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第39話 あのまま眠らせてくれたら…〈 side大和 〉
「さよなら…」という最後の言葉を残して行った渚の姿が、脳裏に焼き付いて離れない……。
六年振りに…そして最後に抱いた渚の温もりや柔らかさの感触が消えない……。
俺はどうすればよかったのだろう?
ようやく見つけた、愛しい人。
俺の『運命』——。
帰って来てほしいと願った。
生涯、一緒に生きてほしいと願った。
けれど……。
どんなに懇願しても、受け入れてもらえなかった。
そして、愛する人は俺の前から今度こそ本当に、去って行った……。
残されたのは「さよなら」の言葉と、縋る手を払われて力なく項垂れる俺だけ……。
俺の『六年間』はなんだったんだろう?
ただひたすらに渚の身を案じ、渚を……渚だけを想い続けたこの六年は……。
この六年は、渚を必ず見つけ出し彼が俺の前から消えた真相を知りたい、それだけを心の拠り所にする事で自分を保っていられた。なのに、奇跡的に再会した渚は…やっぱり『運命』なんだと思った渚は、俺と、そして『運命』をも拒絶して去って行った……。
心の拠り所を失くした俺は『無気力』になった。
何もやる気が起きない。だが、六年前も思った様に、時間は止まってはくれない。
仕事には行った。俺はもう、多少の甘えが許される学生じゃない。成人した社会人で、仕事を任されている以上、それには責任が伴う。失恋を理由に休むなど有り得ない。
けれど、仕事では新人くらいしかしない様なミスを繰り返した。俺がミスをする度にオーナーが、同僚がフォローしてくれた。謝る俺に「気にするな。失敗は誰にでもある」と言ってくれる。自分が情けなくて、惨めだった。
夜もよく眠れなくなった。深く眠ろうとすると、渚に拒絶された『あの日』を夢に見る。薄暗闇の中、背を向けて去って行く渚の姿を…。だから、限界まで我慢して寝落ちる日々が続いた。たとえ明け方近くまで起きていても、朝はいつもの時間に目が覚め、仕事には遅刻した事はなかったけれど、適当な食事と寝不足は少しずつ心身を疲弊させ、とうとうオーナーから暫く休んで静養したらどうか、と言われた。そう言われてしまうほど迷惑を掛けていたのか…と、年末に辞表を出して仕事を辞めた。
さて、どうしようか……。
よし。家に籠もろう。暫く誰にも会わずに、一人、家に籠ってしまおう。今は誰にも…家族にも会いたくない。今の俺を見たらきっと周りは放っておいてくれないから……。
そう思う程に、全てが煩わしかった。
初めて、年末年始の帰省をしない事にした。
コンビニで、ゼリー飲料や栄養バー、レトルト食品やインスタント食品を買い込んだ。俺も料理人の端くれだから、普段は節約も兼ねて基本自炊だけど、この時は大好きな料理すら面倒だった。料理だけじゃなく、生活に必要な全てが億劫だった。
買い置きの水のペットボトルと買い込んだ食べ物を全て部屋に運び込み、トイレとシャワー以外は部屋から出ず、何をするでもなく、ただぼんやりと過ごした。腹が減ったら手近の食品を食べ、喉が渇いたらペットボトルの水を飲み…。この辺りの記憶は何となくあるけれど、何日、そうやってぼんやり過ごしたのか。数日経過しただろう辺りからの記憶は曖昧だ。
ただ、やたらと眠かったのだけは覚えている。
このままずっと寝ていたいとさえ思った記憶が…。
決して死を願った訳じゃなくて、何も考えずにただずっと夢の中にいられたら……。夢でなら渚に会えるかなぁ……。そんな事を思っていた気がする。
そこからの記憶は本当に無い。
気が付いたら、病院のベッドの上だった——。
自宅で意識がない状態の俺を、兄に頼まれて様子を見に来た門脇が発見して救急車を呼んだ事、著しく栄養状態が悪い為、暫く入院治療が必要だと言われた。
その日が何日かは判らなかったけれど、あんな食生活をしてたら栄養状態も悪くなるよなぁ……と、どこか他人事の様に思った。
俺が話せるくらい回復すると、兄さんが「何があったんだ?」と訊いてきたけど、俺は何も答えなかった。言ったところで何も変わらないし、放っておいてほしかった。少し時間を開けては訊いてくる兄さんを無視していると、「死ぬところだったんだぞ!」と怒られた。それでも俺は何も言わなかった。死にたいなんて思ってなかったけど、どうしてあのまま眠らせてくれなかったんだ、と身勝手な事を思った。それくらい俺は、もう何もかもがどうでもよく、自暴自棄になっていたのだと思う。
そのうち兄さんは何も訊いてこなくなったけど、今度は「もっと食べろ」「体力回復の為にも歩きなさい」と言うようになった。俺はまた、無視した。外には出たくない。室内で歩いているからいいじゃないか。どこまでも身勝手な事を思っていた。
それから……。
いつもの様にお小言を言う兄さんに、俺の苛立ちは限界に達し、「俺に生きている価値なんてない」と言ってしまった。それは決して言ってはいけない事。けれど、兄さんが俺の事を本当に心配してくれているのを解っていても、溢れ出した言葉は止まらなかった。
最悪だな、俺……。
兄さんが悲しそうな顔をする。
兄さんから顔を逸らそうとした時ー。
「そんな事ないっ!」
叫び声と共に、目隠しのパーティションの向こうから飛び出して来た人物に、俺の視線は縫い止められた。
「そんな事ないよ。そんな悲しい事……言わないで……」
渚だった。
どうして此処に?なんて思わなかった。
ただ、渚に向かって手を伸ばした。ベッドから落ちそうになった俺の上半身を兄さんが支え、渚は駆けてきて、俺の両手を握り締めてくれた。
握られた手は温かかった。
夢じゃない事を教えてくれた。
渚に抱き締められ、俺は幼子の様に泣きじゃくった。恥も外聞も何も無い。
涙を流し続ける俺の顔中に、渚がキスをしてくれる。幼子の様にあやされても構わなかった。
渚は「もう何処にも行かない」「傍にいる」って言ってくれた。嬉しかった。
渚が傍にいてくれる事に安心した途端に眠くなった。
安心とは裏腹に、寝ている間に渚がいなくなったら…と必死に睡魔と闘う俺に、渚は「一番におはようを言うよ。だから寝よう」と言った。俺の左手を握り、頭を撫でてくれて……。そして俺は眠りに堕ちた——。
目を覚ました時、渚だけじゃなくて兄さんと門脇もいたけれど、俺が寝起きで少し掠れた声で「おはよう」と言えば、渚が「おはよう」って言ってくれた。
渚がいる——。
夢じゃなかった事に安堵した——。
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