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【3】-06

 カラオケルームのこっくりさんは、薄暗い灯りの下で始まった。  蝋燭を持ち込むことはできないし、完全に真っ暗にすることもできない。その上、他の部屋から零れる陽気な歌も途切れることはない。  降霊会としての雰囲気は最悪だ。  それなのに、宵央はずっと、息を止めそうなほどの緊張感に包まれていた。 「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」  四人の男女は机の四方に陣取り、腕を伸ばして十円玉に人差し指を乗せる。 「もしおいでになりましたら、はいの方へお進みください」  四人の声の大きさはバラバラで、一番よく聞こえる声は美月、次いで浬の掠れた声だ。荒川と神崎は、本当に発声しているのかも疑わしい程の小声だった。  しばし、無言。  きっかり十秒待ってから、顔を上げた美月のアイコンタクトで、もう一度最初から文言を繰り返す。 「こっくりさん、こっくりさん――」  事前に、宵央と浬は説明されていた。  いつどこでこの儀式を行うとしても問題ない。けれど学校から離れている分、野々村ほのかとのが悪い。  少し時間がかかると思うし、おそらく何度も呼び掛ける事になる。  野々村ほのかが呼び出されるまで、こっくりさんの儀式は頭から繰り返される。  その間、絶対に十円から指は離さないこと。  こっくりさんの紙から目を離さず、決して後ろは振り向かないこと。  そしてこっくりさんへの呼びかけが始まったら、儀式が終わるまで必要な文言以外、絶対に喋らないこと。  この約束を守り、根気強く付き合ってほしい、と。  勿論、実質見学状態である宵央であっても、不必要な発言は禁じられていた。 「こっくりさん、こっくりさん――」  しかし、覚悟していたよりも時間がかかっていた。  呼びかけはもう十回どころか、三十回以上続いている。相変わらずカラオケルームの空気は不気味だが、それでもいい加減緊張が緩み始める。  もしかして、今日は何も起きないのではないか。  やはり参加者は野々村ほのかに縁のある人物でないといけないのではないか。  宵央がそんなことを考え始めていたときだった――荒川がヒュッと空気を飲む音がした。  何事かと思わず顔を上げた宵央は、口から飛び出しそうになった叫び声を必死にこらえた。  荒川の腕が、何者かの手に捕まれていた。  彼女の後ろの脇あたりからぬっと伸びた細く白い手が、十円玉に指を乗せる荒川の手首を後ろから掴んでいる。  勿論、そこには誰もいない。  この部屋の中で荒川の背後に回れる人間は、宵央以外に存在しない。そして宵央は浬の後ろから一歩も動いておらず、当たり前のようにその腕は宵央の腕ではない。  そして宵央は、荒川の対面に座る神崎の腕も何者かに掴まれている事に気が付く。  神崎の腕は、荒川の腕をつかむ白くて細い手とは違い、ぶよぶよに爛れて黒く腐った手に掴まれていた。  彼女たちの手が痙攣する。  その震えに導かれるように、つ、つ、つ、と紙の上の十円玉は動き始めた。  こっくりさん、こっくりさん、もしおいでになりましたら、『はい』の方へお進みください。  この問いかけに応えるように、十円はゆっくりと『はい』の上に進み、そして固唾をのむ宵央の前でまたゆっくりと鳥居に戻った。  隣の浬をちらりと見下ろす。  言葉で確認ができないので、浬にも見えているのかどうか、判断ができない。  彼の感情は非常に薄っぺらく、顔色や態度で心情を図ることなどできないのだから。  ふーふー、という息が耳につく。  荒川は息を何度も無駄に吸い込み、神崎は椅子が音を立てる程に震えている。どう見ても、尋常ではない様子だ。  昔、自殺しちゃったほのかちゃんと遊ぶだけ。  悲しい思いをして死んじゃったほのかちゃんと慰めるだけ。  美月はそう言っていた。だとすれば、荒川と神崎の手を掴むモノが、野々村ほのかなのだろうか?  いや――あの枯れ木のような手はとても中学生のものには見えないし、腐って黒くなった手も同様に大きすぎる。  ではあれは、?  二人の女性と宵央の動揺をよそに、こっくりさんの儀式は進んでいく。もう、声を出している者は美月だけだ。 「こっくりさん、こっくりさん、お越し下さり、ありがとうございます」  ゆっくりと美月だけがお辞儀をする。荒川と神崎は泣き始め、美月の対面に座る浬は微動だにしない。ただ時折壁をぼーっと眺めている時のような、感情の無い顔で紙ではなく美月を見ている様子だった。  そして美月は、溌剌とした声と共に顔を上げる。 「本日、お約束の通り新しい供物を献上する為、お呼び出しいたしました。棚橋美月、神崎天音、荒川未来の名に置きまして、野々村ほのかの命の代償を捧げます」 「な――……ッ!?」  美月は一体、何を、言っているのだ。  思わず『約束』など忘れて叫ぶ寸前、宵央は浬に制止される。彼の左手は、しっかりと宵央の右手を掴んでいた。  ぐるり、と隣に立つ宵央を見上げた浬の顔は、いつも通りの力の抜けたようなへらりとした笑顔だ。 「……マヨさんさぁ、おれのこと好き?」  しかし彼の口から唐突に飛び出た質問はあまりにも場違いで、急激に下がった血がわけもわからず頭の上までのぼりそうになる。 「な、えっ、何、」 「質問に答えろ。來摩宵央は、千同浬を愛しちゃってるのかどうか訊いてんの」 「あっ、愛、愛して、あのっ……す、好きですけれども……!」 「そりゃよかった、じゃあ安心だ」  にへらっと笑い、そして浬はもうひとつ、『同情だけはするなよ』とだけ付け加え、視線と顔を前に戻した。  瞬間、バチン、と何かが破けるような音がして、当たりは一気に暗闇に包まれた。  何も見えない。  真っ暗で、己の指先もどこにあるのか不確かだ。  宵央が戸惑い焦る最中――つんざくような女性の叫び声が上がった。

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