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第5話

部屋に入ってから、2人は互いにそっぽを向いて黙りこくっていた。 その沈黙を破ったのは早見だった。 「…ホテルだと最終便にはもう間に合わないと思うので…、取るなら明日の一番早い便を取りましょう」 すると和水が口を開いた。 「…行かねぇから」 「…チッ…お前…」 そうして身を乗り出した奏を早見が咄嗟に制する。 すると和水が小さな声で言った。 「…ねぇもん、服 …葬式とかのやつ…持ってねえし」 「…馬鹿か、そんなん買えばいいだろ」 「…お前は持ってんの」 「…持ってる」 「……じゃあ…お前が行ってよ」 「…だから意味ねぇだろって」 「…お前に連絡してたんだろ?あの人嬉しいんじゃない …ま、死んだんなら嬉しいとかないだろうけど」 奏はそっと和水に近づき、和水が腰掛けたソファのヘリに腰を下ろして、言った。 「…服なんかどうでも良いだろ」 「…良くねぇよ …そういうのが一番…あの人は…そういうのにうるさかったし」 「…死んだんだからうるせぇとかないだろ」 すると和水がふっと顔を上げ、奏を見たかと思えば、ほんの小さく吹き出して、言った。 「…お前が…それ言うなよ」 「お前が言い出したんだろ」 そうして奏は早見に視線をやり、言った。 「…明日、一番早い便取ってください」 早見はその頼みに、はい、と小さく頷いた。 ―― 飛行場を出るとすぐ、見覚えのあるバンのすぐそば、霧峰が立ってこちらに手招きしていた。 「乗って、向かうから」 そうして乗り込んだ車内には、三人分の喪服が準備されていた。 それを一瞥した奏は和水に言った。 「良かったじゃん」 「…るせぇよ」 それから車内では2人は一言も発さず、運転を任された早見は助手席に座った霧峰が振る"もう仕事には慣れたのか"と言ったような他愛もない話題でやり取りをした。 そうして葬儀場に着き、和水と奏は安置所に面会のため去って行った。 車の中、2人を待つ間、霧峰は早見に尋ねた。 「奏が説得して連れてきたの?」 「あー…まあ…そういう…感じですね」 「そう。…昔から和水は奏の言うことは聞くのよ」 「…あ…あの…」 「ん?」 「や…その…前任のマネージャーの方に…"皇と冷泉は2人きりにするな"って…その…仲悪いって聞いてたんですけど…」 「あはは、そんなお達しあったんだ?」 「ああ…はい」 「全く逆ね あんな相性良い2人いないわよ」 そう言って霧峰は窓を開け、タバコに火をつけて大きく吸い込んで吐き出し、言った。 「奏が連れて来たのよ、和水は」 「え?」 「奏はオーディションで入った子なんだけど、受かったその日に私に言ってきたのよ、"俺の通ってるスクールに天才がいるからそいつも事務所に一緒に入れて欲しい"って」 そう言ってそれを思い出したのようにククク、と霧峰は笑い、続けて言った。 「聞いたのよ、"ただの天才なら要らないんだけど、その子って良い子?"って」 「"良い子?"」 「うん、早見は、良い子、好き?」 「えっ?ああ…まあ…そうですね、好き…ですかね」 霧峰はその返答にはは、と笑い、そして続けた。 「結局…この業界で長く続けていくにはね、大事なのよね。余りあるほどの才能があっても、1人では何も生み出せないわよ。一番身近な人たちに愛されなきゃね。…まあそんな話は長くなるから…良いんだけど。まあね、だから聞いたの、良い子?って。そしたらあの子、なんて言ったと思う?」 そういたずらっぽく尋ねた霧峰の問いに、早見は恐る恐ると言った様子で答えた。 「えっと…まあ…"すごい良いやつです"とか…ですか?」 すると霧峰は笑って言った。 「"良いやつかは分かんないですけど、俺はそいつのことが大好きです"って言ったのよ」 あはは可笑しい、と言って霧峰はクスクスと笑い、そして続けた。 「当時15歳とかそこらの思春期真っ只中の男の子が、あまりにまっすぐな目で"大好き"だなんて言うもんだからもう可笑しくって…会いたくならない?その"大好き"な子に!」 「あはは、確かに、そうですね」 「まあ…いわゆる世間で言うような"良い子"ではないかもしれないけどね。レッスンには遅刻してくるしサボるし…素行も悪いし…愛想も悪いし…あはは。何回叱ったか…ほんと。でも、奏が言った"大好き"、私はよく分かるわよ。私も、和水のこと、大好きよ」 早見はそう言った霧峰に視線を向けた。 霧峰は優しく微笑んでいた。 「あの子ね、人のパフォーマンスとか…そう言うことに対しては決して悪く言わないし貶したりしないのよ。あの子自身のスキルがあれだけ高いのは…あの子が小さい時から血の滲むような努力を重ねてきてるからだろうから。だから…それが分かるから、人の努力をする様をバカにしたりしないのよ」 「へえ……。血の…滲むような?」 「あの子のお母さんはね、元々芸能界にいた人なの。でも点で売れなくて…それでまあ、自分の子供…和水に夢を託して…まあいわゆる"ステージママ"ってやつね。和水、うちの事務所に来る前は他所で子役やってことがあってね。悪い意味で評判だったの。」 「悪い意味で?」 「そう、ステージママって現場にとって厄介なのよ。制作に口出したりとか…まあ色々。和水のお母さんはもう…もう…業界では有名ママよ。結果的にそれで和水はちゃんと実力もあったのに仕事も入らなくなって、そのせいであの子とお母さんの間で色々とあったらしいけど、まあ…本人は一切母親とのことは話したがらないから、私もあんまりそこは知らないの」 「…そう…なんですね」 「うちで世話見るようになってからはもう毎週のようにお母さんから私に連絡が来てね、もう大変だったのよ!あはは…。でもねえ、嬉しそうだったわよ。入院してからは和水が出てる雑誌とかドラマのDVDとかを土産に持って行くともう目キラキラさせてそれを見てね。ありがとうございます、ありがとうございます、あの子を宜しくお願いします、って。」 「…え?会ってらっしゃったんですか?」 「うん。まあたまによ、時間作れた時にね。大事な子供を預かるってことは、私は親代わりみたいなものだからね。あの子のお母さんも、私にとったら家族の1人みたいな感覚だから。まあ勝手にね。思ってるだけだけど。」 「そうなんですね…」 「"死ぬまでに一度でいいから会って、和水に直接謝りたい"って。何を謝りたいのか…まあ…私にはその辺の事情は分からないけど。和水も…本当は会いたかったんじゃないかな。縁切った、なんて前に言ってたけど…」 「あっ、あ…昨日、その…皇が言ってました、その…毎月給料を送ってたって」 霧峰はそれにふっと笑みをこぼした。 「…うん。お母さんも言ってたわ、だから入院出来てるんだって」 「…優しい子なのよ」 そうしてとうに短くなったタバコを大きく吸い込んで、霧峰はじっと早見を見据えて言った。 「宜しくね、和水と、奏 …もちろん他のメンバーもね」 「…はい」 そうしてすぐ、面会を終えたらしい和水と奏が車に戻ってきた。 霧峰はちらりと2人の表情を確認するように一瞥し、視線を早見に移して言った。 「すぐそばだから、通夜まで事務所で待機しておこうか」 そうして早見は車を走らせた。

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