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【4】-04

 苦峪が語った話である。  さて、みなさんお揃いでしょうかね。  どうぞお好きなところにお座りください――あ、先ほどお配りした座布団、ぜひご利用ください。普段は施錠してあるとはいえ、掃除が行き届いているとも言い難いですからね。  さ、それでは本日唯一のイベントらしいイベント、『縊死屋敷』の怪談語りを披露させていただきます。この後ぐるーっと屋敷を回った後は皆さん銘々、お好きなトコロで一晩明かしていただきますので、もう少々団体行動ご容赦ください。  よし、じゃあ……始めましょうか。  ――石の家、と呼ばれていたそうなんですよ。  はい、ええ、首をくくる方の『縊死』ではなく、石っころの『石』です。  勿論、この平屋のお屋敷の事です。  御覧の通り、古びているとはいえ、ごく普通の木造家屋です。石で出来ているわけでも、石にかこまれているわけでもありません。  この家には四人家族が住んでいたそうです。  主人である男性、その妻、一人娘。最後の一人は、男性の兄……子供から見ると叔父、という事になりますね。これで四人、そう、四人家族だったんです。  仮に、この家族を『上田家』としましょう。  主人である上田武さん(仮名)は、ごく普通の勤め人だったそうです。妻の仁恵さん(仮名)は専業主婦で、娘の知子ちゃん(仮名)は少し遠い場所にある小学校に通っていました。  上田家には、とある秘密がありました。  それは、武さんの兄である光男(仮名)さんの存在です。  光男さんはね、重い病だったんですよ。先天的な障害だったのか、何かしらの病気の後遺症なのかはわかりません。ただ、光男さんには手足がなかったんです。  そう、うん――江戸川乱歩の『芋虫』って小説、知ってます?  さすが皆さん、博識ですねぇ。僕は言われて初めて読みました。あれ、面白いですよね。うん、まあ……そう、あんな感じ。  顔と胴体は普通なんです。でも、手足がない。内臓はきちんと存在しているもんだから、生きていくことに関しては支障ないんです。ただ、自分の意志で動けないだけで。  戦争のせい?  ああ、どうだろ……ちょっと時代はわかんないんで、その可能性もまあ、あるとは思いますよ。ここ数年の話じゃないことだけは、確かなんですから。  で、光男さんは普段、ベビーベッドの上に寝かされていたんです。  あれ、本当に便利なベッドなんですよ。高さとか、お母さんが世話をするのに丁度いい。介護用のベッドなんかも、結構高い位置に寝かせますよね?  床の上に布団を敷いてゴロン、と転がしておくと、やっぱり都合が悪いんでしょう。  上田光男さんに関しては特に……彼、すごく《《動く》》んだそうですよ。  そりゃもう、どうやってんだってくらい器用に床を這いずり回って、一生懸命外に出ようとする。  武さんも仁恵さんも、兄さんがいない! って何度も何度も近所を探し回ったそうです。  それで、そう、玄関を取っ払っちゃった。  ええ、芋虫のように這いずり回る兄が、勝手に外に出て行かないように……。  光男さん以外の家族は、全員窓から出入りしていました。  かなりおかしい光景ですが、まあこの立地ですから。というかこんな場所に引っ越した原因も、光男さんが家から勝手に這いずり出て、ご近所さんにご迷惑をかけたせいなんですから。  光男さんね、まあまあ、性格がよろしくなかったそうです。  健常者だってびっくりするような善人と、どうやって今まで生きてきたんだって感じのヤバい人と、そりゃいろんな人がいます。身体が不自由だろうが、ご病気だろうが、勿論いろんな人がいます。ハンデを背負っている人全員が優しくて謙虚ってわけじゃないんですよね、うん、これはもう仕方ない。そう言うことだってある。  でね、光男さん、家から抜け出して、女性とか子供を襲うんですって。  まあ、普通に要注意人物ですよ。手足が無くて良かった、って感じですよ。そんな言い方しちゃいけないんでしょうけど。  そんな風な野蛮で『ヤバい』人だったわけです、光男さんて方。  だから、外に出ないように玄関を無くした。  だから、勝手に這いずり回らないようにベビーベッドに寝かせた。その上柵もつけて……そうです、ほら、あそこに見えるでしょ? あれがその時のベビーベッドですよ。ええ、手作りなので、ベビーベッドっていうよりはもう、完全に檻ですよねぇ。  それでね、まあ、そんな『お荷物』のようなヒトを抱えて暮らすわけです。  武さんは仕事がある。  だから日中はほとんど家には帰らないし、知子ちゃんも学校から帰ってくるのは夕方です。  家にはただ二人、光男さんと仁恵さんが残される。  仁恵さん、こんな場所に追いやられて、ヤバい義兄の世話させられて、どんどんおかしくなっちゃってたんでしょうねぇ。  ある時ね、武さんが、気付いたんですよ。  部屋の隅に、小さな石が落ちてるんです。そうだな、ええと……消しゴムとか目薬とか、まあそのくらいの大きさの石です。握りこぶしって程じゃないけど、かといって外から紛れ込んできた砂とか小石よりは大きい。そんな感じ。  それがね、何故か家の中に落ちている。  兄の光男さんが生活している和室の隅に、たくさん落ちているんです。  小動物でも侵入してるのか? 猫とか、カラスとか……もしくは知子ちゃんの悪戯か? そう思って武さん、あまり深く考えずにとりあえず奥さんである仁恵さんに聞いてみたんです。  なあ、あの小石何かなって。  そしたら奥さん、こう言うんです。 『ああ、あの石はね、光男さんにぶつけるんですよ』  って。  ……仁恵さんね、昼間ね、一人で部屋に籠ってね、石を投げているんですって。庭から取ってきた石を、いっぱい抱えて和室に戻る。そして柵の隙間から、芋虫みたいな体の義兄の皮膚めがけて投げつけるんですって。  小さいとはいえ、それなりの固さの石ですよ。  うまく柵の隙間からぶつかると、そりゃ痛いです。ギャって悲鳴が上がる。うまくいくと内臓に当たって吐く。でも吐いたら仁恵さんが片付けなきゃいけないから、また苛立って今度は頭を狙う。  手がないんです。足がないんです。だから頭を抱えることも、蹲ることも、できないんです。  にこにこしながら昼間のおたのしみを告白する仁恵さんに、武さんは真っ青になったそうです。そしてその時初めて、兄の身体が瘡蓋だらけになっていたことに気が付いたんです。世話なんて、ほとんどしなかったんですから当然ですよ。和室に寄り付きもしなかったんだから。  衰弱した兄は、ほどなくして亡くなりました。  縊死でした。自殺かどうかはわかりません。最後の力を振り絞って一生懸命首を括ったのかもしれません。武さんが妻の奇行に耐えられなくなってついに首を絞めたのかもしれません。いや、妻の仁恵さんがやったのかも。どれが真実だとしても、えぐいですよね。僕は自殺説を推しますよ、ええ、だって一番悲惨でしょう?  それからこの家は廃墟になりました。  あ、はい。廃墟です。  一家がね、自殺したんですよ。全員首吊りです。彼らが並んでぶら下がっていた居間の床は、小さな石ころでいっぱいでした。身体は石をぶつけられたみたいな傷跡でいっぱいだったそうです。  この家は仁恵さんの実家の管理になったそうです。仁恵さんには二人姉がいて、三人姉妹は結婚後も定期的にお茶をするくらい仲がよかったそうですから。この不気味な話も、仁恵さんがこっそりと姉妹に話していたんだそうです。まあ、告げ口というよりも、精神を保つための愚痴だったんでしょうね。光男さんは本当に、いつ誰に殺されてもおかしくない程、ひどい人柄だったそうですから……。  誰も住む者がいなくなった家は、その後売り出されることもなく、今に至ります。  何度か人の手に渡ったこともあるそうですよ。  でもね、必ず石が沸くんだそうです。はい、石が沸く。気が付くと、部屋の隅に転がっている。何度掃除しても、排除しても、石が沸く。  そんな気味の悪い家、好んで住み続ける人は居なかったそうです。  だからこの家は『石の家』であり、一家全滅した『縊死の家』なんです。  ね、怖いでしょう?  さあ皆さん、朝まで頑張って耐えましょう。  何かが壁を打つ音がしたら、絶対に一人にならないようにしてください。それが石を投げつける音だったら、まずいので。

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