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第35話 ・・・〈side大和の兄・雄大〉
確かに大和が衰弱した原因を知る為に、私は彼……御崎渚という青年を捜した。
そして、見つけた彼から聞かされた真実。
それが実際、大和が衰弱した直接の原因になったのかは判らないが、あまりにも重い話に絶句した。私だけではない。隣に座る門脇も同じ様だった。
ただ、私は彼から話を聞いて思い出した。六年前、自分が大和から彼の事を聞いた事があったのを。名前は聞かなかったが、大和は「『恋人』が出来た。相手は『Ω』の子でいずれは『番』になりたいと思っている」と。そして今、目の前の彼が、当時大和が嬉しそうに教えてくれた『恋人』だと判った。
「専門学校時代の大和が、私に「恋人が出来た」と嬉しそうに言った事があった」
「……え?」
「恐らく君の事だろう。時期も合う」
年末に帰省した時だったか。
元々明るい子ではあったが、その時はそれまで見た事がないくらいに、幸せの感情が溢れ……いわゆるダダ漏れ状態だった。あまりにも幸せそうな顔をしているから私は訊いてみた。
『どうした、大和。何か良い事でもあったか?』
『うん。判る? 兄さん、俺、恋人が出来たんだ。夏に帰省した時はまだ付き合いたてだったから、言わなかったけど。あれ? 今も兄さんが訊いてくれたから言ったけど、俺、自分からは言ってない?』
『落ち着け。私が訊いたのは、お前が幸せオーラ全開ダダ漏れの顔をしているからだ。夏は特に何も感じなかったが。今が幸せの絶頂なんだろう?』
『うん。俺の大切な子はΩでね、すっごく可愛くて、そして強い。体は華奢なんだけど、自分の意志がはっきりしてて強いなぁ、って思うんだ。Ωだから、理不尽に辛い事もあったと思うけど、そんなのを感じさせないくらい強くて、カッコ良くて、自分の足で立ってる。もうさ、好きにならない訳ないよね』
『惚気か』
『うん』
『……ったく。まあ、大和が選んだ子なら、うちは大歓迎だ。分家やらは何か言ってくるかも知れんが、気にする事はない。α至上主義など、時代遅れも甚だしい。
それで、そのΩの子との将来は考えてるのか?』
『俺はね。番いになりたいし結婚もしたい。でも、あの子の気持ちも大事にしたいから、ゆっくり愛を育んでいきたい……かな』
『……今度は色気ダダ漏れか…』
『あの子次第だけど、近い内に家に連れて来ても良いかな?』
『勿論』
『ありがとう、雄大兄さん』
その時の大和は、本当に幸せそうだった。
しかし……。
翌年の三月、いつもは春休みにも帰省する大和が、その年は帰省しなかった。連絡もない。今回の様に。だが私は、恋人と楽しく過ごしているのだろう、と気にしていなかった。若い内は家族より恋人を優先するなど珍しくもないし、何年も実家に帰らないなんて事も珍しくはない。
それでも、声くらいは聴きたいと電話してみれば、電話には出たが声に元気がない。私は大和のバイトの休みに合わせて会いに行った。二ヶ月半振りに会った大和は、以前会った時の幸せオーラは形を潜め、疲れている様にさえ見えた。
私は事情を訊いた。
『……あの子がいなくなったんだ……』
『!』
恋人がいなくなったという。更に訊けば、実家から戻ったら会う約束をしていたが、恋人の発情期と重なった為、発情期明けのバイトで会えるのを楽しみにしていたという。ラインで連絡をすれば、返事はいつも通りで、そこに不自然さはなかったという。なのに、バイト先で会う約束をしたその日、恋人はアパートを引き払い、バイト先を電話一本で辞め、大和の携帯に「さようなら」のメッセージを残し、誰にも行き先を告げず、忽然と姿を消した。メッセージを見て慌てて電話をしたが、解約したらしく、繋がらなかった。そうなるまでの経緯に心当たりはなかった。
『私が捜そう』
大和のあまるりの憔悴ぶりに、私が捜索を提案すれば、大和は首を横に振った。
『ありがとう。でも、気持ちだけで大丈夫』
『何故?』
『俺、考えたんだ。どうしてあの子が姿を消したのか、それはどんなに考えても判らないけど、今は学業に専念しようと思う。
あの子がどうして姿を消したのか。きっと理由がある筈なんだ。理由もなく、黙っていなくなる様な子じゃない。それだけは断言出来るよ。
だから、ちゃんと卒業して、自立してから捜そうと思う。今の俺じゃ、たとえ捜し出せても、きっとあの子とは向き合えない。ちゃんと自立して、どんな真実でも受け止められる覚悟を身に付けたい』
『何故、そこまで盲目的に……。自分は捨てられたとは思わないのか? 他に想う相手がいて、その人の所に行ったとは……』
『思わない……かな。たとえ他に好きな人が出来たのなら、俺に言うと思うから。黙って消えたりしないよ』
『どうしてそこまで信じられる?』
『大切な人は信じたいじゃん』
『今捜さないで、もし数年後に見つかった時に他のαと番っていたらどうする? 可能性がない訳じゃない』
『……そうだね。もしそうだったら……諦めるよ。というか、諦めるしかないよね。でもさ、俺、信じてるんだ。彼を。だから、自分の力で捜して真実を知りたい。
兄さんが俺を凄く大切にしてくれてるの、解ってる。嬉しい。いつもありがとう。でも今は俺の我儘、通させて下さい』
大和は私に向かって頭を下げた。私は頷いた。
「それからの大和は、自ら宣言した様に学業に専念し、元気な姿を見せるかの様に、実家にも頻繁に顔を出す様になった。元気を取り戻した大和に私は安心したよ。最初は空元気だったんだろうが、日が経つに連れ、自然な笑顔を見せてくれる様になった。
本当は、大和に黙って君を捜そうと思った時もある。笑顔で明るく振る舞う大和が、時折寂しそうな顔をする事があってな。大和からは結局君の名前は聞けなかったが、一ケ瀬の力を使えば何とかなる…と。結局、止めたが。大和にバレて嫌われたくはなかったからな」
それからの私は、大和に恋人の捜索の進捗は一切訊かなかった。実家に顔を出した時も「学校はどうだ?」「仕事には慣れたか?」、そう訊ねるだけだった。以前の様な明るさを取り戻した大和に、見つかったにしろ諦めたにしろ前向きになってくれたのなら幸い、と安堵さえしていた。
そして月日は流れて今年の一月——。
「今年の年末年始は友達と過ごすから、という大和の言葉を私は信じた。大和も今時の若者だ。家族よりも友人を優先する事もあるだろう。だから、暫くしてからこちらから電話してみた。大和は出なかった。一晩経っても折り返してこない。心配になって門脇に見に行ってもらったら、衰弱している大和を見つけた」
渚君が大和と何があったのかを話してくれた様に、私も私の知りうる限りを話した。
ほぼ『繋がった』と思う。
ほぼ…というのは、確信はあっても本当のところは大和自身にしか判らないからだ。
「御崎さん、大丈夫ですか? ゆっくり息を吐いて……」
突如聞こえた丹羽先生の声に、はっとする。
渚君の顔を見れば、涙を流しながら浅い呼吸を繰り返していた。先生が彼の背中を擦りながら、ゆっくりとベッドに寝かせる。
「お腹は痛くないですか?」
「……だい……じょぶ……。ごめんなさ……」
優しく言葉をかける先生と、弱々しくも「大丈夫」と応える渚君を、私はただ見ているしか出来なかった。
そんな俺の背中を、門脇の少し硬い手が、そっと撫でてくれた。
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