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【2】-05
その物件は、確かに見たところ可もなく不可もなく、といった面持ちだった。
「うーん……コメントしがてえなぁ。ま、普通に暮らすだけなら良物件なんだろうけども」
地図を表示していた携帯をポケットにしまいならが、浬はいつもの調子で軽く言葉を並べている。
しかし隣に立つ宵央は、背筋の震えがもう止まらない有様だった。
新しいバイトに初出勤した翌日である。
昨日、開店とほぼ同時に入ってきた西園は、借りているマンスリーマンションに出る女の幽霊の話を披露した。しかし彼女は怪談を語りたい客ではなく、怪談を解決したい客だった。どうも察するに、こういう客も少なくはない様子だ。
自分でどうにか対処するから、除霊方法を教えてほしい。
そう切り出した西園を、癸は『危ないからやめたほうがいい』と諭した。
「幽霊なんてものに正しい対処方法なんてありませんよ。あれは科学的な根拠なんてまるっと無視してそこに存在しているんですから、どんな除霊であり再現性はありません。科学はルールです。そしれアレらはルールの外にいる。下手に手を出して、拗れてしまったら困るのは西園さんですよ。確かに除霊なんて怪しいものにお金をつぎ込みたくない、というお気持ちも理解できますが……ひとつ、ご提案がありますよ」
流れるように話をまとめる癸の手腕は素晴らしく、隣で眺めていた宵央としては少し怖いくらいだった。
「実は当店、そのような怪異にお困りの方もしばしばご来店されます。わたし自身には霊感も除霊能力もありませんが、こちらの千里さんは簡単な除霊が行える方です。ああ、大丈夫、高額な料金を取ったりはしませんよ。何なら出来高払いで大丈夫です。ええ、出来高です、つまり除霊が成功したら少々お金をいただく。その金額も三万を超えて請求することはありません。どうでしょう、失敗したなら無料でよし、うまくいったら女は消える。一度試してみてはいかが?」
冷静に考えれば、西園にとって癸は初対面の経歴不明の人間だ。
しかし『ネットの除霊師は詐欺かも』と言っていた西園は、あっけなく癸の提案を了承した。
除霊をお願いしたら百万円請求された――そんな怪談も多いらしく、確かにどんなに高くても三万円となれば、出せない金額ではないのだろう。
しかし問題は、浬の『除霊』に何故か宵央も同行させられていることだ。
「浬さん、あの、僕、必要でしたか……?」
呼び出されてついてきたものの、いざ現場を前にすると怖気づく。
「いや必要でしょうよ。除霊っていうか幽霊喰うのはおれに憑いてるやつが勝手にやってくれるけど、おれの空腹は誰かがビビッてくんないと満たされねえのよ? マヨさん言ってたでしょ? おれに食べられたいってさぁ」
言った。確かに言った。
來摩宵央は千同浬に食べられたい。彼の『他人の恐怖が食べたい』という特殊な欲求を満たしたい。浬に惚れている宵央は、自分の何を差し出せば浬に満足してもらえるのかわからない。だから、恐怖を差し出すしかない。
理屈はわかるし納得もしているが、全身の鳥肌は隠せない。
「こ、この建物、というか、この近辺、ちょっと、おかしいです……」
「え、まじで? マヨさんてそういう『感じます……ッ!』タイプなの?」
「霊視とかは……できない、です、ごめんなさい。でも、変なのはわかります……だってさっきから、人間じゃないひとと、五人もすれ違ってます……」
「……うっそ、さっきのじいさんも? なんか会釈してくれなかった? あの人生きてる人間じゃないの!?」
「違います、絶対に」
それがどういうものなのか、どういう由来でそこに居るのか、そこまではわからない。
けれど確実に『人ではない』と宵央にはわかった。それだけは確実に断言できる。
宵央は、人ではないものと人間の区別だけははっきりとつく。
対する浬は宵央と同じくらい視えている様子だが、『はっきりと視えすぎるが故に人との区別がつきにくい』タイプのようだった。
「はえーマヨさん霊感センサーとして有能すぎるじゃん。おれ駄目なんだよなぁー嫌な予感とか不気味な感じとか微塵もわっかんねーのよ。やっぱ日々感情喰われちまってる影響かねぇ」
「………………」
何気なくさらりと言われた言葉に、宵央は思わず息を詰まらせる。
そうだ、浬は毎晩、餌を要求されている。
幽霊を差し出さなければ、代わりに餌となるのは浬自身だ。
本当は怖い。行きたくない。どうしてわざわざ心霊現象が起こる場所に突っ込んでいかなければならないのか。そう思っていたが、浬にとってこの行為はただの野次馬でも、仕事でもない。
自らの命が、掛かっているのだ。
彼の事情を思い出し、宵央は一気に腹を決める。
ぐっと目を閉じて気合を入れてから、思い切って浬の手を握った。宵央がどんなに突拍子もない行動をしても、浬は怒らない。どうでもよさそうに軽く笑うだけだ。
「ん? どうした? 怖い?」
「……怖いです。でも、浬さんが行くのでしたら、僕も行きます。お部屋は、一階、でしたか?」
「一階の角だっつってたな。まあ、言われなくても、あそこだろうよ」
あそこ。
そう言って浬が視線で示した先を見て、宵央は先ほどの決意が一瞬で引っ込みそうになった。
「…………女がひとり、っつってなかった?」
角部屋の窓の奥には、びっしりと何人もの人間がひしめきあい、全員がこちらをじっと見据えていた。
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