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第4話

翌朝、和水が目を覚ますと、昨夜の宣言通り奏はすでにそこにはおらず、和水は片方スペースの空いたベッドに乱暴に腕を伸ばして小さくため息をついた。 昨日廊下に脱ぎ捨てた服たちは律儀にランドリースペースに畳まれて置かれていて、和水はそれを洗濯機の中に放り込んだ。 ―― 「おはようございます」 車に乗り込むや否や、マネージャーの早見は和水にそう声をかけた。が、和水は帽子を深く被り顔すら覗かせず、ぺこっと軽く頭を下げる程度だ。 聞いているのかどうかも分からないが、早見は今日のスケジュールを和水に伝える。 返事はない。 チラリと車内のミラーに視線をやると、和水はただ座席に深く腰掛けてじっとしていた。 和水は大抵、朝はこんな感じだ。 低血圧なのか絶望的とも言えるほどローテンションである。 それでもカメラが回れば人が変わったようにパッと明るく振る舞い仕事を全うするのだから、マネージャーとしては文句はない。 和水はつい最近まで事務所の寮に住んでおり、荷物を運びきっていない今は新居と事務所の寮、半々くらいで暮らしているようだ。 大抵その日の夜に連絡が来て、それは"寮"、"マンション"とかひと単語だけの連絡なのだが、早見はそれに従って翌朝その場所へ迎えの車を回している。 早見は1年前、和水の所属するグループvanillasがデビューする際に新しく担当になったマネージャーだ。 vanillas には早見のほかにもうひとり、伊勢というマネージャーがついており、基本的にこの2人で現場を回している。 伊勢も、同じタイミングでvanillasの担当になった。 伊勢とは常に情報共有をしており、現場で起こった些細な揉め事や、それよりもっと軽い話題――最近のメンバーからのお使いで多い飲み物の趣向――など、それは多岐に渡る。 だが、報告をしないこともある。 たとえば、事務所からのお達しで不仲故2人きりにするな、と言われているあの皇奏と冷泉和水が、度々冷泉の自宅で共に夜を過ごしているらしい、ということ、とか―――― 2017年4月△日 入社して約1年間の研修を終え、早見由高(はやみゆたか)は晴れて事務所期待の新グループ、vanillasの担当に就くことになった。 約1年研修として前任マネージャーの補助として就き、vanillasのメンバーとは既に見知った仲である。 と言っても、マネージャーから踏み込んでプライベートな会話はほとんど行わず、基本挨拶と仕事の会話のみだ。 それでも人懐っこいメンバーは自らプライベートな話題を話してくれることもあり、vanilasで言えば、ダンサーメンバーである川村李太、望月遼太郎、鈴木王大、朝比奈楽とは比較的打ち解けてきた、と思っている。 反して、メインボーカルでグループの顔とも言える2人、皇奏と冷泉和水はほとんどあちらから話しかけてくることはなく、まだ人となりの全てを掴み切れていないのが現状だ。 しかしそんな折、彼ら2人に大きな海外仕事が舞い込んだ。 場所は韓国、内容はドラマ出演。 韓国と日本を舞台にした恋愛作品で、奏と和水は"日本のアイドル"役として出演することが決まったのだ。 vanillasは事務所内でも特に、パフォーマンスレベルの高さを売りにしており、日本国内だけでなく、世界に売り出していきたい、といった事務所の思惑なのだろう。 そうして担当就任直後、早見は奏と冷泉と共に、約1ヶ月間に及ぶ撮影の為、韓国へ向かった。 撮影が始まって1週間ほど。 早見はその日の撮影を終えて、早々と滞在先のホテルに戻った。 マネージャーとして帯同しても、やることはほとんどないに等しい。 ただただ撮影を見守り、撮影の合間は全く会話のない2人が過ごす控え室で息を潜め、そうして撮影が終わればそそくさと各々ホテルに戻る2人を見送り、早見も同じようにホテルに帰る。 そんな日々だった。 やることもなく、かと言って海外で1人担当についてきている以上、下手に遊びや観光に出掛けることもできず、早見はホテルで動画サイトを見て暇を潰していた。 すると、突然着信が入り、その主を見て早見はふっと目を見開いた。 慌てて電話をとる。 『あ、もしもし、お疲れ様 霧峰だけど』 「あっ、あ…っ!お疲れ様です、早見です」 霧峰、と名乗るその電話の主は、vanillasの所属事務所の社長である、霧峰志子(きりみねゆきこ)という人物だった。 まだ入社して1年ほどの早見にとっては、かなり上の上の上、果てしなく上の上司にあたる人物だ。入社試験の面接で一度、入社してから一度、その二度しか会ったことがない。 そんな霧峰からの突然の連絡に、早見は思わず背筋を伸ばした。 『ごめん、和水って今何してるか分かる?』 「え?あ、いや、撮影終わってホテルに帰ってるので…自室にいるかと思いますが…」 『あ、そう…いや、ちょっと急用で連絡してるんだけど全く繋がらなくて、メッセージも読まれなくて…ちょっと和水の部屋、今行ける?』 「あ、はい、分かりました」 そうして繋がったままの携帯を抱えながら、早見は自室を出て、同じ階の和水の部屋のインターフォンを鳴らした。 するとしばらくしてドアが開き、寝ていたのか、軽く寝癖がついたままの和水が顔を覗かせた。 不機嫌そうに和水が口を開く。 「…何すか?」 「あ、いました!あー…このまま代わりますか?」 『あ、そうね お願い』 そうしてそのまま和水に携帯を手渡すと、要領を得ない、と言った顔で渋々その携帯を受け取り、先ほどのようなぶっきらぼうな口調ではい、と電話に出た。 「はい……はい………へえ……そうなんすね」 微かに聞こえてくる霧峰の話し声に、変わらず愛想のない返答で応える和水を、ただじっと見つめる。 「いや、いいっす 俺行かないので 適当に言っといてください」 そうして短い会話の末、乱暴に携帯を手渡し、和水は挨拶もなくそそくさと部屋のドアを閉めてしまった。 そうして恐る恐ると言った様子で電話を耳に当て、代わりました、と早見は言葉を発する。 すると電話越しにため息が聞こえ、霧峰は言った。 『和水の母親がね、亡くなったのよ』 「…えっ?」 『明日通夜で明後日葬式だから、どちらかに顔を出すようにっていう…まあそう言う連絡だったんだけど』 「え…あ…え、行かないって…」 『……関係良くないのよ、和水のお母さんと和水』 「…はあ…」 『そっちのスタッフには適当に話を通してて…明日明後日の撮影分をすでに最終日に振り替えてもらって、とりあえず休みにしてるから…もし気が変わって日本に帰るって言ってくるようなら、飛行機手配するから連絡してきて』 「あ、わ、分かりました あの…その…言った方がいいですか?その…まあ…行くようにって…いうか」 『いや、言わなくていいわ むしろ言わないでいた方が良いかもね…下手に踏み込まない方が良いところだから』 「あ…分かりました あっ…皇には伝えた方が良いですか?」 『いや、さっき奏にも連絡入れたから』 「あ、そうなんですね 分かりました では」 そうして電話を切り、自室に戻ろうとしたその時、廊下の先、エレベーターホールから大きな足音が聞こえ、早見は思わず振り返った。 背丈の大きな男性が走ってこちらに来たかと思えば、それは他でもない、皇奏であった。 しかし奏は早見には目をくれず、和水の部屋のドアをドンドンと大きな音を鳴らして叩いた。 「おい!和水!」 そう大きな声で呼びかけ、奏はドアを叩き続け、その異様な様子に早見は思わず呆気に取られる。 するとドアが乱暴に開き、中から和水が顔を覗かせた。 「…んだよ、うっせぇな」 和水がそう言い切る前に、奏は和水が開けたドアから部屋に押し入っていった。 早見は咄嗟に駆け寄る。 「…は?何してんの?やめろよ!」 そう言って和水は奏に掴み掛かるが、奏は和水が乱雑に広げた荷物を漁り、パスポートを掴みとったかと思えば和水の腕を引いて部屋を飛び出した。 和水はそれに抵抗し、大きな声をあげながら腕を振り解く。 しかしそれでも奏は和水の着ていたフードの帽子を掴み、強引に歩みを進める。 「やめろ!離せよ!」 「まだ間に合うだろ」 「何がだよ!」 「最終便」 「は?行かねえよ」 「行く」 「…じゃあお前1人で行けよ!」 「は?意味ねぇだろ」 「俺が行っても意味ねぇから」 「あるだろ」 「ねぇから …離せよ!」 そう言って乱暴に奏の腕を振り解いた和水は、ギッと奏を睨みつけた。 そうして睨み合った後、奏が言った。 「…行くぞ」 「…だから行かねえよ」 そうしてしばらくの沈黙の後、和水が口を開いた。 「……お前が言ったんだろ」 「は?」 「"自立して離れろ"って "自分の意思で生きろ"って …だからそうしてんだろ もう縁はとっくに切ってる …俺は行きたくないから だから行かない」 「…嘘つくなよ」 「…はあ?」 「…お前ずっと毎月送ってたんだろ?給料 お前が返事よこさねぇからって俺に毎月毎月連絡きてたんだよ 元気にしてるのかとか変なもん食ってねぇかとか毎月毎月お前のこと…」 「うるせえよ!…お前に…お前に何が分かんだよ!」 「分かんねえよ!…分かんねえから引き摺ってても連れて行こうとか出来んだろうが!」 2人の言い合う声は廊下中に響き渡り、次第にその騒ぎを伺い部屋からちらほらと人が出て来ていた。 早見はそれにハッとして、口を開いた。 「…とりあえず、部屋入りましょう」 そうして半ば二人を和水の部屋に押し入れた。

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