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【4】-06

 敷井と名乗った女性は、子供部屋に陣取った女性ペアの片割れだった。 「あの……すいません、本当に、こんなこと、お願いしちゃ、ルール違反? なのかもしれないんですけど……」  震える足取りで台所の床を踏みしめる彼女は、相当動揺している様子だ。  一歩踏み出した途端、とりわけ大きくなった床の音に驚いたらしく、悲鳴を上げてバランスを崩す。慌てた宵央が立ち上がり、浬と共に彼女を支えて事なきを得た。 「あ、ありがとうございます、ごめんなさい……! あの、わ、わたし、他に、頼めそうな方が、いなくて、それで……っ」 「わかったわかった、とりあえず話聞くから、座んなって。ほら座る、息する、落ち着いて話す、できる?」 「……すいません……」 「いや謝んなくていいから。おれとコイツはこう見えて『困ったときはお互い様』タイプだから。で、おれたちに頼みたい事って何? 怖いから一緒にいてほしい……ってわけじゃないっしょ? 怖いのを体験しにきてんだから」  わざとおどけたように言っているように聞こえたのだろう。やっと少し落ち着いた様子の彼女は、震える息を吐くように、ゆっくりと言葉を零した。 「ありがとうございます、あの……実は、友達を、探しに行きたくて……」 「トモダチって、一緒に来てた人? ちょっと髪の長い感じで、背の高いねーちゃん?」 「そう、そうです、彼女、こういう怖い話とか、心霊スポットとか好きで、でも普通に生きてたら、そういうとこ、いけないじゃないですか、今はそういうの、不法侵入とかだし……。だから、イベントなら許可も取ってあるだろうしって、一緒に行こうよって、それで」 「いなくなっちまったの?」 「……外の車に、上着を取りに行ったんです。ちょっと肌寒いねって、話してて。じゃあわたし取りに行くわって、ひとりで、行っちゃって。わたしが怖がってたから、たぶん、さっと行ってさっと帰って来るだけだからって……でも、全然帰ってこなくて、」 「トモダチが車に向かったのは何時?」 「……たぶん、十九時、くらい……」 「マヨさん、今何時?」 「二十時、過ぎですね……」  何かしらついでに用事をこなしていたとしても、例えば思い立ってコンビニまで車を走らせていたとしても、さすがにもう帰ってきてもいい時間だろう。怖がりの友人を待たせているとなれば、なおさらだ。 「……長電話でもしてんじゃね? って言うのは簡単だけど、まあ、不安なら直で確かめた方が早えな。そんで外までご一緒してほしいってわけか」 「はい…………と、隣の部屋の、ご夫婦に声を掛けようと、思ったのですが……あの……ちょ、ちょっと、お取込み中、みたいでっ……」 「お取込み――えっ、こんなとこで盛ってんの!?」  浬の大声に、思わず宵央は背筋を正す。  先ほどうっかり彼を押し倒しそうになった宵央としては、心霊スポットでいちゃつき始める夫妻に何も言えない。とはいえやはり、他にも参加者がいるイベント内でそのような行為に及ぶというのは、いささかどころか大いに非常識だろう。 「いや、まあ、心スポってわりと、青姦スポット扱いされてるとこあっけど、まじか……確かに、メシ食うな汚すなとは言われたけど、ヤるなとは言われてねえわな……」 「わ、わたしの、勘違い? かもしれないんですけど、その、とてもお声がけできる雰囲気じゃないなー……って、思って、すいません……」 「いや敷井さんはなんもわるくねーけども? 仏間の連中は?」 「……ええと、ひとりかくれんぼ? をなさっていたみたいで……」 「うーわ。ガチンコタイプの心スポ凸野郎どもじゃん。ひとりかくれんぼって一人でやんなきゃだめだろ、巻き込むんじゃねえよまじで……!」  ひとりかくれんぼとは、幽霊を視る儀式としてネットで流行った遊びらしい。分類としてはこっくりさんに近い様子なので、降霊術と言っても過言ではないのだろう。  参加者を集ったイベントとはいえ、やはり廃墟で一晩過ごしたい、などと思う人間はどこかしらおかしいのかもしれない。  異常すぎる参加者の中で、『友達の付き合いで参加した』という敷井は、比較的まともなタイプなのだろう。しかし、まともだからこそこのイベントの異様な雰囲気に、心から恐怖している様子だ。 「まあ、そうね、他のヤツが頼れないってのは理解したわ。じゃあちょっと、外行って見てきてやるよ」 「い、良いんですか!?」 「いやぁー、だってすぐそこじゃん? 別に山ん中歩くわけでもねえし窓からひょこっと出りゃいいだけだ。マヨさん待ってる? 一緒に行く?」  勿論、二つ返事で同伴を申し出た。こんなところで一人、取り残されて正気を保てる気がしない。一時間程度とはいえ、一人で耐えた敷井を心底尊敬してしまう程、この屋敷の空気はおぞましい。 「そういや腹減ってきたし、ついでにコンビニまで降りてメシ食って用足してくるかぁー」  軋む板間で立ち上がった浬と宵央は、ランタンをそれぞれ手に取り屋敷の廊下に足を踏み入れる。  廊下は思いのほか広かったがしかし、黒い老婆のようなものが常に右端を行き来しており、避けながら進まねばならない。出入りした窓は、道側――屋敷にとって南側にある。  北の端にある台所は、窓から一番遠い。  途中、寝室らしき部屋から漏れ聞こえる男女の嬌声に三人全員本気で引きつつ(そして宵央は気を付けよう、と決意を新たにしつつ)、居間と仏間の横を通り過ぎて南の廊下に出た――筈だった。 「……………わあ」  先頭の浬が、足を止めて声を上げる。 「…………っひ」  次いで、真ん中の敷井が小さな悲鳴を飲み込んだ。  二人は一体、何を見たのか。嫌な予感に苛まれつつも、宵央は足を進める。  一人で目を瞑って現実逃避をするわけにはいかない。このイベントに参加することを決めたのも、浬と敷井に同行することを決めたのも、宵央自身だ。 「あの、何が――………………えっ?」  小柄な敷井の頭の上から、宵央はほんの少し身を乗り出し、そして――見たくないものを、しっかりとその目で確認してしまった。  そこには幽霊がいたわけではない。  奇怪なものや、不気味なものが道を塞いでいたわけではない。  ただ、壁があった。そこに窓は一つもない。  あったはずの窓が、玄関の無い家に入るための窓がすべて、消えていた。

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