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第40話 「一ケ瀬大和を愛しています」

 大和が語るのを俺は黙って聞いていた——。  一時間ほどの昼寝から目を覚ました大和は、俺とお兄様と門脇さんの順番に視線を送ってから、ゆっくりと上半身を起こした。背中を支えて補助をした俺に「ありがとう」と言ってから話し始めたんだ。俺が大和に別れを告げてから今までを……。 「「「「…………」」」」    大和は語り終え、誰も言葉を発しない。  室内を沈黙が支配した。  (やっぱり俺のせいじゃないか……!)  俺は心の中で叫んだ。  大和を衰弱するまで追い詰めたのは俺……。  αは心身共に強いのだから、すぐに現実を受け止めて前を向くと思っていたのに……。運命なんてただの本能なんだから、物理的に離れて二度と会わなければ運命への執着なんて消える、と思っていたのに……。  俺の頬をツ……と涙が流れる。昨日からどれだけ泣いただろう。泣く資格なんか無いのに……。 「ごっ……ごめんなさっ……! やっぱり俺のせい……っ!」  泣きながら謝る俺を、大和がそっと抱き締めた。力の入らない腕で包み込む様に優しく。必然、俺はベッドに座る。 俺もぎゅうっと大和に抱き着いた。 「ごめん……。ごめんね、大和……」 「謝らないで? 渚は悪くないからね? 俺が弱かっただけ。未熟だったんだ、俺。離れたくないのなら、追いかけて、捕まえて、抱き締めて、溢れるくらい愛を囁いて……。それでも逃げたられたら、また追いかけて……。 けど俺は、絶望して拗ねて自暴自棄になって閉じ籠もって、挙句に兄さんに迷惑をかけて……。情けないよ……」 「…………」  俺は大和にしがみついたまま首を横に振った。「そんな事ないよ」と大和の言葉を否定する様に。 「渚、顔を見せて?」  請われて体を少し離して大和と視線を絡めれば、彼は俺のおでこにキスを一つ。 「兄さんが渚を捜してくれたの?」 「うん。門脇さんが会いに来てくれた」 「渚の生活圏に侵入してごめんね」 「ううん。大和が入院したって聞いて心配だった」 「うん、ごめんね。会いに来てくれてありがとう」 「大和、ごめんね。大和の愛を信じるのが怖くて、逃げてごめんね。でも本当は、さよなら言うの……辛かった……」 「うん。怒ってないよ。何度突き放されても、俺は渚を嫌いにならない。大好きなんだ。たとえ嫌われても、何度でも振り向かせるから。泣かないで……。大好きだよ」 「嫌いになんてならない。大好き」  俺達は引き寄せられる様に顔を寄せて、触れるだけのキスをした。  だって、同じ空間にはお兄様と門脇さんがいるからね? 彼らは気を遣って少し離れた所にいるけど。俺達だって別に二人の事を忘れてた訳じゃないからね?  俺は大和から体を離して、服の袖で涙に濡れた目元を拭う。 「大和、少しお兄様とお話してもいい?」 「いいけど……。ねえ、なんで雄大兄さんの事、『お兄様』って呼んでんの?」 「……え?」    今、そこ、気になるの? 「え、だって、名字だと大和も同じだから違和感あるし、かといって『雄大さん』って名前で呼ぶのもなんか恐れ多い……」 「…………」 「え? 駄目なの? だったら何て呼べば……」 「……『お兄様』でいい…」  え? その《間》は何?  何か、横目で見ればお兄様は笑ってるし、門脇さんは片手で口元を隠しながら肩が震えてるし……。 「渚、兄さんに話があるんだろ?」  いや、脱線させたのお前だろ……。  言いたくなったけど、止めた。こういう拗ね方、返しが出来るって事は、少しずつ調子が戻ってきてるって事だから。  俺はベッドから降り、改めてお兄様と向き合う。  流石に、お兄様の顔からは笑みは消えていた。 「お兄様、やっぱり俺が大和を傷付けたのが原因でした。ごめんなさい」  頭を下げる俺。その様子に慌てたのは大和だ。 「っ! 渚が悪いんじゃ…」 「大和は黙ってて」 「!!」  俺の制止の言葉に、息を飲みながら口を噤む大和。  ごめんね。これは俺のケジメだから。 「座って話そう」  お兄様が言った。  部屋の一角の応接セットに誘導される。  特別個室だけあって、ベッドやチェストを置いても余りある部屋の一角には、応接セットまで完備されてるんだ。  見舞客を接待する為の? 知らんけど。  俺はお兄様の向かいに座った。 「Ωが迫害された歴史は長い。君が生まれた頃にはΩ保護法が施行されていたとはいえ、Ωを蔑視差別する人々の意識はすぐに変わるものではない。君自身、理不尽な差別を受けてきたのかも知れない。君が身を寄せたシェルターも、差別や迫害から逃げ場を失くしたΩが避難する場所だ。君が働いていた児童養護施設も、親に捨てられたΩ性の子供が多いだろう。そういう環境に身を置き、そういう人達の境遇を数多く聞けば、漠然とαに恐怖を抱き、信じられなくなるのも仕方のない事なのかも知れない」 「……はい」 「だが、君が伝え聞いたαばかりではない事を理解してほしい。確かにαはΩに対しては恐怖の対象だろう。Ωを弄び捨てるαが後を絶たないのも事実だ。けれど、番を、Ωの妻を、Ωの恋人を、そしてΩ性を持って生まれた子供を愛し、慈しむαもいるのだという事を知ってほしい。 そしてΩ保護法は、そういうα達が声を上げる事で創られた法律なんだ。それには私達の両親も関わっている。Ω達が訴えても取り合ってもらえず、βに関しては自分達には関係ないとばかりに無関心。そんな中で、Ω差別に憤りを感じたα達がΩ保護法の制定を求めた」 「……Ω保護法の事は高校の授業で習いました」  バース性の授業で『Ω保護法』の成り立ちを知った。最初に声を上げたのは、政界で働く番持ちのαだったという。Ω蔑視の時代でも、番カップルや夫婦がいなかった訳でなく、当時は番のΩを他のαから護る為に隠すαが多かったらしい。けれど、その事に疑問を持つ人は当然いて、一人が勇気を出して声を上げたのをキッカケとして、番持ちだけではなくΩ差別を良しとしない人達が次々と声を出す。その中には国会の上層部のαや、一ケ瀬家の様に国に大きく貢献するα家系が含まれていては無視出来ず、最初のαが声を上げてから僅か半年という異例の早さで、『Ω保護法』が制定されたという。 「今だΩ差別は存在する。この先も完全には無くなる事は無いだろう。けれど、そんなΩを護ろうと立ち上がる人達もいる事も解ってほしいと思う」 「……はい」  俺は頷いた。既に理解していたから。  αを一緒くたにして、αはΩを簡単に捨てられるのだから……と、俺は全てのαをその型に嵌めていた。けど、そうではない事はとっくに解っていた。 「君にとって、大和はどうなんだろうか。初めはΩだから惹かれたのもあるだろう。運命だから、というのも否定出来ないが……。確かに運命を失う事で抜け殻の様になるαもいるが、君の話、大和の話を聞いて、二人はαとΩというしがらみを乗り越える程、お互いを大切に想っている、と私は感じた。 渚君、君に改めて問う。君は大和という一人の男をどう思っている?」 「……俺は……」  俺は大和を見た。  大和は優しい笑顔を俺に向けてくれている。  俺も愛を伝える様に笑顔を大和に向けた。  そして大和に笑顔を向けたままで言った。 「俺は一ケ瀬大和を愛しています」  とーー。

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