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懐かしい色をした美しい人<ギルフォード視点>(2/2)

 突然の予期せぬ状況に、心臓がバクバクとさっきからうるさく鳴り続けている。  彼は慣れた手つきで部屋の鍵を開けると、酒場の宿にしては大きめのベッドが置かれたその部屋に私を招き入れた。  パタンと扉を閉めた彼は鍵こそ閉めなかったが、私の前を通って窓を開けると、ランプを卓上に置いて、ベッドに腰をかけた。  キシリと小さく鳴ったベッドの音がやけに大きく聞こえて、私は息を呑む。  ……彼は私が怖くないのだろうか。  彼よりもずっと体格があり、筋力も腕力も上回る私が。  もし私が本気で彼を襲えば、彼は抵抗できるはずもないだろうに……。  その細い手首ならば私の片手で十分に両腕を拘束できるだろう。  思わず、彼の細い身体をこのベッドに押し付けて暴いてしまうところまでを想像してしまい、私は慌てて首を振った。  そんな私の目の前で、彼はフード付きのローブを脱いだ。  ローブの下から、美しく引き締まった細い肢体が姿を現す。  少年のようにすらりと伸びた手足は、力を入れて抱きしめると折れてしまうのではと思う程に細い。  なのに、それらには必要最低限の筋肉が確かについていて、触れてもおそらく骨と皮の感触ではないのだろう。  きっと、しなやかな……。  私は慌ててもう一度頭を振って、雑念を吹き飛ばそうとする。  しかし、頭を振ったところで、私は彼の黒髪から目を離せなかった。  色の白い肌を艶やかな黒髪が引き締めるその様は圧倒的なコントラストで、まるで完璧に計算され作り上げられた芸術品のようだ。  彼の、腰下まで長く伸ばされ後ろで一つに括られた黒髪には、見覚えがあった。  私の瞼に、あの時私の頭上を悠々と飛び越した黒い影が蘇る。  素早くキレのある動きで、身軽に着地した、しなやかなあの姿……。  彼の後ろで艶やかになびいた美しい黒髪に、その顔をひと目見たいと願った。  けれど、その願いは叶わなかった。  ああ、あの時の彼が……彼こそが、この情報屋の男だったのか……。 「で、お兄さんは俺に何の用?」  慎ましやかで形の良い唇が、私に尋ねる。  苦笑するような、私をあやすようなその響きに、一瞬で顔が熱くなってしまって、私はどうしようもなく肩を揺らしてしまった。  しっかりしろ!  私は今、何のためにここにいるんだ!  完全に彼のペースに呑まれている自身を叱咤して、何とか上がりかける息を整えると、出来る限り落ち着いた声で尋ねた。 「情報屋というのは君かい?」 「ええまあ」  何を今更、という顔で彼が答える。  ツンとした小顔の男は、そんな呆れた表情ですら美しい。  アーモンド型の目に、黒く艶やかな瞳。  それは幼い頃私の心を支えてくれた最愛の少女の面影にどうしようもなく重なった。  私はその表情にすっかり気を取られたまま口を開く。 「情報の他に体も売っているというのは、本当だろうか?」 「ああ」 「もしよければ、君を一晩抱かせてくれないか?」  ぱち。と少しだけ驚いた様子で黒い瞳が瞬く。  そこでようやく私は我に返った。 「っ、違う! そうじゃない! 私は情報を買いに……っ!」  反射的に叫んだ私に、彼はクスクスと笑い声を漏らした。 「慌てんなって、売ってやるから。情報も、体も。ま、内容は提示額によるけどな?」  なだめるようにかけられた優しげな声は、落ち着いていて温かく、どこか懐かしく聞こえた。  男にしては少し高いが、かといって女性と間違うことはまずあり得ない、そんな声だ。  しかし、あの時に見たこの男は、警備隊長とは親しげな様子だった。  彼が警備兵側の人間なのだとしたら、彼に警備兵について尋ねるのは逆効果だろう。  部屋に一つだけの丸テーブルには椅子が二脚並んでいる。  私はそこに腰を下ろすと、丸テーブルに銀貨を一枚置く。  彼の黒い瞳がキラリと輝いた。  どうやら私の提示した銀貨は、十分に彼の期待に応えられたようだ。  私は慎重に言葉を選びながら、町の様子を尋ねた。  近々この町で商売をしたいと思っていること、そのため、この町の動向が知りたいこと。  何が流行っていて何が求められているのか、町の人の困りごとは何だろうか……と、順に尋ねれば、彼は悩むこともなくスラスラと明快に答えてゆく。  ……なんて頭の良い人なのだろうか。  粗野な言葉遣いからは想像も出来ないほどに、理路整然と答えてくれる彼に、私は思わず銀貨を二枚、三枚と重ねてゆく。  私が五枚目を重ねようとしたところで、彼は私を止めた。 「ちょっとお兄さん、もうそんくらいでいーって」  そうだろうか。  それだけの価値は十分にある情報だったと思うが……。 「四枚もらうよ」  そう言う彼が、嬉しそうに口元を綻ばせる。  その表情があまりにも可愛らしくて、私の手が勝手に止められた5枚目を乗せていた。 「いや、五枚分の価値は十分にある情報だった」 「……へぇ? さすが新しく店を出そうって商人さんは金持ってんだな。んじゃ、ありがたく」  ベッドから立ち上がった彼は、私の前に来ると少し屈んで卓上の銀貨をつまみ上げる。  窓から差し込む月明かりが、彼の艶めく黒髪を照らし出す。  頭を下げた拍子に黒髪がさらりと彼の首筋をなぞって落ちると、花のような香りが私の鼻腔をくすぐった。  思わずごくりと喉を鳴らしてしまってから、そんな自分が恥ずかしくなる。  彼は銀貨を仕舞うと、そっと窓を閉めた。  ……そんな事をして、良いのだろうか……。  そこは彼にとって脱出路だったはずだ。  私は彼に、多少なりとも信頼されたと……そう受け取って良いのだろうか。  瞬間、胸が大きく震えた。  それが喜びからだと気づくのに、一瞬かかった。  それほどまでに、激しい感情だった。  互いに名乗る事もない、そんな町の情報屋に、ほんの僅かに信用された事が、まさかこれほど嬉しいだなんて……。  それもこれも、彼が彼女と同じ色をしているからだろうか?  キシッと小さくベッドの軋んだ音にそちらを見ると、彼は襟元を留めていた服の紐を解いたところだった。  隠されていた胸元が露わになると、その肌の白さ、きめ細かさに目を奪われた。 「そんで? 俺の事は一晩いくらで買ってくれんの?」  彼の黒い瞳が、期待を浮かべて私を見上げる。  ここまで既にずいぶんと残り少なくなっていた私の平常心は、彼の視線を受けた途端、塵となって消え去った。  思わず「言い値で買おう」と口走ってしまいそうな自身を必死で制して、個人の所持金から王都に戻るまでに必要な最低限の額を引いた全額を提示する。  情報料は経費にできても、流石にこれはできないからな。 「これでどうだろうか」  しかし、私の全力を注いだ提示額に、彼は顔色を変えてしまった。  ああ、まずい。  額が大き過ぎたか。  彼があまりに美しく、あまりに聡明で……、そんな彼を抱かせてもらえるのかと思ったら、つい……。

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