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第9話 バルドの母と、川辺のマリアージュ。母は恋する女

 蓮とバルドは、大満足で屋台の街を出てきた。  それから数日、いろいろな街を巡り、いろいろな食材と料理とワインを堪能して、土産もたくさん買った。  間も無くバルドバールのある商店街の街だ。  大きな橋が遠くに見え、それを渡ればすぐに街の入り口が見えてくる。  蓮が慣れた道にアクセルを踏み込もうとした瞬間、バルドが声をあげた。 「止まってくれ!!!」  蓮は慌ててブレーキを踏む。 「なんだよ」  バルドは何も答えずにシートベルトを外すと、オープンカーの扉を飛び越えて走っていった。  バルドの視線の先には、ライオン獣人の女性が立っている。  それも、川のほとりで。  深刻そうに俯いた表情は、今にも身投げを……  蓮も只事ではないと車を止めて後を追う。  ライオン獣人の女性のところまで走っていったバルドは、そのまま女性を抱きしめて、クルクルと回り始めた。 「母ちゃん!久しぶりだな!」  クルクル回りながら、母ちゃんと呼ばれた女性は、バルドの脳天に拳骨を落とす。 「急に飛びついてくるんじゃない!やっと決心して入ろうと思ったのに」 「なんだ、お袋と親父の家行くのか?だったら連れてってやるよ」  バルドはそう言って、服を脱ぎ出そうとする。  蓮は急な話についていけないが、とりあえずバルドを止めた。 「蓮と申します。ソムリエをやっています」  川のほとりで、急に恋人の親に挨拶をすることになった蓮は、硬い表情で頭を下げた。  と言うのも、バルドの母親が、蓮を知っていたからだ。 「宮廷を追放されたソムリエの蓮ね」 「はい……」 「私の友達、人間で、男爵家の子女だった子覚えてる?」 「………………」  蓮は答えられない。  宮廷時代に抱いた女の事だろうが、誰一人名前も覚えていないからだ。  顔の特徴を言われれば思い出すかもしれないが、そんなことを教えてくれとは言えない雰囲気である。 「か、母ちゃん。蓮はそこまで悪い事はしてないだろ」 「乙女の純情を踏みにじれば、たとえ一晩が夢のようでも最低のクズ男なんだよ!」  バルドはピシャリと言われ、綺麗に正座の姿勢を正した。 「で?今はバルドと婚約してるって?結婚すんのかい?詐欺じゃないだろうね?」 「違います……」  ライオンの獣人は女性といえど、いや、女性の方が凄んだ時の圧が強いかもしれない。  蓮は、顔を上げられずバルド同様に反省の姿勢を取り続ける。 「バルドには、私と同じ道を歩んで欲しくないんだよ。この子の父親は本当にクズで、この子ができたことを知ってか知らずか姿を消した。私は産んでから一人で育てる自信も無くて、いっそ一緒に身投げをしようとしたところをヴァリアンさん達に助けてもらったんだ。バルドを預かってくれたから、私は必死に働いたよ。それなのに、こんなろくでもない男と結婚だなんて……」  バルドの母親は、悔しそうに涙を流し始めた。  蓮は、何を言えば良いかと唇を噛み締める。 「母ちゃん、蓮はいい奴だ。仕事もしっかりするし、ソムリエとして天才だ。俺は蓮に惚れている。母ちゃんも話せばわかるよ」 「話せば?だったら、話してみなさいな。蓮……」  バルドの母親に言われ、ゆっくりと顔を上げた蓮は、なるべく柔らかい笑みを作った。  バルドを愛している事を真剣に伝えたいから、まずは怒りを沈めて欲しいと心から笑った。 「はんっ……」  蓮に微笑みかけられ、バルドの母親、ルビィは頬を染めた。  五十路手前の女性だが、少女のような顔で照れている。  蓮は、真剣にルビィを見つめ、バルドへの想いを話す。 「俺は、バルドを愛しています。こんなクズの俺を優しさで救ってくれました。今はバルド一筋で、バルドがくれる愛を真剣に守りたいと思っています。信じてください。過去にしてきた事は反省しています。でも、今、俺がバルドに抱く思いは嘘じゃありません」  蓮は地面に両手をついて、頭を下げた。  蓮の言葉に、バルドは感動してじっと動かない。  そっと、ルビィに視線を向けると、蓮と目が合って、すぐにそらされた。 「わかった。悪い人じゃなさそうね」  ルビィは、手のひらを返すように蓮に笑顔を向けてきた。  驚いたのは蓮の方だが、バルドはルビィを抱きしめ喜んでいる。 「あれ、バルドもいたのかい」 「あれあれ、蓮さんもいるじゃない。ルビィちゃん中々来ないから、また水を怖がってるんだと思って来ちゃったわ」  バルドの育ての親、ビーバー夫妻のビルクとヴァリアンが、川から上がってきた。  ブルブルと体を震わせて水を飛ばしながら、明るく話しかけてくる。 「どうしたの?何か嬉しいことでもあった?」 「母ちゃんが、蓮を認めてくれたんだ」 「そう、それは良かったね。蓮さん良い人だろ?ルビィちゃん。格好良いし、バルドが羨ましいね」 「そうね。本当に……」  ヴァリアンとルビィの女子トークが始まり、蓮はそっと足を崩す。 (俺の覚悟、ちゃんと聞いてくれよ……)  そこからは宴会だった。  川辺にバルドが焚き火を作り、そこでいろいろな所で買ってきた土産を広げる。  フンポダケのこけしを、ビルクに渡したら、鉄と同じように造形美を語っていた。  これは物作りをする人には刺さるものらしい。  そしてモミモの異臭には、全員が顔を顰めた。  しかし、バルドは美味いと言って引かない。  蓮はベンネのワインをルビィのグラスに注ぎ、手渡す。  バルドのコンロ職人の話を聞いているはずだが、完全に蓮を見る目がハートになっている。  蓮は苦笑しながら、そっとルビィから離れた。 「母ちゃん、聞いてるか?凄腕の職人が、俺の弟子のためにコンロを作ってくれるんだ!」 「き、聞いてるよ!ちょっと蓮を見てただけさ」  ルビィは慌てて取り繕うが、蓮と目が合って、ふにゃりとしなだれるようにその視線に力が抜けた。 「母ちゃん、もしかして、蓮に惚れたのか?」 「な、何言ってんだい。息子の婚約者にそんな……」 「いや、わかるぞ!蓮は綺麗だし、可愛いしな!でも、俺のだからな!」  バルドは思春期の子供かと言うような言い方で、ルビィを牽制し、蓮を抱き寄せた。  ルビィは、焚き火の前で蓮を愛おしそうに見つめるバルドの横顔にハッとする。 「その顔……ずっと子供だと思ってたのに……」  ルビィの脳裏には、バルドの父親の顔が浮かぶ。  褐色の肌に、濃い色の立髪の、ワイルドなライオン獣人だ。  憎らしいはずなのに、息子がその人に似てくるのはどこか嬉しい。  そして、その息子が愛する人を抱きしめている。  幸せそうな二人の顔を見て、ルビィはベンネのグラスを掲げた。 「蓮、バルドを幸せにしてやってね」  ルビィはベンネのワインを傾け、その場で倒れた。 「えっ?!大丈夫ですか?!」  蓮は慌てるが、ビルクもヴァリアンもバルドも落ち着いている。 「あらら、下戸なのよ。ルビィちゃん。なんで飲んじゃったの~」 「蓮くんの酌が嬉しかったんだろうな~」  ヴァリアンが川で濡らしてきた手拭いをルビィの額に乗せ、背丈ほどある大きな葉をかけてやっている。  バルドも、心配無いと笑って蓮を見た。  蓮はルビィを見つめ、ビルク、ヴァリアンと視線を移して、バルドを見つめた。  バルドの後ろで、焚き火がパチパチとシャバタンを焼いている。 「俺、お前を幸せにするよ。お前の家族も、みんなでマリアージュだよな。良いもの、作ろう」 「蓮………………」  バルドがぎゅうっと蓮を抱きしめた。  シャバタンが香ばしい匂いを漂わせている。  そこにビルクがやってきて、低いところから声をかけてきた。 「今度こそ結婚式は、店でやるのかい?この前見に行ったら随分豪華になっていたぞ」 「そうそう。私たちには真似できないほど増築されてて、とてもキラキラだったわ。どんなお店になるのか楽しみね」  バルドは素直に期待を膨らませたが、ビーバー夫婦の言葉に、蓮は多少の不安を覚えた。

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