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第54話 『愛以外のなにものでもない』
俺は困惑していた。
今日の健診で先生に『言われた事』を、どうやって大和に切り出したら良いのかが分からないのである。
「渚、何かあったのか?」
診察室を出て待合室に戻った俺を見て、大和が訊いてきた。
「う……ううん……! 経過は順調だって……!」
先生の言葉が頭に残っていて内心で動揺していたんだ、俺。自然と語調が強くなる。
「そうか。なら安心だけど。本当に大丈夫か? 顔が赤いぞ?」
「だっ……大丈夫! 少し暑いだけ……」
苦しい言い訳をする俺。
もう! 先生! 本当にどうしてくれんの! 先生が変な事言うから、俺、挙動不審じゃん!?
先生にとっては別に変な事ではないんだと思うよ? 産後健診に来たお母さん皆に言ってるんだろうけれど…。
先生は悪くないけれどもぉ~。
俺達、『普通の』夫夫の始まりじゃなかったから……。
先生は知らないんだから仕方ないのだけどね……。
「渚……?」
「……え?」
不意に呼ばれて顔を上げると、大和が俺の顔を覗き込んでいた。
「どうした? 昼間から変だぞ? やっぱり、健診で何か言われたんじゃないのか?」
「え……あ……その……」
言われた……。言われたけれども……。
どう言えばいい? だって俺達、結婚してから一度も『夫夫の営み』なるものをしていないんだ。
別荘地で静養している時は大和の心身の影響か、一緒にお風呂に入っても毎日同じベッドで寝ても、そういう欲を感じる事はなかった。街に戻って来てからは、俺は既に妊娠後期に差し掛かる頃で、お腹もかなり膨れていて、そもそも行為自体が難しかった。単胎児妊娠ならまだ可能だったのかも知れないけれど。この頃には大和の『欲』が戻って来ている事には気付いていた。一緒にお風呂に入ってる時に反応していたから。逆に俺は妊娠中だからか、そういう意味での欲は減退していた。本当は慰めてあげたかった。本番は無理でもせめて手で…と思ったけれど、体勢の事を考えれば手でも口でも難しい事に気付き、大和の欲には気付かないフリをした。指摘して謝ってしまえば、大和が気にするだろうから。夜中にそっとベッドを抜け出してトイレで処理している事にも気付いていたけれど、知らないフリをした。ベッドに戻って来た大和はいつも、居た堪れなくて…申し訳なくて、寝たフリをして背を向ける俺を、背後から抱き締めて眠った。もしかしなくても、俺の『寝たフリ』に気づいていたのかな……。
「渚……」
心配そうに俺を見る大和。
相変わらずイケメンな旦那様だ。
このイケメン顔を前に言葉にするのは恥ずかしい。恥ずかしいけれども、俺が言わなければ何も始まらないと思った。
「あの……」
「ん……?」
覗き込む表情が優しい。
俺は深呼吸してから、ゆっくりと言葉にした。俺の顔はきっと、耳まで真っ赤に染まっていたかも知れない。羞恥で……。
「渚、デートしようか」
俺が話し終えたタイミングで、大和が言った。
「え……? デ……デート!?」
「そう、デート。母さんか朝陽に半日くらい子供達を預かってもらってさ、デートしよう」
「で……でも……」
「一日だと渚も逆に心配になって、折角のデート楽しめないだろ。だから、半日だけ」
「でも……」
どうして大和が『デート』を切り出したのかは解らないけれど、子供達を預けてまで遊びに行くなんて……と思ってしまう。そんな俺の心は、大和に見透かされていたらしい。
「渚、難しく考えない。きっと、喜んで預かってくれるさ。子供は家族みんなで育てるんだろ? 俺達さ、子供達の前ではパパとママだけど、たまには夫と夫に戻ったっていいだろ? 恋人だった頃の俺達に戻ってさ」
「……恋人だった頃…ろ」
もう随分と過去の話だけれど……。
デート……かぁ……。
「外でランチ食べて、買い物したり、ただブラブラしたり。それで、最後はホテルに行こう」
「? ホテル?」
「うん。ホテルでゆっくり愛し合おう」
「……っ!」
愛し合う……。
「ほんの二、三時間だけど、誰にも邪魔されない、俺達二人だけの時間だ。お互い《《ただ一人》》の男になって 、愛し合いたい。それで、家に帰ったら、パパとママに戻るんだ」
「……する。デート…行きたい……」
俺が頷くと、大和が唇を重ねてきた。俺も応える様に唇を薄く開けようとした時、
「ふぇ……」「ほぁ……」
と、二つの小さな声。王子様達のお目覚めらしい。
俺達は顔を見合わせて小さく笑い合うと、可愛い天使達の下僕となるべく、ベビーベッドまで移動した。
✩ ✩ ✩
五日後のお昼少し前、俺達はお義母様と朝陽に子供達を預けて、デートに出掛けた。
恥ずかしさを堪えながら俺が話をした夜、大和が朝陽に電話で「近い内に子供達を預かって欲しい」とお願いすると、二つ返事で引き受けてくれた。まだ小さな子供達の体の事を考えて、俺達の家で世話をしてくれるという。有り難く、お願いする事にした。嬉しい事に、お義母様も一緒に来てくれるらしい。
そして今日――。
少々後ろ髪引かれる気持ちで家を出た俺達は、まずはランチにするべく、大和の勤め先のレストランに行った。オーナーに相談して予約してくれていたらしい。
「俺、客として来るのは初めて」
俺が呟けば、
「俺もだよ」
大和が返す。
まあ、それはそうだ。
ランチの後は、買い物に出掛けた。久し振りに自分達のものを買おうかと話してたのに、気が付いたら、子供達の服や玩具を選んでた。二人で顔見合わせて、笑うしかなかったよ。やっぱり俺達は『親』なんだなぁって思った。
そして、買い物の後は……。
大和が連れて行ってくれたのは、ホテルはホテルでも『ラブホテル』。つまり、そういう事が目的で行く場所。大和曰く、「必要な物は何でも揃ってるから、ゆっくり愛を確かめ合うには最適な場所だよ」と。
何で知ってんの!? 来た事あるの!? 言葉には出さずに大和を睨むと、「俺も初めてだけど」と笑う。そしてその後に、
「父さんと母さんも昔、結婚してからも恋人気分に戻りたくなった時には、デートの最後はいつもラブホテルだったらしいし、雄大兄さんと朝陽もたまに二人きりで出掛けて、やっぱり最後は…って言ってた」
と、聞きたい様な、聞きたくなかった様な情報を提供していただいた。ありがとう?
一ケ瀬家、オープンすぎない!?
大和が俺に手を差し伸べる。俺は迷わずその手を取った。俺達は夫夫。そういう目的で入っても、誰にも咎められない。それに少し……ほんの少しだけど、興味もあった……かな。だって、男の子だもの✩
そうして入ったラブホテル内の一室は、「すげぇ……」の一言だった。部屋の中央に鎮座する大きなベッドは円形だし、クッションはハート型だし、ゴムとローションまで準備してある。あと、全面ガラス貼りで丸見えの浴室の湯船には、花びらが浮かんでた。何の花かは知らんけど、ピンクの。
確かに『それ目的』の空間に唖然としていると、大和が背後から俺を抱き締め、俺の顎を掬って上向かせてキスをした。
「お風呂、入ろうか」
「……うん」
赤面しつつ、俺は頷いた。
大和は優しく、ゆっくりと俺を癒し、解し、開いてくれた。それはもう『愛以外のなにものでもない』というくらいに。一つ一つ丁寧に、その証を俺の体に刻んでゆく。
時間にしたら僅か二時間程。
それでも俺達は、誰にも邪魔されない、二人きりの世界で、愛し合う。体と、言葉で、愛を伝え合った。
家に帰れば愛しい子供達が待っている。
俺達は、愛しい子供達を早くこの手で抱き締める為に、子供達へのお土産を手に、清々しい気持ちで帰路に着いた――。
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