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いつものこと

 足早に町へ向かった俺は、市場につくと歩を緩める。  情報屋の俺にとって、町の会話を聞き取ることは重要な仕入れ作業だ。  俺は、いつもとそう変わり映えのない市場の景色を眺めながら、昨日の事を思い出していた。  昨日も、俺は一つに括った長い黒髪を揺らしながら、ぶらぶらと市場を眺めていた。 「聞いたか? 今王都から視察隊が来てるらしいぞ」 「ああ、それで警備の奴らが大人しいのか」 「むしろなんかやらかしてくれりゃいいのにな」 「本当にな、そんで首にでもなってくれりゃ、ここらも暮らしやすくなんのにな」 「なんだ? ラダの実は今が旬だろうが、高過ぎんだろ?」 「それが今年は虫害がすごくて、木が立ち枯れてんだとよ」 「はぁー、そりゃ厄介だな……」  市場の人達のそんな会話を聞き集めつつ、屋台で朝食と昼食を兼ねたようなものを軽く食っていると、ざわざわと嫌なざわめきが聞こえてきた。  ちっ、警備兵かよ……。  まだ日も高いこんな時間に見回りだなんて、さっきの噂は本当だったみたいだな。  俺は兵達に鉢合わせる前にと踵を返した。  その時、聞いたことのあるガキの声がした。 「きゃあ」とか「やめて」とか「ごめんなさい」とか聞こえてきちゃ放っとく訳にもいかねーし、俺は素早く人垣の後ろへと回り込んで様子をうかがう。  そこには、孤児院でよく見るチビ達が三人、怯えた顔で警備兵達を見上げていた。  ああ、お使いの帰りだったのか。  運悪く、チビの一人が警備兵の前で転んだんだろう。  その時抱えていた果物が……兵の足に当たってしまったのか……。  チビ達の怯えた視線の先には、ズボンの足首あたりを僅かに変色させた警備隊長が仁王立ちをしていた。  その横にはよく売れた果物がゴロリと落ちている。  うわ、よりにもよって、警備隊長のおっさんにぶつけちまったのかよ……。  警備隊長は、怒りを露わに果物を踏み潰すと「薄汚れたガキどもが! こんな風に踏み潰してやろうか!?」とチビ達を威嚇する。  こりゃ一発二発は殴られそうな勢いだな。  ったく、いい大人が服が汚れたくらいでそんな目くじら立てんなよ。  つーか食べ物を粗末にすんな。  俺は内心でため息をつきながら、近くの店先に並んだ樽を足場に屋根に飛び移り、人垣を飛び越えた。  小柄な身はこういう時に小回りが効く。  俺は人垣の中央に着地すると、チビ達を背に庇った。 「あれ、警備隊長さんじゃないですか。どうしたんですかこんな時間に、珍しいですね」  突然降って湧いた俺を見た警備隊長のおっさんは、途端にでれっと眉を下げて鼻の下を伸ばした。 「おおゼス、奇遇だな」  正直キモいが顔には出さずに、俺はにっこりと営業スマイルを浮かべたまま、チビ達に『さっさと帰れ』と背中側に回した手で指示する。  チビ達は恐怖に足をもつれさせながらも「ゼスありがとーっ」「ごめんね、ゼス」「ゼス……気をつけてね……」とそれぞれが俺の後ろで口にして駆けて行った。  こんなちっちゃいチビ達ですら人を気遣えるってのに、この警備隊長のおっさんはなんでいつもこうなんだろうな。  俺が視線だけでチビ達の背中を追っているうちに、警備隊長のおっさんは俺へと距離を詰める。  警備隊長のおっさんはにやにやと下卑た笑みを滲ませつつ、ハの字に整えられた口髭をくりくりといじりながら近づいてくる。  俺は逃げ出したい気持ちを堪えて、笑顔を張り付かせたまま耐える。 「なぁ、見てくれゼス、あのクソガキ共に栄誉ある隊長服を汚されてしまったんだ。これは誰かが……例えば、あのガキ共のいる孤児院に関わる誰かが、責任を取るべき事態だと思わないか……?」  つまり俺に何とかしろって言いてーんだろ? 「それは大変申し訳ありませんでした。俺でよければ、弁償させてください」 「いやいや弁償だとまでいう気はないんだがなぁ? ただ私の受けた心の痛みを、お前が慰めてくれるならば十分だ」  最初っからその気だもんな、このおっさん。  俺を見た瞬間から、チビ達の事はどうでも良かったろ。 「警備隊長様の寛大なお心に感謝いたします」  俺が頭を下げると、おっさんは俺の耳元に顔を寄せて、今夜警備隊舎に来るようにと耳打ちしてくる。  素直に「はい」と答えれば、おっさんは上機嫌で警備兵達を引き連れて巡回に戻った。  はー……。めんどくせーな。  あのおっさんいちいちやることが変態なんだよな。  しかもだらだら長げーし……。  まあ、あのおっさんが俺の身体を気に入ってくれてるおかげで、痛い目を見ずにチビ達を守れんのはありがてーんだけどさ。  ……いや、痛い目には遭うか……今夜な……。  はぁ。と小さくため息をついた俺の肩を、果物売り屋台の主人がそっと叩く。 「悪ぃなゼス、俺がチビ達に熟したのを渡さなきゃよかった。これは少ないが詫びだ、持ってってくれ」  ぐい、と胸に押し付けられた紙袋には、沢山の果物が詰めてあった。 「こんなにいーのかよ」  チビ達に熟れたやつをくれたんだって、親切だっただろうに……。 「おう、うまいぞ」  ニッと笑顔を向けられて、俺はつられて笑う。 「あんがとな」  そんな昨日のやり取りを思い出しながら屋台を眺めていると、昨日の果物売りの主人がちょっと申し訳なさそうに会釈してくれた。  そんな気にしなくて良いのにな。  俺は、せめて元気な姿を見せようと笑顔で手を振る。 「よぉゼス」  不意に上から聞こえた声に、俺はすぐさま距離を取った。  大きめに一歩離れながら振り返ると、やはりそこには俺より三十センチ以上背の高いごろつき連中がいた。 「昨夜はヒゲの隊長に可愛がられたんだって?」 「なあ、たまには俺達の相手もしてくれよ」  俺は警戒を表に出さないように気安く笑って答える。 「金さえ払ってくれんなら、いつでも相手してやるよ」 「ケッ、金があんならいつまでもこんなとこにいるかっつーの」  なんだよ、お前らも王都に出て行きたい奴らか?  金なんてなくても行きゃいーだろーがよ。 「なあゼスぅ、お前は今日も可愛いなぁ?」  言いながら勢いよく俺に抱きつこうとしてくる男をヒョイとかわす。 「んだよ、避けんなよ!」 「おいっ! 捕まえろ!!」  一斉に飛び掛かってくる男達を、よく見てかわす。  そのまま姿勢を崩した男の肩を踏んで、軒先のひさしを蹴って向かい側の店の屋根に上がった。  ギシ、と俺の体重に軋んだ屋根に、店の親父が「おい、店ぇ壊すなよ」と文句を挟む。 「悪ぃな、すぐ退く」  答えて俺は奥の二階建ての建物へと飛び移り、屋根の上からごろつき連中を見下ろした。  人数を数えて周囲を見回す。  奴らの人数は減ってないし、新たに不審な人物も居ないようだな。  俺はあいつらが追えないよう慎重にルートを選びながら屋根から屋根へと飛び移る。  そんな俺の耳に、なぜか自慢げな店のおっちゃんの声が届いた。 「お前らも懲りねぇなぁ? もー諦めろって。ゼスはお前らには捕まんねーよ」  あー……いや、おっちゃん……。  それ、アドバイスのつもりかもしんねーけどさ、結果的に火に油注いでっからやめてくれよ……。  あーいう数の多い奴らにムキになられちゃ面倒なんだよな……。  俺も今でこそ、そうヘマもやらなくなってきたが、やっぱりこれまでには何度か大人数に囲まれて捕まったことがある。  百四十五センチあるかないかくらいの俺の体格じゃあ、一度捕まっちまうともうほぼ逃げ切れねぇんだよな。  それに輪姦ってやつは代わる代わる犯されっから、俺の体力じゃ持たねーんだよ……。  まあ、最終的には俺をタダで犯した奴の顔は一人残らずしっかり覚えて、後からキッチリ全員から金を巻きあげたけどな。  あーあ、俺にももっとデカい体があればなぁ。  そうすりゃ、もっと色んなもんを、直接守ってやれるのにな……。

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