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【4】-02

「モッテモテですねぇ~真夜中さん」  がらんがらんと派手な音を立てるドアベルにそっと手を添えて音を消し、店内に戻りやっと息を吐いた宵央を迎えたのは、楽しそうな癸の声だ。 『また来るね』  とどろりとした甘い声を残して帰った男は、このところ二日にいっぺんは来店して、二時間程宵央を独占する。  いつも貸出のヴェネチアンマスクをつけ、名札には『ケン』と書かれていた。偽名なのか、あだ名なのかもわからないが、呼ばれ慣れている様子なので、本名なのかもしれない。  宵央の仕事は怪談の聞き手ではなく、フードとドリンクを提供する係だ。宵央が一人の客に掛かり切りになろうとも、調理さえ怠らなければ問題はない。  そもそも宵央は会話が苦手でうまい相槌もうてないし、人様に披露できる『怖い話』も持ち合わせていない。  怖いモノを視るからと言って、怪談が得意なわけではない。宵央はただ怖い体験をするだけであり、それを他人に話すとなるとかなりの『会話のスキル』が必要となるのだ。  それでも常連客は、初心な反応をする宵央を歓迎してくれている。やっと宵央も臆せず自分から話しを切り出すことができるようになったのだ。  正直なところ、自分を口説く見知らぬ男よりも、九や猫屋敷の話を聞いていたい。彼らの怪談は確かにいつも震えるほどに怖いが、怪談を語り終えた後皆でわいわいと話す『考察』を聴くのが宵央は好きだった。 「なんだか、その……すいません……」 「え、何が――ああ、変な客にロックオンされて申し訳ないです的な事です? いや真夜中さんが謝ることではないですよ? というか大丈夫です? 出禁にいたしましょうか?」 「いや、ええと、害はないんですけど。でも怪談メインのお店に、そぐわない方かな、と思って」 「はぁ、まぁそれは別によろしいですよ、ええ、本当に。マニアがニタニタしながら通う常連まみれの店って、ちょっとつまらないじゃないですか。別にわたしは、わたしの顔が目当てでも通って怪談聴いてくださるならそれでいいかなと思いますけれど、とはいえ店員も人間でございます。真夜中さんがキツいとおっしゃるならば、ケンさんは今から出禁にもできますよ?」 「キツイというほどでは……」 「でもマヨちさっきデートに誘われてなかったぁ?」  ひょい、と会話に混ざってきたのは珍しく酔っている雰囲気の常連女性、九の声だ。  仕事の呼び出しだと言って、猫屋敷はすでに帰ってしまっていた。こんな時間に大変だなと思うが、一体なんの仕事をしているのか、宵央は知らない。  深夜の店内に残っている客は九と、そしていつも通り浬だけだ。 「デートじゃないです。なんでも、心霊スポット? に宿泊するイベントがあるとかで、一緒に来てくれないか、と……」 「お泊りデートのお誘いじゃん。完全にロックオンされてんじゃん」 「いや、でも、本当はご友人の松田さんが勝手に申し込んだとかで……でも松田さんの奥さんが入院してそれどころじゃなくなった、というお話で……でもキャンセルできないから、というご事情で……」 「どうせ全部言い訳でしょー? いきなり二人きりのホテルとかディナーじゃないところがむしろガチっぽくてこえーわ。完全に落とす気満々のゲイじゃん。あ、マヨちマンハッタンちょうだい」 「……九さん、今日は珍しくお酒ばかり飲みますね」 「ひっさしぶりの連休なわけ。たまにはべろべろに飲んでヘイタクシー! して帰りたいわけ。家で飲んでもつまんないわけ。ここで怖い話とか恋バナとか聞いてた方がおもろいわけ」 「こ、こいばな?」 「かまととぶるなイケメン乙女男子。おら、あたしの酒の肴の為に本命に絡んで来い。いけ。弄れ」 「えええ……」  雑にけしかけられた宵央は、恐る恐る九の対面のカウンターに視線を注ぐ。  そこには先ほどと変わらず何とも言い難い真顔でジッ……と宵央を見上げる浬がいた。  怖い。心底怖い。  どんな時も基本へらへらと笑っている浬の真顔は、本当に珍しすぎて怖い。ただの無表情ならば時折目にするが、今のこの顔は――おそらく本人は一切自覚がないだろうが――どう見ても『不愉快』という感情を全面的に押し出している。  怖くて、怖くて――胸がときめいて死にそうになる。  宵央は他人の感情に疎く、そして人生経験も少ない。それでもケンに口説かれていることくらいはわかったし、そして同じように、浬の機嫌が異常に悪いことくらいはわかった。そしてその理由も、心当たりがあるし、おそらくは勘違いではない筈だ。 「あ、あの……浬……さん……?」  恐る恐る声をかける。テンパりすぎていてつい本名で呼んでしまったが、九も癸も特に咎めなかったので、皆千同浬の名を知っているのかもしれない。 「お飲み物、あの……空ですよね? 気づかなくてすいません、何か代わりの物を――」 「マヨさんさぁ」 「え、あ、はいっ」 「男にモテないって嘘じゃん?」 「んっっ……!?」  直球で詰められて、思わず胸をぐっと掴んでしまう。しかし宵央の反応など気にする様子も無く、浬は徐々に目を細めて声を落とし始めた。 「めっちゃモテてんじゃん。すげえ口説かれてんじゃん。超お姫様扱いされてんじゃん。さっき手握ってなかった? は? 何勝手に触ってんだアイツ?」 「待っ……待って、ください、一回……、一回、落ち着いて……っ」 「マヨさんが断れねえタイプなの見透かして『助けてよ』みてえな言い方してんのも駄目じゃね? そういうの良くないっしょ? いやおれが言えたことじゃねえかもしんないけど? つかこんな一瞬で男ホイホイしてるってことはやっぱモテないっての嘘じゃね?」 「ちが……っ」 「ウソツキ」 「んんんッ――!」  耐えられなくなった宵央はついに、よろよろとしゃがみ込んでしまった。  耐えられない、無理だ、心臓が持たない。  何故ならば浬の暴言はどう見ても、絶対に、確実に、嫉妬にしか見えないからだ。  最初はさすがに気のせいかと思ったが、ケンが来店するたびに浬は驚くほど無表情になる事に気が付き、最近は浬の視線の方が気になりすぎてケンの話など上の空になってしまっていた。  そのせいで何度か話を聞き逃し、曖昧に同意をしたり適当に話を合わせる羽目になり、結果よくわからない心霊スポット宿泊イベントに参加する流れになってしまいそうなのだが、さすがに責任転嫁すぎるので言えない。適当な接客をした宵央が悪い。それはさておき、浬の分かりやすすぎる不機嫌さは宵央の経験値では受け流せない。 「ああ、真夜中さんしっかり……! 千里さん、あなたね、少しは手加減なさい! こちとら二十三歳児なんですよ!?」 「そうだー! マヨちに謝れーっ! この童貞殺しーっ!」 「なんだよ童貞殺しって……てかなんでおれが怒られてんの」 「アンタがマヨちを他の男に取られそうになって不機嫌アタックしてっからでしょ。ガキか。いやガキだったわ。ガキと良妻童貞のドキドキ☆初心者ラブコメだったわ……」 「………………ふきげん? は? おれが?」 「アンタ以外いねえだろうがよ。てーかアンタ、むかついた時の顔、案外子供っぽくてカワイイな? ほらマヨち~見てみろ~あれが無自覚嫉妬男の『おれのマヨさんに触んな』顔だぞ~」 「ひぃ……だめ、だめです……」 「何がぁ? ほら、言うてみー?」 「……き……機嫌悪い、浬さん、かわいらしくて、だめ…………」 「いやかわいいかよ。安心しろマヨち、あんたの方がえろいしかわいいわ……でもなんか変な性癖開拓しそうになってない? 大丈夫そ? まあでも確かにレアだわなー。アタシここ通って長いけど、アイツのあんな顔初めて見たわ」 「ううう……」  追い打ちをかけてくる九の言葉から逃れたくて、耳を塞ぎたくなる。  別に、片思いでも耐えられると思っていた。ただ自分が好きなだけだ。それでも一緒に過ごす時間が長くなればそのうち、少しくらいは特別な存在になれるかな、と夢想していた。  好きだと囁かれたわけでもなければ、愛を語られたわけでもない。  それでも浬の不機嫌は、確実に宵央が彼にもたらした新しい変化だ。その証拠に、不機嫌さを指摘された浬は一瞬どころか、しばらく呆然としていた。 「…………………うっそ、おれ、ご機嫌悪い感じ、だった……? まじで……?」 「あなたねぇ、鈍感といいますか、そこまで行くともはやただの無神経の域ですから、そんな態度をありがたがって胸キュン要素に変換してくださる変質的なガチ恋男性に出会えた奇跡に感謝なさった方がいいですよ……?」  ひどい言われようだが、事実ひたすら胸を押さえて呼吸を整えている状態の宵央には何も言い返せない。  対する浬は、やっと己の表情が無だったことに気付いたらしく、しばらく目を見開いて驚愕していた。 「……え、あ、マジだ。おれ笑ってねえや。え、マヨさんごめん、怖かったっしょ!?」  本当に指摘されて気が付いたらしく、勢いよく立ち上がって蹲る宵央を覗き込む。本来なら癸の言うように『無神経すぎる』ふるまいなのだろうが、普段の浬に慣れすぎた宵央はにやにやと頬を緩めてしまう。 「いえ、怖くはなかったので、大丈夫です。そのー……本当に、かわいかったので……」 「……今のクソみてえなおれの態度のどこにかわいらしさが……?」 「え。お、思ってたより心狭くてかわいいなって……」 「いやわからん。おれが変なの? マヨさんが特殊なの? わっかんねーからちょっと瞑想してくるわトイレ借りる」 「お早めに切り上げてくださいよ、ウチのトイレ一つしかないんですからね」 「出すモン出して顔洗ってくるだけだよ」  そう言って手を振る浬は、すでにいつも通りのうっすらとした笑顔に戻っていた。少し残念な気もするが、あの子供のような不機嫌さは本当に宵央の心臓に悪い。  もしかして、思っていたよりも好かれているのだろうか?  ただあの独占欲めいた発言は、恋愛感情のせいなのか判断つかない。友愛でも家族愛でも、独占欲は存在する。  はぁ。と息を吐いてからようやく立ち上がった宵央を見上げ、九は呆れたようにマティーニを口に運んだ。 「アイツって寛容なんじゃなくて、鈍感だっただけなんだな……いやほんっとに心せめえなアレ……。マヨちが他の男とちゅーでもしようもんなら卒倒すんじゃない?」 「しませんよ。する予定もないです」 「ひゅ~一途、痺れる憧れちゃう。つかマヨちて男好きな人だったんだね、千里専属かと思ってた」 「……あ、えっと、不快、ですか?」 「うーん、きもいとかは思わんけどわからん。周りに居ないから、考えた事なかっただけかも。ただ、マヨちの事は応援してる。友達だからね」 「…………え」 「え?」 「あ、いえ! と、友達、あまり、居ないので、なんていうか、その……う、うれしいです」 「…………やっぱ友達としてアレはやめといた方がいいんじゃねえのって思ってきた……」 「えっ!? お、応援してください……! 九さんに応援していただけたら、すごく心強いです……!」 「ええー? そうー? そうかなぁー? マヨちはかわいいねぇ~九お姉ちゃんがたくさん相談に乗ってあげようかなぁーそうねーまずはアイツが珍しく酔った時に告白してた性感帯の話から――」 「おいちょっと酔っ払い、マヨさんにセクハラすんのやめろ」  トイレのドアから顔だけ出した浬が叫び、九は芝居がかった仕草で『あとで教えたげる~』と笑う。彼の性感帯は耳の後ろだという事は知っているが、他にもあるならぜひ知りたかったとしょんぼりする宵央に向かって、浬はいつものへらりとした顔で呼びかけた。 「わかりやすくガッカリすんなよムッツリ。あ、心霊スポットお泊りイベ? あれおれも行くから」 「――え」 「どうせマヨさん断れねえでしょ。最近ろくなしてなかったし、普通に心配だし、っつーわけで後で詳細送っといて」  宵央にとっては大変心強くありがたい申し出である。しかし人目をはばからないケンと、あの状態の浬に挟まれて果たして自分は正気を保っていられるのか。  期待よりも不安が勝り、興奮ではなく不安で胸がどきどきした。

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