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甘ったるい印象の男

 商人だと名乗った男は、しかし、その隙のない動きや綺麗な所作から、とても商人には見えなかった。  とはいえ、じゃあ何者かと問われれば、よくわからない。  整った外見に優雅な身のこなしからは上流貴族のようにも見受けられるが、そんな奴はこんな場所に一人で来たりしないだろう。  鍛え上げられた肉体と腰に下げられた重そうな剣からは騎士のようにも見えるが、そういう清廉潔白が売りの奴らは、やっぱりこんな場所には来ない。  その上、どう見ても俺の色気にやられてやがる。  あえて見ないようにしているが、既に目の前の男のブツが大きくなっているのは、服越しでも見て取れた。  こうなると大抵の男は……特に体格の良い奴ほど、何とかしてタダで俺を抱いてやろうと強引な手に出がちなんだが、目の前の男にそんな様子は一切なかった。  それどころか、男は、俺が表情を和らげる度におろおろと視線を彷徨わせた。  そんな初心な様子を見ていると、俺より年上のはずの男が、何だか俺よりも幼く見えて微笑ましくすら思えてしまう。  フードを下ろした男の髪は柔らかそうな薄茶色で、まるで紅茶にミルクを入れたような色合いだ。  そんなミルクティー色の髪に、蜂蜜のような色の瞳が相まって、全体的に甘ったるい印象を受ける。  パーツはそれぞれスッと整っていたが、垂れ目のせいか黙っていると気弱そうにも見える顔だ。  しかし口を開けば、その体格に相応しいバリトンボイスが丁寧に紡がれる。  聞き取りやすい優しい声は耳に心地良く、いつまでも聞いていたいような気分になった。  男の蜂蜜色の瞳が俺を見つめて瞬く。  ……ああ、優しそうな目をした男だな……。  昔こんな目をした奴が……、そうだ、義理の兄が、いたな……。  俺が五歳の頃、男子のいない父の元に養子として八歳の少年が迎え入れられた。  俺の兄だと紹介された少年は、俺より身体こそ大きかったが、怖がりの寂しがりで、屋敷の隅に丸くなっては度々一人で泣いていた。  家に帰りたい、親に会いたいと。  けどもうお前の家はここだし、お前の親は俺の父様なんだよな……。  母様はそんな少年を不憫がって、俺と一緒に世話を焼くようになった。  俺も、いつも俺を馬鹿にしてくる姉達よりは、泣き虫でビビりでも義兄の方がまだマシだと思っていたし、共に遊ぶようになってからはすっかり意気投合して、あの頃の俺達は、いつも一緒に過ごしていたな……。  ……義兄は今頃何してんのかな……。  すげー真面目な奴だったから、きっと今頃家を継いで、せっせと仕事に打ち込んでんだろうな。  ま、そんなの、家を追い出された俺にはもうかんけーねー話だけどな。  俺は、懐かしい義兄にどことなく似た優しそうな男にたっぷりと情報料をいただいて、ちょっと気分が良くなっていた。  この男なら乱暴な事はしねーんじゃねーかな、なんて思えて、俺は部屋の窓を閉める。  元々、マスターが投げて寄越した鍵もここだったしな。  マスターは俺に三種類の鍵を寄越してくれる。  危険、判断不能、安全、の三種だ。  俺への客は、俺が来るまでに大概がマスターと会話をしている。  そこでマスターが受けた印象から、脱出しやすく物音がマスターに伝わりやすい部屋と、窓は広いが一応ベッドもある部屋と、ここみたいにゆっくり話せてデカいベッドがあって音が下に伝わりにくい部屋の三種の鍵をマスターが投げてくれるんだよな。  ほぼ話していない場合や、マスターが判断しきれない場合は『判断不能』の鍵が投げられる。  俺としては『危険』よりも『判断不能』がくる方が緊張する。 『安全』の鍵が投げられるのは、マスターの知ってる奴か、馴染みの客がほとんどなんだが、それを一見の客相手に投げるってことは、マスターもこの男を無害そうだと判断したんだろう。  俺は、ベッドから初心そうな男を面白半分に誘ってみる。  この男は清潔そうだし、金払いも悪くなさそうだ。  多めにもらった情報料の分もサービスしてやるか、なんて思いつつ。  すると、男は真剣な表情で、見たこともないような額を机に積んだ。 「おいおい、マジかよ……。流石に一晩でこれは高すぎんだろ……」  この町で暮らすなら、人一人が一年は遊んで暮らせる額じゃないか。  ……どうしてこんな額を、俺に……?  顔も身体も良い方ではあるし、それなりに磨いてきたつもりだが、たった一晩でここまでの金額に見合うとは思えない。  まさか、俺を攫ってそーゆー趣味の富豪にでも売ろうって事か……?  いや、それならここは、俺が警戒しない程度の額を提示すべきだろ。  こんなに多いんじゃ、逆に警戒してくれって言ってるようなもんだ。  俺の警戒に気付いたのか、タレ目の男がしどろもどろに言い訳をする。 「あー……その……。こんな理由では君に失礼かもしれないんだが、君を抱きたいと思ったのは、君が……初恋の彼女によく似ていたから……で……」 「へぇ……? それって男? 女? あ、言いたくなきゃ別にいいけどな。女なら声出さねーようにすっかなとか、後ろからの方が顔見えねーしいーかなってくらいの理由だし」 「女性……いや、まだあの頃は少女だった……」  なるほど?  子どもの頃の、初恋の思い出ってやつか? 「私が……、私があの時もっと強ければ……、彼女を失わずに、いられたのに……」  まるで血の滲むような後悔の言葉は、目の前の優しげな男にはあまりに不似合いで、気づけば俺はその男を励ましていた。 「ま、生きてりゃどうしようもねー事もあるよな。今夜は俺がお兄さんに夢を見せてやっから、元気出せよ」  この男の抱える後悔が、もうどうすることもできない思いだというのなら、ほんの一夜の夢に付き合ってやるのも悪くない。  俺は部屋に鍵をかけ、灯りを落とすと、机に積まれた金に布をかける。 「んじゃ、報酬については俺の出来次第って事で」 「いいのか……?」 「揉めてる時間がもったいねーだろ」  俺はそう答えながら靴を脱いでベッドに上がる。  ま、実際んとこ、この男には情報料だけでも十分もらってっからな。  この男のモノは、この部屋に来たあたりからずっと立ち上がりっぱなしだ。  もうずいぶん辛いだろうに、この状態でよく耐えてるよな。 「ほら、来いよ」  俺がベッドから腕を広げて呼ぶと、男はカアッと頬を染めて、もじもじと俯きながらベッドに上がってきた。  なんなんだそれは、可愛過ぎんだろ、もっとガバッと来いよ。  まるで俺の方が抱く側じゃねーかよ。  男の靴がきちんと揃えられているのを見て、やっぱり良家の坊ちゃんっぽいなと改めて思う。 「俺、顔見えねー方がいいか?」 「いや、君のその顔が彼女によく似ているんだ。顔を見ながらで、お願いしたい」  そういやこいつ、全然命令調で喋んねーな。  今なんて、こいつと俺は客と商品の関係なのにな。 「わかった。他に注文は?」 「君が嫌でなければ、なのだが……」  なんだ?  金額を考慮すれば、見えねーとこになら多少の痕も許せるが、傷が残るようなのとか明日に響くようなのは勘弁だぞ……?

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