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【3】-03
千同浬は定職に就いていない。
では普段何をしているかと言えば、ほぼ毎晩、怪談カフェ居酒屋《八ツ辻》に顔を出し、時折訪れる『心霊現象に困っている客』を見つけては除霊仕事の営業をかける。
宵央の目から見ても、儲かっているようには見えないが、時折眠そうに『大仕事だった』と嘯くこともあるので、《八ツ辻》以外でも仕事受注はあるのかもしれない。
客を見つける、という以外にも、《八ツ辻》は浬にとって非常に便利な場所らしい。
怖い話をしていると、幽霊が寄って来る。
この噂は正しく、そしてその幽霊は千同浬に憑いているモノの『餌』になる。寄生先 共々腹が膨れて一石二鳥だといつもの軽さで笑う。
「《八ツ辻》さぁ~御覧の通りの変人の巣窟じゃん? あそこの常連なんて怖い話ウェルカムすぎてミリもビビんねーの。みとさんだってにこにこ聴いてるだけだしな。いやぁーまじでマヨさんがバイトに入ってくれて嬉しいわぁーやっぱマヨさんの『恐怖』は別格でオイシイし――その緑のやつなに?」
「ソラマメです、茹でてご飯に入れようと思って……あの、浬さん、その、近いです……」
「え、なに? 嫌なの? マヨさんおれのこと好きなんじゃないの?」
「好き、です、けど、す、好きだから困るというか……!」
「あー、身体が興奮しちゃうって事? 昨日あんだけ乳繰り合ったのに? はー若いってすげえねぇーそんなムラムラすんならいい加減ゴム買えばいいのに」
「そっ」
それとこれとは話が別だ。と否定しようとしたが、毎回流されてセックスまがいの事をしてしまう意志の弱さと、ここまで来てもなお性行為の為の品々を買いそろえる勇気がないことは事実だ。
浬は毎晩、《八ツ辻》で宵央の恐怖を食べる。
そして店舗の営業が終わると、上機嫌で宵央の部屋へと押しかけて来るようになった。
当たり前のように締め作業をする宵央の横でへらへらと過ごし、当たり前のように同じ電車に乗り帰宅する。そして浬は宵央と同じ布団に潜り込む。意図的に足を絡ませて来る浬に、宵央はほとんど抵抗できない。
浬は宵央の事を好きにはならない、と断言する。
それなのに、気持ちイイことをしようとけしかけてくる。
これではすっかりセフレ状態だ。かろうじて挿入行為はしていないものの、同性同士のセックスでは挿入を嫌う人間もいる。裸になり互いに射精していれば立派な性行為だ。
挿入しているかどうかで言えば、宵央はいまだに立派な童貞だ。
それなのに淫らな事ばかり教え込まれているようで、本当に恥ずかしい。
昨日も当たり前のように宵央の部屋に乗り込んだ浬は、昼過ぎに起きた宵央がキッチンに立っていると、べったりと横にくっついてきた。
どうも彼は、宵央が料理をしている風景を見るのが好きらしい。
それ自体は微笑ましくかわいいなと思うのだが、比喩表現ではなく本当にぴったりと身体を寄せてくるので動きづらいことこの上ない。
しかし浬は宵央の動きづらさなど気にする様子もなく、当たり前のように会話を続ける。
「料理できる奴っていいよなぁー。マヨさん自分不器用です! ってうるっさいけど、十分器用じゃん?」
「いえ、本当に不器用なんですよ……手際も悪いし、たぶん主婦の方が横で見ていたらすごく苛々すると思います」
「別に、手際なんかどうでもいいと思うけどねおれはぁー。時間かかってもかかんなくても、出来たメシがうまけりゃいいでしょ」
「そう、ですかね……てきぱきとこなせるほうが、いいんじゃないかと思いますけど」
「そら何事も手際良い方が本人は楽だろうな。時間は有限だし。でも別に、『どっちかっつったらそっちの方がいいよね』くらいの事だろ。おれなんか自力で野菜茹でようなんて思った事ねーんだから、料理に関してはマヨさんの方がすげえよ」
ふふ、と笑う音が直接触れ合った肌から響く。そのこそばゆさに、宵央は少し身じろいだ。
浬の言葉には、余計な感情が無い。
彼はいつもフラットで、ただ思った事をそのまま口にする。その正直な言葉で褒められると、恥ずかしくて何故か少し申し訳なくなる。
それでもこういうときに『すいません』ではなく『ありがとうございます』と言えるようになったのは、《獏獏》オーナーの夕子の教育のたまものだ。
「ところでマヨさん、こっくりさんの件は結局なんだったのよ?」
うなじの痒さに目を細めていたところだった。
唐突に思い出したらしい浬の言葉で、頭の痛い――というか、若干面倒な話を思い出してしまった。
昨晩、宵央は《八ツ辻》の常連客たちに、こっくりさんについて質問した。
その場は『こっくりさんの怪談はありきたりすぎる』と盛り上がり、結局そのまま『嘘臭い怪談あるある話』へと話題はシフトしてしまった。事情を訊かれてもうまく話せる自信がないので、それはそれで問題なかったのだが、浬は話を流すつもりはないらしい。
「なんか困りごと? 毎日満腹にしてもらてっし、物理的にもメシ食わしてもらってるからさ、話くらいは無料で聴くけど?」
「あ、普通は相談料取るんですね……」
「前は無料でやってたけど、あの人お金払わなくても色々やってくれるよーってなっちまって面倒だったから。でもマヨさんは無料。で、こっくりさんが何? こっくりさんに呪われた経験でもあんの?」
「やったとこも見たこともないです。……無いんですが――」
「が?」
「……一緒にこっくりさんをやってほしい、と、誘われてしまって」
「………………はぁ?」
珍しく浬が眉を寄せた。
彼はいつもへらへらと笑っているか、ぼーっと無表情を晒しているかの二択なので、明確に怪訝な感情を表に出すのは珍しい。
「え、マヨさんて、おれとみとさん以外に友達いんの?」
……ひどい言われようだ、と思う。しかし、絶妙に反論できない。
「癸さんと浬さんが友人かどうかは、ちょっとわからないんですが、はい、ええと、友人と呼べる人はいません……」
「じゃあ何で。なに。どうして誰に――あっ、ソフレの客!?」
己の感情も人の感情もわからない、などと言うわりに、浬は無駄に察しが良い。
サクッと言い当てられた宵央は、腹を括って事情を話しはじめた。
宵央に『こっくりさん』の話を持ち掛けてきたのは、月に一度程度宵央を指名する常連客だった。
美月は所謂、バリキャリと呼ばれる類の女性だ。
歳は非公開だがおそらく三十代前半で、すらりとした長身が美しい。比較的ふっくらとした体形が多い宵央の客の中では、珍しいプロポーションの持ち主だ。
とはいえ宵央は女性に対して友情以上の好意を持ち合わせてはいないので、彼女の身体的特徴などは比較的どうでもいいものだ。
その無関心さが良い、と、美月は宵央を定期的に指名するようになった。『マヨくんは、女の子にがつがつしてない感じが安心できる』というのは、美月の口癖だ。
時折『わたし、アロマンティックなのかも』と零す彼女に、宵央は曖昧に相槌をうつことしかできないのが申し訳ない。自分も、と同意してほしいのかもしれないが、宵央はゲイで、ただ女性に対して性欲を抱かないだけだ。
美月のオーダーはいつも、フットマッサージと料理と添い寝だ。
誰かにゆっくりともてなされたい。と言うのが彼女の要望なので、指名が入るとまずは献立を考えるところから始める。
しかし前回珍しく、次のオーダーについて相談したい、と持ち掛けられた。
「《獏獏》ってさ、ゲームとか、スポーツとか、そういうのも一緒にやってくれんだよね? サイトにそう書いてあったんだけど……ね、マヨくん、こんな事急に言われても困るかもなんだけど――わたしとさ、こっくりさんしてくれない?」
そう言った美月の声は至極真剣で、肺が震えるように、かすかに息も震えているようだった。
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