたぞ……」
蓮の言うことがわからず、バルドは蓮から器をもらった。
惚ける蓮の反応に、ライオン獣人は腕組みをしてニヤニヤと笑っている。
ゆらゆらと揺れる尻尾まで、バルドそっくりだ。
「本当だ。消えるな……なんだこれは。面白い!麺のスープとも相性抜群だ」
「あぁ、もっと食べたくなる」
蓮は残りの麺を啜り始める。
その横で、バルドは早速おかわりをしていた。
「どんどん食ってくれ!」
夢中で麺を啜る二人の若者を見ながら、ライオン獣人は笑う。
屋台から聞こえる声は、まるでどこかの家のリビングのようだった。
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