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1 重き伝統(4)
エドアルドは今このときも、胸中では礼拝堂の壁画のことなどどうでも良いと考えていた。しかしとてもじゃないが、そんなことをこの老齢の司祭を前にして口にはできない。
(心臓発作で倒れられたら、たまらないからな)
認めたくはないが、司祭達教会側の熱意にこたえるのもジブリオ家当主の務めであった。
エドアルドはこの城内では常に、当主としての役を演じることを課せられている。それができねば、ここでの自分の存在価値はない。
「ずいぶん変わり者のようだね」
「というよりも、悟りを開いている者なのでございます。あの絵の才能は神から愛でられている証拠ですぞ、エドアルド様」
バルトロが強く言いきる。
司祭にとっては、画家が神に愛されているかどうかが最重要要素のようであった。が、エドアルドからすれば、神に愛されていようがいまいが仕事さえきちんとこなす人物であるならば、どちらでもいい。
「あのね。実際に彼に依頼するのなら、せめてどんな作風なのかくらいは、依頼主として知っておきたいんだけれども。つまり、彼の作品を私も見てみたいのだが、可能かな?」
「あなた様が彼の壁画を見ることは、かないませぬ」
さして難しい頼みではないと思うのだが、即答されてしまう。
「なぜ?」
「彼はこれまでに数点壁画を描いておりますが、いずれも修道院の建物内のもので、普段は聖職者しか入ることが許されていない区域です」
「ああ。なるほど」
「しかし彼の描いたテンペラ画ならば、何点か借りてございますので、近いうちにお見せいたしましょう。まだ十代の頃のものですが」
なんとも、気の滅入る話だった。
壁画に、テンペラ画。
まるでルネサンス時代に生きているような男だ。世界はもう二十一世紀だというのに。
この司祭に流れている時間も確実に数世紀は遅れている。いっそ教会を近代的なビルに建て替えてはどうかと提案したくなる。
「そもそも、ね、司祭。私の代で壁画を描き直す必要が本当にあるのだろうか?」
つい、本音がぽろりと出た途端、エドアルドは後悔した。
案の定、司祭は驚いた顔で眉をあげてエドアルドを眺め、口角泡を飛ばしながら声高に言い返した。
「なんと! 私が聞き間違えましたかの、エドアルド様。イタリアでも名だたる名家の、歴史あるこの城の城主が、その領内にある母教会の、その壁画を描き直すのがまるで面倒ごとのような、厄介とでも思いなさっているような、そんな口ぶりですの! 教会堂がジブリオ家の牙城であるオステア城の隣地に建てられて千年あまり。数百年に一度の壁画の描き換えは、歴代城主、歴代司祭がこだわり続けてきた伝統でございましょう。また、近隣の信徒達も、この壁画によって真の信仰を深められ、いかなる試練においても祈りの対象として励まされてきたのでございます! ゆえに、その時代に最も信頼のおける、最高の画家を探し回って描かせてまいったのですぞ。その絵も、月日の流れと共に消えかけている現在、もはや描き替えは、遅すぎるくらいなのです!」
「…ああ。わかったよ。そんなに興奮しては、体に良くない。まあ、落ち着いてくれ。魔がさしただけだ、許してくれないか」
エドアルドは宥めるためにあげた手を口にかざし、テーブルに肘をついた。
司祭達がこの壁画の描き替えに費やしている情熱と時間と労力を鑑みれば、まったく軽率な発言をしてしまったものだ。
心根の優しい司祭は、すぐにまたもとの穏やかなまなざしに戻った。子供のころから見守ってきて、まるで孫のようなエドアルドにほほえみかける。
「あの者に直接お会いしたら、壁画へのそのような浮ついた気持ちなど、どこかへすっ飛んでおしまいになるでしょう。なにしろ、キリストの花嫁、絵描きの天使ですからの!」
そして司祭には珍しく、フフッと声をあげて笑った。楽しみで仕方ないでも言いたげに。
「で? 司祭。その画家の名は?」
司祭は窪んだ眼孔を光らせ、もったいぶった調子で答えた。
「おや、申しあげておりませんでしたかの。アンドレア・サンティ————と、申す者です」
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