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2 密やかな恋(1)
翌日、ロレンツォが修道士から借りてきたアンドレア・サンティの二枚のテンペラ画は、いずれも絶世の美女がまるで写真のような緻密さで描かれていた。エドアルドは書斎のソファでくつろぎながら、その一枚を手に取った。
「こちらは『マグダラのマリア』、こちらは——たしか裏に題名が。そう、『マリアの昇天』。同じマリアですが、違う人物です」
もう一枚をロレンツォが横に並べる。
「そうだな。さすがの俺でも、そのくらいは知っているよ」
曲がりなりにもカトリック国家に生を受けた以上は聖母マリアとマグダラのマリアの違いくらいは知っている。人を食ったようなロレンツォの言い方は癪に障ったが、それよりもエドアルドは、二枚の絵の完成度に衝撃を受けていた。
「なるほどね…」
思わずうなり声が洩れた。
十代でこれを。確かに巧い。いや、巧いというか、なんだか神がかっている。
二人のマリア。
これほどの佳人はこの世に存在しえないだろう。なのに整った唇はまるで呼吸をしているかのように、なめらかな皮膚の下にはまるで生きた赤い血が通っているかのように、二人はどこまでも生々しく見る者にほほえみかけてくる。ことに聖母マリアのほうは、その深い慈愛のまなざしの分だけよりいっそう、美しく儚げだった。
アドレナリン全開でぐいぐいと押してくる人間にさして魅力を感じないのと同じに、ただ巧いだけの絵ならば、ここまでエドアルドの心を惹きつけない。この女性達に、どこかメランコリックな哀愁が漂っているからこそ心を奪われる。
「ずいぶん、色っぽい聖母ですな」
ロレンツォが呟いた。不謹慎なセリフだったが事実だった。
「サンティについて、調べがついております」
テンペラ画をエドアルドが返すと、ロレンツォが厳かに告げる。
続けて数枚のファイルを差し出された。報告をするときの淡々とする癖で、ロレンツォがレポートを抑揚なく読みあげる。
「アンドレア・サンティ。フィレンツェの乳児院出身。八歳でルネサンス派の流れを汲むガウデンツィオ・ルイーニの工房 に入門。トリノ屈指の大工房です。世話になっていた養父母は、その二年後に他界しています。現在、二十三歳」
「若いな」
「ええ、まあ。あなた様と四歳違いです」
「わざわざ計算してくれなくていい」
「若くても絵の実力はたいしたものです。十三歳ですでにその名が愛好家の中で知られており、小品は今なお高額で売買されております。二ページ目に詳しい金額が。十九歳でミラノにあるサン・マルコ修道会の祭壇画を描き始め、以降、小品は製作していません。その後、サン・マリノの修道院で一枚の壁画を制作、二十一歳で渡仏。パリで三年をかけて三枚の壁画を完成————」
「パリか」
わざわざフランスから声がかかったということになる。
国外でも名の知られた、若干二十三歳の天才画家。
エドアルドはにわかに興味を持ち始めた。
「今、彼はどこに?」
「トリノの工房に戻っています」
「彼の描くキリストがすばらしいと、司祭が褒めちぎっていた」
「ええ。それは諜報部の者達も調査中に何度も耳にしたようです」
「どんなキリストなのだろう?」
「キリストは小品にはなく、壁画のうち二枚のみに描かれております。それらの絵を見ることができる者も限られておりますから、調査はなかなか捗りませんでしたが、ある修道士が言うには、人生が変わるような衝撃だったと。またある者は、描く彼自身のように完璧な美しさだったと。サンティはかなりな美丈夫のようですな」
美貌の天才画家。
まことしやかに囁かれる賛辞が本当ならば、その美しさをこの目で確かめてみたい気もする。
「興味深い」
「はあ、まあ」
エドアルドの邪心を感じとったのか、ロレンツォがそっけなく同意する。
そうでなくともあれだけバルトロ司祭が熱をあげているのだ。今さらエドアルドが反対したところで話がこじれるだけだった。
「彼に頼もう」
決心がついた。
「承知しました。では、さっそく工房に連絡します」
ロレンツォが恭しく一礼した。
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