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3 美貌の画家(1)
イタリアに戻ると、息つくまもなくアンドレア・サンティ到着の報が待っていた。
ロレンツォはエドアルドを出迎えた玄関から書斎へ向かう間、ずっと後ろについて歩き、三日の留守中の出来事を仔細に報告してくる。
「アンドレア・サンティは昨晩、到着しました。司祭達の申し出では彼が制作している間は礼拝堂を伽藍洞にし、立ち入り禁止にしてしばらくは地下の『柱の広間』でミサを持つことにしたいと。許可をくださいましたら、これから我々も手伝って祭壇や長椅子を移動させます。次のミサまであまり時間がございませんので」
「好きにしろ」
エドアルドは見向きもせずにそっけなく答えた。さっそく苛立つような話題で、うんざりする。
「昨夜はサンティを二階西翼の客室に泊まらせました。今日は、朝から礼拝堂にこもりきりで、壁ばかり眺めております。ただし、昼食は修道院の食堂でバルトロ司祭ととっておりました。まったく、食事中の司祭の様子をご覧に入れたかったですよ。お年を召しても顔は上気するものなのですな。お告げの天使に会ったって、あんなに嬉しそうな顔はなさらないでしょう。サンティによりますと、今夜からは仕事場、つまり礼拝堂で寝起きしたいと。さっそく挨拶に連れてまいりましょうか。それとも――――」
「いや、待ってくれ。少し、休みたい…」
ようやくの思いで書斎に着くとエドアルドはロレンツォの話を遮り、脱いだ背広をソファに放り投げて自身もどっかと腰をおろした。
ネクタイを緩めて深く息を吐く。
たまらなかった。
礼拝堂の壁画。
画家との挨拶。
煩わしいことだ。まだ耳にはガナーの甘く濡れた息遣いが、皮膚には彼を抱いた痕跡が痛いくらい生々しく残っているものを。
「サンティは礼拝堂にいるのだな?」
「ええ」
「分かった。なら後で挨拶に行く。少し仮眠を取るから一人にしてくれ。頼む」
「後ほどコーヒーをお持ちしましょうか」
「いらない」
「…承知しました」
控えめな返事と共に、ロレンツォが退室する。
ソファの背もたれに頭を乗せて目を瞑れば、思考がぐるぐると回転した。帰路のフライトからこちら、頭に思い浮かぶのはガナーのことばかりだった。
『もっと愛して! ああっ、もっと強く――もっと、オレを愛してよ!』
泣きながら叫んでいた、痛ましい声が忘れられない。
なんて侘しい魂を寄せあっただろう。
再会した瞬間から、別れへのカウントダウンが始まる。
そしていったん離れてしまえば、一瞬が永遠に感じる時間を生きていかなくてはならないのだ。眩暈がするほどに孤独で、呼吸の一つ一つが苦しい時間を、一人で。
ガナーの肌のぬくもり、甘くとがった匂い、むせかえるような金髪の感触――――。その全てが数時間前にはこの腕の中にあったのに、今はない喪失感。
もはやエドアルドは、この別離の時間を今からどうやってすごせば良いのか、いったい以前はどうやって過ごしていたのか、思い出せないでいた。
そして、そう。アンドレア・サンティ。
いよいよ到着した天才画家。
司祭すらも頬を上気させる壁画の天使。
主の導き。
教会の申し子。
それがなんだ。
エドアルドが今、会いたいのは、サンティではなくガナーだった。エドアルドは別離の寂しさに通常の平静を取り戻せないでいた。
なぜあんなにも単純に画家を決めてしまったのかと、己自身に腹が立つ。おかげで面倒極まりない壁画の描き換え作業が始まるではないか。
(美しいと評判のようだから?)
そうだ、美しいと聞いたからだ。ならばこの目でとっくりと拝んでやろう。
その画家は客間ではなく礼拝堂で寝起きしたいと言っているらしい。ぞっとした。とんでもない変人だ。
そんな彼をバルトロはキリストの花嫁と呼んでいた。――けっこう。こちらは神など一度も信じたことはない。
金はあっても自由はない。
愛があっても幸せにはなれない。
ありがたいことに、そんな人生を送っている。
仕方がないから全てをやっているだけだ。そんな人生の何をありがたがらねばならないのか。
「ガナー…」
ソファの上で体を丸め、頭を抱えた。
今すぐ抱きたい。
次はいつ会えるだろう。
あのあたたかで優しい体温を、今すぐこの腕で確かめたかった。
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