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【1】-04
捕まえた。
そう聞こえてきそうな程がっしりと手を握られ、更に宵央の頭は混乱した。
「ええと……恋人風のプレイ、を、ご希望でしょうか……? 僕は本来男性NGなので、そういう雰囲気をご希望ならば、別のキャストを――」
「いや、マヨさんがいい。つかマヨさんじゃないと駄目だわ、たぶん」
にっこりと笑う顔が、途端に胡散臭く感じてしまう。
手を振り払って逃げればいい。そう思っても、身体は思うように動いてくれない。
別に彼は規約違反をしているわけではない。まだタイマーを押してはいないが、キャストの身体に触れる行為は禁止ではない。時折本気で口説いて来る客もいなくはない――いつものことだし、慣れている筈だったのに、どうしてか背中に鳥肌が立つ。
危険だ。まずい。たぶん――逃げた方が良い。
本能が警告する。身体は動いてくれない。
「あんまり期待してなかったんだよね。たまーにデリのおねーちゃんで試してたけど、アタリなんか一人もいなかったしさぁ。ま、そらそうだ。おれたちみたいなヤツがそこら中に溢れてたら、世界はきっと大騒ぎだ」
「あた、り?」
「マヨさん、おれの顔好きっしょ?」
「………………」
言い当てられ、羞恥で思わず息を飲む。ふふふ、と笑う目の前の男の顔はやはり魅力的で恥ずかしい上に悔しくて仕方ない。
「まぁね、そんだけ情熱的に見つめられちゃったら流石に気づくわ。リフレなんてホスト崩れの仕事じゃねえの? って思ってたけど、マヨさんみたいなわっかりやすいかわいー男でも勤まるんだなぁー。あ、いや、わかりやっすいとこがイイのか……?」
「……放してください。オーナーに連絡を入れて、キャンセルさせていただきます」
「なんで? おれは今マヨさんの手を握っておしゃべりしてるだけじゃん?」
「今回は、僕が、無理だと判断したら、帰っていい、ということに、」
「そんな勃ってんのに?」
「……………………ッ!?」
指摘され自分の下半身を目視して、初めてそこが興奮を示している事に気が付いてしまった。羞恥心で目の前がちかちかしそうだ。一気に顔に熱が上がり、出来る限り現実を見ないように視線を逸らす。
ほとんどのしかかるように身体を押し付けてくるチリは、至近距離でうははと笑う。ひどく楽しそうに、その割に、軽蔑するような声色ではないのが不思議だ。
「すご、そんな『くっ殺』みたいな顔するヤツ、マジで居るんだ……えー、ちょっと……いやちょっとマジで良いな? マヨさんおれと相性いいよ?」
「う、れしくないです……! てか、離れてください……っ」
「やーだよ。せっかくのおやつ、みすみす逃すかよ。だいじょーぶだいじょーぶ、痛い事はしねえから。ちょーっと怖いかもしんないけど」
「なに……、」
「てーか、たぶん帰りたくても帰れねえわよ?」
「………………は?」
重ね重ね、一体何を言っているのか。
先ほどから会話が成立している気がしない。
広いベッドの上で後退る宵央の上に、のしかかる男はからりと場違いな程爽やかに笑う。
「聞こえない? え、マヨさんなら聞こえるっしょ。わーわーしてたから、それどころじゃなかっただけでしょ? ほら、ちょっと黙って耳すませてみ?」
「……退いてください。これ以上わけのわからない事をすると、け、警察に連絡します」
「怒った顔は美人五割増しだな。いいから、ほら、一瞬黙れ。――なぁ、聞こえるだろ?」
何が。
そう言いかけて、宵央は声を失う。
それは確かに、宵央の耳にしっかりと聞こえた。固いものをコツコツと叩くような、軽い音だ。
カツ……カツ……カツ……カツ……。
しばらく耳を澄ました宵央は、その音の発生源に気が付いた。
「廊下……を、誰かが、歩いて、る?」
恐る恐るその推測を口にすると、腿の上にのしかかったままの男が嬉しそうに目を細めた。
今までの軽薄な笑顔とは違う、本当に心の底から湧き上がるような歓喜が零れたような表情。その様子に、何故だか宵央は身震いした。
背中を、鳥肌が駆け上がる。うなじのあたりの肌が泡立ち、ひどく気持ちが悪い。
音は一定の感覚で、少し遠ざかり、そしてまた近づく。そうだ、やはりこの音はヒールの足音だ。
カツ……カツ……カツ……カツ……。
遠ざかる。壁まで歩き、引き返して近づく。そしてまた、ゆっくりと遠ざかる。
しばらくその音を無言で聞いていたが、先に宵央が息を吐いた。
「……別に……ただの足音じゃないですか……。僕達だってあの廊下を歩いてきたんですから、そこに人がいたって、別におかしなことじゃ、」
「おかしなことじゃない? ほんとうに? ……ラブホの廊下を、何往復もする理由って何?」
「………………ええと、忘れ物をした、とか……」
「一往復でいいだろ。アレはもう、五往復以上してる。ほら、また折り返した。おれの耳に聞こえ始めてから、六往復目だ」
「……誰かを、待ってる、とか?」
「ロビーがあんだろ、普通はそこで待つ。てか何もラブホの廊下で待ち合わせしなくてもいい。おれ達だって外で落ち合っただろ? 迷ってる、なんて推測も却下ね。廊下は一本、部屋は六つ。迷いようがないだろ」
「じゃあ、あの人はなんで」
「さぁね、理由なんか知らんけど、わかってることは二つある」
ずるり、と腿の上から這い上がってきた男が屈みこむ。体勢を保てずに、宵央はあっけなく押し倒された。
怖い。チリが怖い。
けれど、廊下の何かはもっと怖い。宵央にはそれが何か、わかってしまう。
「ひとつ、廊下に居るのは明らかにまともな人間じゃない。まともな人間以外の何かだ。そしてもうひとつ――おれもマヨさんも、ああいうものが視える人間だ」
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