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2 密やかな恋(4)

 ようやく一息ついたころ、エドアルドは鞄から小さな箱を取り出した。  ジョン・F・ケネディ空港に着いたときまでは覚えていたのに、愛しいガナーを目のあたりにした途端、抱くのに気をとられて後回しになっていたものだった。  前回、別れた直後にローマで買ったネックレス。珍しいデザインで、竜の目にガーネット、うろこにはダイアモンドがちりばめられている、デザイナーズの一点物だった。 「これ、お前にやる」 「何――――?」  度重なる挿入でガナーは朦朧としていた。ぼんやりとした視線を流し目でゆっくりとよこす。 「先週、二十二歳の誕生日だったろう」  首に着けてやると、日焼けした肌の上でプラチナがちらちらと瞬く。  目を丸くしたガナーが、ペンダントトップを手で取って、まじまじと眺めた。 「わあ…! なんだよ、エド。びっくり。でも、嬉しいな」  少しだけ元気づいたのか、横たわったまま笑顔になって、歌うように言う。その声は小鳥の囀りに似ている。  ガナーはロスを拠点とする、米国では名の知れたロックシンガーだ。なんでも言葉が旋律に聞こえるのは、そのせいだろう。 「へえ……。ダイヤモンドがこんなに。さーすが、イタリアの名門貴族はすっげぇな」 「茶化すな。お前のプラチナ・ブロンドによく似合う」 「だろ?」  屈託ない笑顔で、自慢げにへへっと笑う。 「それを着けて、今夜は高級フレンチを食いに行こう。誕生日祝いだ」  ほんの思い付きだった。  しばらく間が空いてから、ガナーが小さく首を振る。 「お誘いは、すっごく嬉しい。本当に――――。でも、やっぱりやめておこうよ、エド」  淋しげに下を向く。 「オレら、顔が知られすぎてるもん。あんた、ハンサムだし、ガタイいいし――――けっこう、目立つぜ。オレとヘンな噂とかたって、あんたと会いにくくなったりしたら、オレ、いやだ…」  それはもしかしたら、前回行った店でガナーが周囲からの不躾な視線を感じたせいかもしれなかった。会員制の店だったので油断していたが、あの時、確かにエドアルドとガナーは、兄弟にも、友人にも、見えなかった…。  ガナーは、繊細で感じやすい。そして傷つきやすかった。  他人のちょっとした視線にも裏の意味を感じ取るようなタイプだ。だからなおさら、遠慮のない視線に嫌気がさしたに違いない。  エドアルドは瞼を閉じた。  なさけないほど、ひそかな恋だ。  いつまでこんなことを続けなければならないのだろう。この恋の先に、何があるのか。  否。  何かがあるのかさえも分からない。果てなく続きそうで、すぐにも壊れそうな、関係(もの)。 「じゃ、やめておこう。お前、この国じゃ売れっ子歌手だもんな」  重い空気を振り払いたくて、話題を変えた。ガナーもいつもの明るさに戻って、朗らかに答える。 「そうさ。オレが今、どんな歌を歌ってるか、知ってる? ギターかき鳴らしながら腰動かして、髪揺らして歌ったらさ、女のコのアソコがジュンってしちゃうようなエロい曲、歌ってるんだぜ」 「だから。その下品な言い方やめろ。顔に合わない」 「パンティとかブラジャーとか、飛んでくるんだ。ステージに。もう、何個も、何個も」  さも自慢げに言う。 「あっそ」 「歌ってもいいよ。今、ここで……。歌ってほしい、エドアルド?」  真剣な顔つきになってガナーが訊ねる。 「ねえ、歌ってほしい?」  エドアルドの肩に手を置き、顔を寄せる。  目を潤ませて陶然と繰り返すガナーは、彼自身が今、むしょうに歌いたい気分なのに違いなかった。 「そうだな。じゃ、聴かせてくれよ」  満足げな微笑を満面に浮かべて、彼がシーツから出てゆく。体はまだ鮮やかな桃色に染まったままだ。筋肉に引き締まった、しなやかなその肢体を目で追う。 「あー。ヤラレすぎてあちこちいてぇわ」  わざとふざけた声を出す。 「その言い方、やめなさい。だいなしだ」 「育ちが悪いもんでね」  ライブで観客にするような完璧なウインクだった。 「ハダカにギターじゃ、ストリップみたいだからね」  そう言って小奇麗なTシャツとジーンズを身に着け、アコースティックギターをかかえた彼は、どこから見てもミュージシャンにしか見えなかった。  ライオンの雄を思わせるような、肩まで伸びた豊かな金髪。整った顔立ちに、如才なく澄んだ翡翠色の瞳。  女達がキャアキャア騒ぐのも無理はなかった。彼はまず、男として格好が良かった。  器用なガナーはギターも巧い。  ガナーの爪弾く深く静かな旋律と甘く澄んだ歌声は変幻自在に響き、エドアルドの耳に快く届く。  ヒットナンバーの「Without you」は、ガナー自身が作った切ない恋のバラードで、エロい要素などどこにもなかった。

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