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【3】-08

 すべてが片付き一息を吐いた時、時刻はすでに夜の一時を過ぎていた。 「いやー……ひっさびさにえぐいタイプの奴だったなぁー」  やれやれ、とあまりにも軽い調子で天井を仰ぐ浬の隣で、気力も体力も尽きた宵央はぐったりと項垂れていた。  すでに終電は過ぎているので、いっそ朝までカラオケルームで過ごそうという話になった。  目の前で美月が消えた後、暗闇は一瞬で消え去り、まるで何事もなかったかのように薄暗いカラオケルームの光景が戻った。ただし、そこには美月の痕跡は何もなかった。  慌てて警察を呼ぼうとした宵央を制した浬は、『もう手遅れだよ』と言った。それでも一人の人間が目の前で消えたのだ。動転するなと言う方が無理である。  とはいえ、何と説明すればいいのだろう?  こっくりさんをしていたら人が消えた――などと、大真面目に説明したところで、狂人扱いされるだけだ。宵央は過去、何度も同じような苦痛を抱えてきた。普通のヒトとは、視えている世界が違うのだ。  無駄だから落ち着けと何度も背中を叩いてくれた浬は、呆れた様子でカラオケの伝票を宵央の前に差し出した。  カラオケの料金は人数制だ。確かに、五人で入店した。  しかし伝票に印字された数字は『四名』だった。  どういうことかと混乱する宵央に、浬はへらりと笑って座れと諭しながら言った。 「いいか、カミサマの類ってのは人間の世界のルールなんか知ったこっちゃねーんだよ。勝手に捻じ曲げるし、意味不明に干渉する。最初からあの女は居なかったのか、それとも居ない事にされてんのか知らんけど、とにかく人間のルールで探そうったって無理だ。だからまあ座れ、いいから、落ち着け、大丈夫マヨさんのせいじゃねえよ、あえて言うならまあ本人とこいつらとおれのせいだ」  こいつら、と名指しされた女性二人はあからさまに正気ではなく、すぐに言葉を話せる様子ではなかった。  一時間程度待ち、漸く宵央も落ち着いた頃、彼女達はぽつぽつと語り始めた。まるで罪を告白するかのように。  浬が言った通り、学生時代の野々村ほのかはいじめられっ子ではなく、逆にクラスメイトの女子をいじめていたリーダー格だったという。 「ほのかさんは、なんていうか……別に、クラスのリーダーって感じじゃないんです……でも男子と仲良くて、先生にも強気の発言をする人で、休日は、知らない大人の男の人と出かけたことを自慢するような……。だから、人気があったっていうか、ちょっと怖い人、だった……」 「怖かった、です。ちょっと機嫌を損ねると、笑いながら『あ、いいよ、もう話しかけないからー』って……それで、その後はほのかさんのグループからは無視され始めて、だんだんクラス中から無視されていくんです……。べ、別に、わたし、みんなと仲良くしたかったわけじゃないし、好きな漫画の話とかできる子が別のクラスにいたから、そこまで、辛かったわけじゃないんだけど、」 「ね。うちらは、ね、同好会もあったし、学校なんて、勉強の時間以外はクラスにいなきゃいいだけだったし……でも、棚橋さんは最初、男子と仲のいいグループにいたから……」 「別に、助けようとか、思ったことなくて……え、だって、うちらだって無視されてハブかれてるのに、自分たちの事で手一杯だし。でも、ある日、棚橋さんから声かけられて。……野々村ほのかを、呪おうよって」 「……バカみたいって、今なら、思うんだけど、当時オカルトっぽい漫画にハマってたから、ちょっと、テンション上がっちゃったんです。それに、向こうがこっちをいじめてるわけだし、反撃したっていいでしょって思ったし、呪いなら証拠も残らないよねって……」 「中学生の私達は、結構、本気でした。本気でこっくりさんを呼び出して、本気で泣きながらお願いしました。野々村ほのかを殺してくださいって。……別に、こっちは、死ぬほどつらいわけでもなかったのに。無視された程度だったのに、でも、『なんでわたしがこんな目に』って、その時は全員そう思ってたんです」 「あんなことしなきゃよかった」 「うん……ほのかさんは、本当に死んじゃったし、その後、一緒にこっくりさんをやった女の子が学校に来なくなって、それで、棚橋さんに相談したら、『うちのお姉ちゃんが、おまえら全員このままだと死ぬ』とか言ってるって……」  ――人を殺した代償に、全員の寿命を要求されている。  ――もし死にたくないのなら、毎年一人捧げなきゃいけない。  ――大丈夫、交渉はお姉ちゃんがやってくれる。  ――来年から、誰か一人ずつ殺そう。  棚橋美月は晴れ晴れとした笑顔でそう提案したという。  しかしそれから毎年、こっくりさんで誰かを犠牲にするたびに、荒川と神崎は心身に不調を覚え始めた。  話を聞いた浬は多少嫌そうにうなじのあたりをぼりぼりとひっかく。 「あー……まあ、完全無傷ってわけにはいかんでしょうよ。毎度あんな禍々しいスタイルのやつを呼び出してんなら、たまには余計なおまけも憑いて来る。アッチの世界には、コッチの世界のルールなんて適用されない。毎回同じ手順を踏んでるからっつって、ちゃんと同じ儀式が成立してるとは限らんだろうなー。どっかのタイミングで、変なヤツに憑かれちまったんだろ。そうじゃなくてもあんたらのやってるこっくりさんは、降霊術っていうよりは『呪い』の領域だ。呪いってやつは、かけたヤツの負担もデカい」  人を呪わば穴二つ、という言葉がある。  呪いという行為はひどく危険だ。誰かを呪うのならば、その呪いの余波で己が死ぬ覚悟をして、相手と自分の二つ分の墓穴を掘っておけ、という意である。 「あっちの世界には情状酌量とかねえからなぁ。人間的には『何それ理不尽じゃん?』って事でも、受け入れるしかない。だから、死ぬ覚悟がなきゃ関わるべきじゃない。アッチの世界のヤツが手を伸ばして来たら、回れ右して全力ダッシュで逃げんのが正解だ」  よっぽどの事情がなければ、と浬は付け足した。  それはおそらく、怪異に憑かれて恐怖を探し回る他ない己を思っての事だろう。  宵央に対しては『驕りだ』と言っていた浬だが、荒川と神崎には有料の除霊を提案した。ひどく疲れた顔をした女性二人はこの提案に縋りつくように飛びつき、そして『食事時』の真夜中を過ぎてから何度も頭を下げてカラオケルームを出て行った。  一万でいいよと言った浬の前には、万札が十二枚並べられている。二十年続いた恐怖から救ってくれた男への心からの謝礼なのだろう――とはいえ、浬は『おれはなんもしてねえんだけど』と苦笑する。 「おこぼれみてえな呪い? の除霊をしたのはまあおれだけど、こっくりさんを終わらせたのはあの美月って女の犠牲があってこそでしょうよ」 「……あのこっくりさんは、きちんと、終わったんでしょうか……」  二人きりになった部屋で、ぽつりと宵央はつぶやく。 「んー、あー……終わった、とおれは思うけどどうかね」 「でも、美月さんのお姉さんは『全員の命が危ない』って言ってらっしゃったんですよね? 今回は、その……美月さんだけが、連れていかれたのなら、」 「来年は荒川か神崎が犠牲者になるって? んー……まぁ、あちらさんの世界のこたぁわっかんねーけど、散々人間捧げてもらってんだし、いい加減満足したと思いたいけどねー」 「……二十人、犠牲になっているってことですもんね」  確か《八ツ辻》で猫屋敷は、『こっくりさんは人が死なないからつまらない』と言っていた。あれはとんでもない誤解なのではないか?  眉を顰める宵央の背中を、浬は殊更軽く叩く。 「いやマヨさん落ち着け、そんなやべえ連続殺人みたいなヤツじゃねえよ」 「え。……でも、毎年、生贄を捧げていたって――」 「さすがに身の回りで二十人も死んでりゃ、誰かしら疑うだろ。興信所の報告じゃ、『棚橋美月の職場はやたらと離職率が高い』って程度だ。入院したヤツは三人くらいいたが、どいつもこいつもちょっと具合が悪くなって仕事を辞めてっただけだ。死人は一人もいない」 「…………えええ……? じゃ、じゃあ、今回も別に、僕がこっくりさんをやっていたとしても、死ぬことはなかった……?」 「いやマヨさんはたぶん向こうからノーセンキュー叩きつけられる筈だ。おれがお手付きで拒否られる理由と一緒だ。マヨさんはおれと交いすぎている」 「まぐわい、あっ、えっ」 「相変わらず貫通はしてねえけど体液べったべたになってんのは潔癖症なカミサマ連中はアウトだろうよ。だからマヨさんが一人で参加してたって、マヨさんが生贄に選ばれることはない。今日と同じく、棚橋美月が持ってかれただけだ。ただ、マヨさん一人だと、あの女に同情するだろ?」 「し――」  しない、と、言い切れない。  何より宵央は美月の話を頭から信じていたし、助けてと手を伸ばした彼女を前に、その手をとっさに取ってしまう自分を容易に想像できた。 「つかさっきも正直ちょっとビビったよ。アイツ名指しでマヨさんに助けてーなんて言いやがんだもん。なんなのよマヨさん、大人気じゃん?」 「僕は…………」 「うん?」 「……僕は、たぶん、一人で参加していたら彼女の手を取ったと思います。でも、浬さんが危ないと思ったから――彼女より、そして僕より、浬さんを優先しました」  來摩宵央は自身の命の価値が低い。  死ぬのは怖いから生きている。そういうスタンスで日々をこなしてきた。だから自分の命が対象ならば、いくらでもぞんざいにしてしまう。  ただ、浬の心身に危険が及ぶとしたら、話は別だ。  美月は、浬を騙して贄として捧げようとした。  その事実が、彼女の手を無視する要因となった。騙され害を加えられそうになった人物が、千同浬だったから。 「……マヨさんて、もしかしてかなり本気でおれに惚れちゃってんの……?」  珍しく引き気味な顔を晒している浬が解せない。何度も何度も、心底好きだと訴えているというのに。 「かなり、本気で、好きですが……?」 「いやほんと……マヨさんの行動の九割は『そういうとこあるよなぁ』で納得できんだけど、『浬さん好き好き大好き』の部分だけはまっじでわっかんねんだよなぁ……マヨさんて女子にモテモテじゃん?」 「ゲイなので」 「あ、そうだった……。いやでも、同性にモテないってこたぁないでしょ?」 「モテません。僕は同性の出会いの場に行きませんし、行ったとしてもああいう場所はその、顔や体がメインの評価対象なので、筋肉質でもなければ髭もない僕は賑やかしにもなれません……」 「あ、そういうもんなの?」 「そういうものです。それに、僕が好きなのは浬さんなので、他の方に興味はないです」 「わー……なんかマヨさんて、おれの事に関しては結構強気よね? 他はわやわや系チワワ男子なのに」 「だって浬さんはしっかりお伝えしないと全然響かないじゃないですか……!」 「うん。わはは、おれの自我なんて激薄だからなぁ」 「もう、強めに刻み込んでいくことにしたんです……僕から提供できるものなんて、僕の感じる『恐怖』だけですし。あとはちょっとした料理と寝床くらいですし……」 「え、おれマヨさんとちゅーすんのわりと好きよ?」 「…………キスもセックスもさせてくださるのに、僕の事なんか好きじゃない……?」 「いや違う、マヨさんの事が嫌いなんじゃない。世界人類全員、誰が相手でもおれは好意なんてわっかんねえだけ。でもまあ、かわいいなぁとは思うし、女子にちやほやされてるマヨさんの横で彼氏ヅラすんのは、わりと良かったな? なんだろなこの感情、うーん……楽しい? って感じ?」 「……僕の隣は、楽しい、ですか?」 「うん、そうね。結構楽しい、と思う。マヨさんにちやほやされんのも、ちゅーしていちゃいちゃすんのも、他の女に『その男誰!?』みてえに嫉妬されんのも、おれたぶん楽しいわ」  わはは、と笑う。  その発言はすべて、浬にとっては取るに足りないものだったのだろう。いつも通り、ただ『思った事を口にしただけ』だ。  それでも宵央にとっては、忘れられない大切な言葉となった。  きみの隣は楽しい、などと言ってもらえたのは、たぶん、生まれて初めてだった。

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