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【5】-05

『昨日ね、無断欠勤なさったんですよ』  高速道路を爆走するトラックの車内に、癸の神妙な声が広がる。  ピンクのケースに入った九のスマホを手渡され、ハンズフリー状態で癸に発信された。どうせ小言から始まるのだろう、と浬は身構えたものの、予想外に癸はすぐに本題へと入る。  どうやら急いでいるという話は、大袈裟ではないらしい。 『たかが一日程度、とは思いますがね、相手はあの來摩さんです。五分遅れそうな時ですら事前に謝る方なんですよ? それが無断でお店を休むなんて、バイトだとしてもありえません。浬さんや九さんならともかくです……!』 「なんであたし被弾してんの?」 「たまに持ち合わせなくてツケてるからじゃね?」 『心配ですよね? 心配です。はい、とても心配しました。とはいえ彼がダブルワークをしていることは了解済みでしたし、もしかしたらそちらのお仕事が急に入ってしまったのかしら……と想像力を働かせたわたしはご迷惑を承知で、來摩さんのお仕事先にお電話をいたしました』 「え、《獏獏》に? まじで? あの強そうなオバサン?」 『強そうかどうかは個人の感じ方でしょうが、しっかりとしたご婦人でしたね。きちんと説明したところ、「マヨちゃんから聞いてるわ!」と、快くわたしの問い合わせにも対応していただけました』 「マヨさん結局何処にもいなかったの?」 『ええ、はい……そうです。もう一つの勤務先でもお仕事をしている様子もなく、わたしから連絡しても繋がらず、今どこにいらっしゃるのか手がかりゼロの状態ですね。あなたほんと……なんでこういうときにほんと、いないのか、ほんと、頼りにならない……』 「落ち着けって。みとさんてテンパるとディスってくるのおもろいな……自宅で風邪ひいてぶっ倒れてる、とかでもねえの?」 『ご自宅アパートはもぬけの殻です。先ほど隠岐さんが確認してくださいました』 「え、ペストさんまで巻き込んでんの……?」 『巻き込むも何も、隠岐さんは本職ですからね、使える伝手は使いますよ。まあ個人情報をお客さんに流すわけにはいきませんし、そこはなんというか、非常事態なのであとから酒を飲ませて忘れさせましょう、九さんとか!』 「ウケル。あたし酒浸しの刑で記憶消去前提なのやばい。いやでもさぁ、友達が消息不明って普通にテンパるでしょこっちも。いいよ、あとでマヨちにみんなで謝って許してもらってそんで一発殴ろ?」 「殴るなよこええよ。ギャルとヤンキーは暴力で友情深めんのやめろ……」  九に散々蹴られた尻がまだ痛い浬だが、本人はビシバシと叩いたことも忘れてしまっている様子だ。さっぱりしているところが九の魅力でもあるが、もう少し癸のねちねちとした記憶力を見習ってほしいと思う時もある。  九は普段、運送業を生業としている。とにかく焦って混乱状態の癸を落ち着かせ、『とりあえずチリ迎えに行くわ』と愛車を飛ばしてきたのだという。  浬の居場所は、おそらくペスト医師――隠岐興信所の所長から伝わったのだろう。過去に浬は生家の状態を知る為に依頼したことがあった。 「個人情報~……」  筒抜けじゃん、と呆れるものの、電話向こうの癸に『非常事態!』と言われてしまえば黙る他ない。  確かに――非常事態だ。  元来いい加減な浬ならばともかく、宵央が何の言伝もなく消えてしまった、というのは信じがたい。 『それでですねー……実はもう一つ、隠岐さんからご報告がありまして』 「まだあんのかよ。なに、マヨさんの衝撃の正体とか判明しちゃった?」 『いえ、こちらどちらかと言えば、千里さんに関わるお話です』 「……おれ?」 『どうやら來摩さん、十堂(とうどう)家と接触したご様子なんですよ』 「……………え……なんでぇ……?」 『知りませんよ。あなたに心当たりがないならばわたしが知る筈ないでしょうに。?』  十堂家は確かに、浬が十二の歳まで生まれ育った実家である。  しかし井戸に落とされ《禍喰み》憑きとなった日から、十堂浬は千同浬となり、一度も実家に帰ることはなく現在に至る。  最後の日の記憶がさすがの浬にもトラウマとなり、自ら会いに行こうなどとは微塵も思わなかった。 『一昨日の深夜、十堂家の者と思しき人物が來摩さんのアパートを訪れています。アパートの住人に聞き込みをしてくださった隠岐さんからの情報です。なんでも夜二時ごろ、言い争うような声がして、珍しいなと外を覗いたら、栃木ナンバーの黒いヴォクシーが見えたと――。ご実家のお車でしょう? わたし覚えてますよ、以前あなたのご両親を名乗る不届き者を追い返した際に、ちゃんと写真撮って保存しましたからね』 「あー……あったねぇ、そんなことも。なんか入院費がどうとか喚いてたやつね……なんでおれの行きつけの店なんかバレたんかね?」 『あの頃からあなた、ちょいちょい霊能者仕事始めてましたから、その口コミから辿り着いたのかもしれませんね。過去のことはさておき、今現在來摩さんは千里さんのご家族と行動を共にしているのでは疑惑が浮上しております。……何か、心当たりは?』 「えええ……そんなん急に言われても思い浮かばねえよ、こちとら十五年音信不通だぞ。前押しかけてきたのだって、金の無心だろ? マヨさん拉致ったところで、おれもマヨさんも無駄金なんて――」  そこまで口にしたところで、ふと浬は思い出す。  そういえば数年前に押しかけて来たあの夫妻は、カウンターの端に座る浬の姿を見て、ひどく驚いていたようだった。  それは捨てた子供の成長を喜んでいる様子でもなければ、浬のひょうひょうとした態度に打ちひしがれている様子でもなかった。彼らは何故かただ、成長した浬を見て困惑していた。  そして母親だった女は、呆然としながらも震えるように小さく呟いた。  ――ずるい、なんであなたは、無事なの?  と。  この言葉を聞いた浬は、単純に『ああ、まだ弟は病を患ってるんだなぁ』としか思わなかった。ずるいという言葉は、義弟と自分を比べて出てきた言葉だろうと感じたからだ。  しかし今思えば、彼らの反応はあまりにも大袈裟だったような気がする。  浬が千同家で《禍喰み》憑きになった後、岳の容態や両親の生活に何か大きな変化があったのだろうか?  縁は切れていたとはいえ、もう自分には関係ない人々だと高を括っていたことが悔やまれる。こんなことならば、千同家を調べてもらうついでに十堂家についての調査も依頼しておくべきだった。 「……んあー! わからん! もう本人たちに直で聞くっきゃねえ! 栃木! 栃木に向かってくれ九さん!」 「言われなくても向かってるっつの。あんたの実家の場所なんて最初からナビに登録済みだっつの。任せなチリ、法定速度ギリッギリを攻めてやるからさ……」 『法律は守って運転してくだいさね? 今からだと、あちらに着くのは夕刻でしょうか……來摩さんが、何事もなく無事だと良いのですが』 「何とも言いがてえなぁ、息子を井戸に突き落とす狂気の家族だからなぁ。まあマヨさんは大人だし綺麗な顔してゴリラだし案外倫理観の塊だしヤバいと思った事には首突っ込まねえ筈だし……あーいやでも、おれと弟、顔似てんだよなぁそういえば……」 『顔が似ていると、なにか不都合でも?』 「え、だってマヨさんておれの顔が好きなんだろ? おれのどこが好きなのよって訊いた時にまず顔って言われんだよ。……九さんそのにやついた顔やめろ、ちがう、浮気を疑ってるわけじゃねえんだよ、ただほら、好きな顔にヨヨヨ……って泣きつかれたら多少は同情しちまうんじゃないかな、とかさぁ」 『――ああ、それに関しては全く心配いらないと思いますよ』  すっぱりと言い切る癸の言葉に、浬は妙にむず痒くなる。確かに宵央は呆れる程一途だが、と少々照れくさくなったところで、電話向こうの癸は思いもよらない理由を口にした。 『だって來摩さん、』 「――――は?」  それは浬にとってまさに、青天の霹靂だった。

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