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【6】-03
宵央は暗い子供だった。
その為いじめとはいかずとも、少々邪険にされたり陰口をたたかれたり、そんなことも少なくない。
それでも面と向かって『死ね』と言われたのは初めてだ。
「死…………え、……えっ!?」
うっかり思い切り動揺してしまい、情けない声を上げてしまう。そんな宵央の滑稽な態度は、岳にとっては少し予想外だった様子だ。
「……貴方、《禍喰み》が視えているんですよね? 兄の事情も、勿論ご存じかと思いましたが……」
「じ、事情というか、ええと、浬さんに憑いていらっしゃるモノは幽霊を餌にしている、ということくらいしか知りませんし、ご本人もそれ以上は特に、」
「――兄はあの通り、何もかも勝手にこなしてしまいますから。貴方が知らずとも、仕方ないのかもしれないですね」
……そうだろうか?
確かに浬は比較的面倒くさがりだ。尋ねなければ『訊かれていないから』と誤魔化し申告しない場合もあるが、宵央の質問にはきちんと答えてくれる。
彼に憑く《禍喰み》についてあまり知らない。しかしそれは詳しく知るだけでも害になるものだから、と説明されている。
浬は面倒くさがりだ。それに誰かに対して見栄を張ろうという感情が希薄だ。だから彼は口を噤んで誤魔化すことはあっても、わざわざ嘘を吐くことはない。
寄生生物は、宿主を殺さない。
だからおれは感情を喰われることがあっても、命までは奪われない。おれの役割は、このバケモンに食糧 を与えることだからだ。おれが死んだらコイツは飢える、それをコイツは知っている。
……確か、そのように説明してくれた。
死にそうだとも、このままでは死ぬとも言われたことは無い。浬が知らぬだけだったのだろうか? それとも、宵央に隠していただけなのだろうか?
「貴方は《禍喰み》と縁がある。貴方が贄となれば、おそらくは兄に憑いている《禍喰み》を強制的に引き寄せることができる筈です。兄はイレギュラーな贄であり依り代でした。本来の儀式を取り行えば、必ずや成功するでしょう」
「……そ、それは、僕が生贄となって、《禍喰み》さまを引き寄せて、浬さんから奪う、ということでしょうか……?」
「その通りです。儀式の詳細は把握済みです。千同の生き残りが、協力してくれました。大丈夫、貴方の役割は簡単です。ほんの少し、文言を読んでくれたら終わりですから。ずっと、困っていたんです――兄は協力してくれませんから、兄に近しい、そして《禍喰み》に見られたことがある人間が必要でした。今――貴方を見つけることができて、本当に良かった……」
「あの……浬さんは、今、どこに……」
「お教えできません」
「……この儀式、は――僕を贄として、岳さんに《禍喰み》を移すことについては、浬さんは、ご存じないんですね?」
「話していません。話せば妨害されるでしょうから。これは僕達十堂の生き残りが兄を助ける為に、独断で決行しています。僕は兄を助けたい。貴方も兄の為に、死んでくださいますよね?」
「え、あ……お断りします」
「――――……は?」
滔々と経を読んでいるかのようだった岳の声が、初めて乱れた。明らかに怒気を含んだ声だった。怯みそうになるものの、宵央は思い切って腹に力を入れる。
「……今、何と?」
「お断りします、と言いました。すいません、僕は贄にはなりたくないです」
「貴方は……兄を見殺しにするつもりですか!? 千同浬は死んでもいいと?」
「いいえ、違います。死んでもいいだなんて思っていません。ですが、僕は浬さんにお約束しました。浬さんは戻ってくるからと言いましたし、僕はお待ちしている旨をお約束したんです。だから勝手に死ぬわけにはいきません。それに、もし命を懸けるとしても、まずはご本人から直接お話を伺いたいと思います」
「……ことは一刻を争うんです。ぐずぐずしていたら、兄の命が――」
「もしそうだとしても、僕は浬さんに直接『死んでほしい』と言われない限り、先日の約束の方を優先します」
人間の言葉は、いくらでも嘘を吐ける。それが嘘でなくとも、人間の目は口は脳は、己に都合よく事実を装飾する。
例えば、幽霊アパートの西園。
彼女は意図的に己の『おまじない』の事実を伏せ、様々な現状も偽った。あの不気味な呪いを知っていれば、浬は除霊をしなかったかもしれないのに。
例えば、こっくりさんの美月。
彼女はいじめで自殺した女子を慰める儀式だと嘘をついて宵央を犠牲者に選んだ。のちの姉の言葉も含め、結局何が事実なのかいまだに宵央にはわからない。
例えば、縊死屋敷のイベント主催の苦峪。
彼が語った怪談は心底怖く悲しい物語だったが、それが事実かどうかはわからないし、おそらくあの場の怪異を招いたものは苦峪達主催が用意した『参加者に隠された遺留品』が原因だ。
誰も彼も、当たり前のように嘘を吐く。自分に都合よく周りを操ろうとする。
結局人が一番怖い。
そう言った癸を思い出した宵央は、これを教訓に当たり前すぎる誓いを立てていた。
『他人の語る言葉を信じない』
まるで小学生の標語のようだ。しかし、今まで人を疑うことは悪い事だと漠然と感じていた宵央にとっては、人生観が変わるほどの気づきだった。
怪談に出会わなければ、人の厭な話に気がつかなければ、心霊現象に巻き込まれなければ、今でも宵央は愚鈍に他人の言葉の表面に踊らされていたかもしれない。宵央は人生経験が浅く、他人との交流をひどく苦手としていたから。
「浬さんは、癸さんは、他の皆さんもまずは怪談を疑います。疑い、議論して、考えて結論を擦り合わせます。だから僕もまずは、疑うことにしました。客観的な事実、または浬さんご本人の説明がない限り、僕はあなた方への協力を拒みます」
「……それで、手遅れになったとしても?」
「その時は……そう、ですね。悔やんでも悔やみきれないとは思います。でも、僕は僕の選択を恨むだけです。それに、生贄が必要だというのなら、あなた自身が命を捧げたらいいのではないですか?」
「……………………っ、」
息を飲むような気配の後、宵央に向けられたものは明確な悪意だ。表情が読めない分、宵央は他人の気配や感情に敏感になった。
「……自分は死ぬ気はないが、代わりにお前が死ね、と?」
「ええと、まあそうなんですが、でも僕はとりあえず死にたくないので、《禍喰み》さまの犠牲になる覚悟が決まっているなら、贄になる運命でもあんまり変わらないんじゃないかな、と思っただけで……」
「依り代はどうする。僕が死ねば、依り代は――」
「え、お母さんかお父さんがいらっしゃいましたよね? あの人達は駄目なんですか?」
「――――……おまえ、何を」
「血が流れていないと駄目、というお話でしたら、問題ないですよね、たぶん。どちらかが千同の血を引いているからこそ、浬さんも岳さんも依り代の資格があるわけですよね? 岳さんが贄になり、依り代をご両親が担えば、問題ないのではないかなと思うんですが……」
「人の親に……なんて事を……」
「あ、いや、それを言ったら、その、僕なんか他人なので、会ったこともない他人に急に死ねなんて、って話なんですけど……あ、でも逆でもいいのかな……」
「は?」
「お母さんかお父さんが贄となって、岳さんが依り代になってもいいですよね? だってご両親は浬さんを井戸から突き落とした時に、《禍喰み》に見られていますよね?」
怒りで震えていたらしい岳だったが、宵央の言葉を聞いたとたん半歩下がる。
それは、思いもよらない反撃だったのかもしれない。
「――なぜ、突き落とした、と」
「え、ああ、そのー……実は僕、ちょっと、教えてもらったんです」
「は?」
「僕はずっと目が良くて、わけのわからないものを視て生きてきました。でもあんまり気配とか、言葉とかはわからなくて、そういう意味では鈍感だったんです。浬さんも同じだって言うから、霊感持ちの人ってみんなそうなのかなと思ってたんですけど――言葉がわかる人と、最近、お話したんです。こういうの、口寄せ、って言うんですね」
――口寄せ。
霊の言葉を知り、彼らが何を訴えかけるのか、彼らの言葉を読む技術の事を言う。
敷井という女性は、霊感があった。宵央と浬程ではないが、それなりに視ることができる様子だった。しかし彼女は視ることよりも、読むことの方に優れていた。
「コツを、教えてもらいました。僕なんて、本当に素人だし、うまくできるかわからなかったけど」
宵央はふと、岳の後ろに目をやる。開いた障子戸の奥、その廊下のあたりに、スッと立つ白い影があった。
汚れた着物を纏った、老人。
憤怒の形相で岳を睨みつける老人はあの、井戸の幻影の中で空を睨みつけていた人物だった。
その乾いて痩せた唇が、かすかに動く。
「こ ど も を お と し た」
いどに、こどもをおとした。
じつのおやに、あのこはうらぎられ、ないている。
老人の声を読み口にした宵央は、さらに井戸の老人に集中しようとした。しかしその瞬間、岳が大きくランタンを振り被った。
「……………っ!」
殴られる。
とっさに目を瞑った宵央は、自分が口寄せをしていた際に遠くから聞こえていた争うような声に気がつかなかった。
ガン!
と固い音が響く。しかし宵央には痛みも衝撃もない。恐る恐る目をあけるとそこには、金属バッドで岳のランタンを受け止める浬の姿があった。
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