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【3】-02
こっくりさん。
この言葉を口にしたとき、その場にいた客の反応は見事に同じだった。
「こっくりさんですか……」
「うーん、こっくりさんねぇ……」
「あー……こっくりさんか……」
三者三様、カウンターの上で頭を抱え、腕を組み、眉間を揉む。
ちらりと視線を馳せると、にやにやした顔の浬と目が合ったが、彼の表情はいつも通りすぎて何の参考にもならない。
仕方なく宵央は注文された酒をステアしつつ、勇気を出して口を開く。
「あの……すいません、もしかしてこっくりさんの話題は、マナー違反でしたぁ……? その、怖い話のルールとか、界隈のことについては不勉強で」
しゅんと肩を落とすと、すかさず酒焼けしたざらついた声がさっと差し込まれた。
「あーいやぁ、マヨちゃんはなーんも悪くないんですよ~。もうほらーみんな素直すぎてマヨちゃんがしょんぼりしちゃったじゃないー」
声のわりに、妙に柔らかい話し方をする彼の前には、『猫屋敷』と書かれた札が立てかけてある。
猫屋敷はずんぐりむっくりした巨漢で、顔はハロウィン用のジェイソンマスクで覆われていた。
ジンリッキーにストローを挿して猫屋敷の前に置くと、彼は揉み手をして『ありがと』と仮面の下で笑った様子だ。
「いやいやごめんね、マヨちゃん。なんていうかね、うーん……我々オカルトオタク的には『こっくりさん』はなんていうか、ううーん……ペストさん、うまいこと言って、パス」
「無茶振りじゃないですか! 猫屋敷さんがんばってくださいよ!」
「こういう時は口がうまい男に任せるに限る」
「人を詐欺師みたいに言わないでください(笑)」
話題を投げられたのは、猫屋敷の右側に座る細身の男性だ。
手の甲のかさつきを見るに、彼が一番年配かもしれない。白髪の混じった長髪を後ろでひとくくりにして、顔はペスト医師のマスクで隠している。
その見た目の通り、彼のウイスキーのグラスの前には『ペスト医師』の名札があった。
ペスト医師は仮面の下の喉を摩り、男性にしては比較的高い声で『ううーん』と唸る。
「そうですねぇ、なんていうか、こっくりさんってやつは私達にとっては『定番すぎる』んですよね。正直に言ってしまうと、食傷気味といいますか」
「あ、なるほど……ありきたりすぎて、飽き気味な話題、ということですか……?」
「そうそう。トイレの花子さんなんかと同ジャンルですね~」
宵央は花子さんにもこっくりさんにも縁のない人生だったので、ありきたりと言われてもピンとこない。
というか、怖い話や怪談体験に『ありきたり』などという概念が存在することにまず驚いた。
宵央に物音が響いただけでも心臓が飛び跳ねる宵央にとって、どんな心霊体験も『ありきたり』などと笑って流せるはずもない。
いまいち納得いかない、というような顔を晒していたのだろう。
ペスト医師の斜め向かいのカウンターで肘をつく狐面の女性が、楽しそうに口を挟んだ。
宵央よりは年上だろうが、店内の客の中では圧倒的に若い。彼女の名札にはただひとつ、漢数字の『九』の字が記されている。
「こっくりさんてさぁ、子供の定番の降霊術だかんねー。たまーに心霊スポット肝試しでこっくりさんやりました! みたいなやべーことしてるユーチューバーとかもいるけどさ、やっぱ基本は子供の遊びじゃん?」
「はぁ、そう……ですね。確かに、あんまり大人が真面目にやるようなものでも、ないような……」
「それも正直『怖くない』んだよね。子供なんて平気で嘘つくし、自我ゆるっゆるだから冷静に判断なんかできないし、怖かった! って感情だけで理路整然としてないっしょ? だから子供の怪談は、怖くない」
「怖いモノもありますけどね、大概は『先生が授業中にしてくれた怖い話がヤバかった』とかですかね……どうしても子供の体験というのは、語彙力も下がります。勿論ご本人はとても怖かったのでしょうし、怖くないんだよなーなんてマウントをとるつもりはございません」
九に続けてペスト医師が言葉を繋ぎ、そして猫屋敷がうんうんと頷いた。
「こっくりさんの話、って切り出されちゃうとねぇ、ちょっと、うーん……『あ、はい、こっくりさんね……』みたいになっちゃうね。どうしても」
「こっくりさんは、子供の遊びだから、ということですか?」
「うーん、それもあるけど、結局みんながパニックになって終了! ってオチがおおいからね。ま、子供がやる遊びで、バカスカ死人が出たら困るでしょう」
「猫さんさっき人が死んでなんぼみたいなこと言ってなかったぁ?」
「九ちゃんね、あのね、人が死んでなんぼだからね、僕ぁこっくりさんの話はちょっとがっかりだよな~って思うワケ!」
「ということは、こっくりさんは安全な遊びなんですね」
『いや、危険』
「えええ……?」
三人に口を揃えて否定され、さすがの宵央も解せない気分になる。
怖くない、と言ったではないか。それなのに危険だと言うのは、一体どういうことなのか。
最初に口を開いたのは九だ。
「あのさ、マヨち」
「マヨち……」
「マヨちはさ、こっくりさんってどういう遊びだって認識なん?」
「どういう……」
こっくりさん、という遊びがある。勿論宵央は、二十三年間の人生でこっくりさんに関わったことなど一度もない。それでもなんとなく、知識だけはある。それほど有名な『こわい遊び』だ。
五十音と数字と『はい・いいえ』、そして鳥居を記した紙を用意する。鳥居の上に十円玉を置き、参加者全員が十円玉の上に人差し指を置く。
そして『こっくりさん』を呼び出し、質問に答えてもらうのだ。
「こっくりさんは、ええと……幽霊と一緒にやる遊び、でしょうか……?」
宵央の知識内で抱いた感想を口にすると、九を含め常連客三人がふと動きを止めた。
――しまった。
また、変な事を言ってしまったのかもしれない。
「あ、いや、すいません、僕の偏見というか、そういうイメージ、という話で……!」
「いやいやいや。なかなか、イイ感じの捉え方するなぁと思ったよ!」
手を叩いて喜ぶ猫屋敷の横で、ペスト医師も興味深そうにうなずいている。
九は、少しだけ声のトーンを落とす。
「そうだね、そう。こっくりさんはさぁ、人じゃないものを呼び出して、ソイツと一緒に遊ぶ儀式だ。でも、アッチは遊んでいるつもりなんかないかもしれない」
「…………あっ」
幽霊に、科学的なルールは適用されない。
それは癸が常日頃口にする文言だ。つまりそれは、人間が定義する『ルール』に縛られないということ。何が起こるか、誰もわからないということ。
「わけのわかんないもの呼び出して、それが何かもわかんないのにつついて遊ぶ儀式なんて、安全なわけないじゃん?」
「でも、猫屋敷さんは、こっくりさんで人は死なないと……」
「猫さんはこっくりさんの怪談は怖くないって言っただけだよ。こっくりさん自体が怖くない、なんて言ってないんだよね」
こっくりさんの怪談は怖くない。
けれど、こっくりさん自体は怖い。
確かに、この二つは矛盾しない。
子供の語るこっくりさんはありきたりな遊びだ。しかしそのありきたりな遊びは人以外の何かを呼び出す儀式だ。科学で縛られないものに、再現性はない。
いつ、何が起こるかわからない。
本当に怖いモノを呼び出すケースが、無いとは言えない。
「まーね、たまーにね、うおっ、怖いじゃないの! っていうねー珠玉のこっくりさん怪談も無くはないけどね……でもまあ、大概はこっくりさんしてたら変なことありました! ○○くんがケモノみたいに唸って! ○○ちゃんが夜怖い目にあって! って感じだからねぇ」
猫屋敷が唸り、宵央は首を傾げる。
「十分、怖い話だと思いますが……」
「そうね、怖い、うーん、普通は怖いもんなんだけど」
「私達はなんていうか、そういう話を聞きすぎて如何せん慣れてしまったんですよ。もうひとひねりほしい! と思ってしまいますね」
「ほしいね~ひねり!」
「ほしいよねーひねりー」
「……ひねり…………」
こっくりさんがいかに怖くないか、という話題できゃっきゃと盛り上がり始める常連客を前に、宵央は首をひねるしかない。
その様子を眺めていた千里は、薄く笑って宵央を手招いた。
「マヨさん、あいつらちょっとコワイハナシに関しては感覚狂ってっから、あんま真剣に対応しなくていいと思うぜまじで。たぶんマヨさんが視えているもん全部視えるようになっても、『うは、幽霊フェスティバル!』くらいにしか思わねえよ」
「ゆうれいふぇすてぃばる……」
宵央としては、幽霊が視えてもまったく楽しいとは思えない。《八ツ辻》でバイトをこなすようになってからというもの、世の中にはいろんな人がいるな、と実感することが多くなった。《獏獏》の客とはまた別口の異様さだ。
「――で、なんでマヨさんはこっくりさんの話なんか持ち出したの?」
「え」
「マヨさん怖い話嫌いじゃんかよ。別に興味もないだろうし、それなのに急にこっくりさんの話を出したのはさ、何か理由があるんでしょ?」
「……はい、あの――」
「あー待て待て。ストップ。やっぱいい、今はだめ。ここで話すと外野がハッスルするから駄目だ」
後でゆっくり聞くわ、と言われた宵央は、その言葉の意味を理解してうっすらと熱を上げてしまう。
二人きりの時にという浬の言葉には、あからさまに『今日マヨさんち行くね』という意味が込められていた。
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