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朝日に煌めく金貨

 チャプ、と水音がして顔を上げれば、筋骨隆々とした立派な裸体が朝日の中で汗の滴を輝かせていた。  どうやら筋トレを終えて、汗を拭い始めたようだ。  昨夜も服越しにいい身体だなと思ったが、この男が服を脱ぐよりも早く俺が意識を飛ばしちまったからな。  俺は、俺を抱いた男の身体を、朝になってようやく目にした。  しかしその身体は……本当に立派だとしかいいようがないほどの筋肉に覆われている。  なんつーか、彫刻かよ……って感じの見た目だ。  どーなってんだその脇腹、網目みたいになってんだが。  それに肩とか腕も、なんなんだそれは、肩パッドかなんか入ってんのか? ってくらいの厚みがあんだろ。  俺の知ってる中では、警備隊長なんかもあれで意外と脱ぐとムキムキなんだが、それと比べてもこの男の筋肉は段違いだった。  職人とか土方のおっちゃん達は、それぞれ仕事で使う筋肉だけはムッキムキになってんだが、そんなプロの筋肉を全部集めたみたいな、そんな隙のない身体だ。 「……どうした? 金の交渉ならいつでも始めてくれればいい」  俺の視線に気づいてか、ギルがこちらを見た。  俺は、ギルの筋肉に見惚れてたなんて言えるわけもなく「ああ、えーと、じゃあ……」と机の上の布をめくった。  うはー……。マジで金貨だよ。  明るいとこだとさらに神々しいな、金貨。  これ一枚でチビ達全員に腹一杯飯を食わしてやれるよ。  しかもこれがなんと十枚も積まれている……。  その横には、銀貨も十五枚。  ……お前、そんなに俺のこと抱きたかったのかよ……。  つーか、いつの間にお前の中で、俺は義妹じゃなくなってたんだ……?  普通に考えて、いくら仲が良くても、妹相手に抱く抱かねーにはならねーだろ。  俺はあの家で最後に見たギルの姿を思い浮かべる。  ギルは、ベッドから体を起こせずにいた。  俺はその枕元で、べそべそ泣きながら「ごめん、ごめんね、ギル、痛いよね……ごめんね……」と謝罪を繰り返してたんだっけな。 「セレスティア、僕は大丈夫だよ、大丈夫だから……」  そう言ったギルの声は優しくて、でもすごく悲しそうで……。  ああ、それで昨夜ギルは俺に「謝らないでくれ」なんて言ったのか。  ……なんつーか、こんな立派に育ったギルに、俺はなんつートラウマを植えつけてんだかな……。  罪悪感にずっしりと重くなった胸を押さえていると、ギルが小さく笑った気配がした。 「とはいえ、私も既に出した金を財布に戻すのは、格好がつかないからな。できればそのまま受け取ってもらえると嬉しいんだが……」  いやいや、待てって、俺は昨夜一人先にイった上にギルを置いて寝ちまったんだぞ? 「それは流石に……。昨夜は俺の方が迷惑かけちまったみてーだし、金貨一枚ももらえりゃ十分だよ」  それだって、相場からすれば相当な額だ。  俺一人なら、一か月近く遊んで暮らせるくらいの金だからな。  言って金貨を一枚だけつまんだ俺の手首を、ギルのデカい手がガシッと掴んだ。 「それはダメだ。少な過ぎる。君は自分の価値をもっと正しく見積もるべきだ」  即座に却下されて、俺はギルの顔を見上げた。  すると、真剣な蜂蜜色の瞳に真っ直ぐ見下ろされる。 「一夜では多過ぎると言うならば、二夜、三夜と期間を広げる事は可能だろうか?」  んん? 明日もヤろうってのか?  確かに昨夜はそんな長かったわけでも変な体勢でもなかったし、俺の体調に響いた感じはねーんだが、またあんなことになんのかと思うと、正直勘弁してほしいんだが……。  俺は思わず下腹部に手を当てる。  俺の腹の奥は、まだどこかに甘い疼きが残っているような、そんな何とも言えない気配を残していた。  一晩明けてもこれって、このまま続けて今夜もとかなったら、俺の体はどうなるんだよ……。 「……もしかして、どこか痛めてしまっただろうか……?」  こちらの痛みをうかがうような声に尋ねられて、俺は慌てて首を振る。 「あ、いや、大丈夫だ」 「今夜と明日は用事があって会いに来られないんだが、来週また、君に会いにきても良いだろうか……?」  ん? そんな先でいいのか?  俺はひとまず期間が空けられると聞いて、ホッとして答える。 「ああ、いつでも来いよ」 「それならば、私が次に来るまで、できれば他の人に抱かれないでほしい。この金はその日数分の予約キャンセル料という形で受け取ってもらえないだろうか」  ……なるほど……? 「んー。まあいーけど、出来る限りって範囲でも構わねーか? 場合によっちゃ断れねー相手もいんだよな……」 「断れない……というのは、強引に……?」  ざわり、とギルから不穏な気配が漂う。  おいおい……。  体売ってる男相手にそれじゃ、ギルは彼女が出来た日には相当重い男になるな……。 「ま、こっちにも色々あんだよ」  俺がバッサリ切り捨てると、ギルは踏み込みすぎたことに気付いたのか「わかった。なら、出来る限りで……頼む……」と引き下がった。 「埋まっちまった夜の分はちゃんと避けて計算すっからな」  俺の言葉にギルは不満げな顔のまま頷く。  ったく、お前はこんなに立派に成長してもまだそんな顔すんのかよ。  懐かしい拗ね顔に、俺は苦笑して言う。 「じゃあ、抱かれた一夜で金貨一枚として、キャンセルが二夜で金貨一枚な。俺が金貨を全部もらっていいなら、俺はあと十八夜過ぎるまでは誰にも抱かれねーでいる、そーゆー事でいいか?」 「ああ、それまでに必ずまた、君に会いに行く」  だからそれまで必ず約束を守ってくれ、と念を押すような真剣さで、ギルは俺の目を見つめて言った。  俺は「わかった」と答えて金貨を自分の財布にしまう。  すると、ギルは残った銀貨を俺の方に差し出して言った。 「これで、君のことをいくつか尋ねてもいいだろうか?」  こいつ、マジで出した金を自分の財布に戻す気がねーんだな。  全部俺に受け取らせる気満々のギルに、こいつは昔っから変なとこ頑固で融通がきかねーんだよな……と内心で苦笑しながらも、表面上は冷めた顔で頷いた。 「まずは、君の名を教えてほしい」 「俺は……」と口にしかけて、一瞬躊躇う。  ……いや、まあ大丈夫だろ。  ギルはあの頃の俺を女だと思ってる、頭文字が同じ程度じゃ気づかねーよな。  それに、ここらじゃ珍しい髪色をした俺の名は、この町の奴ならほとんどに知られてる。今更偽名を使ったところですぐバレるだろう。 「ゼスだ」  片手を差し出せば、ギルは「ゼス……美しい名だ」と蜂蜜色の瞳をうっとり細めて俺の手をそっと握り返してきた。  貴族の令嬢への返しならそれでいいが、情報屋の男への返しとしちゃ、どうなんだそれは。 「私はギルフォード、昨夜のようにギルと呼んでくれたら嬉しい」  おいおい、本名だろそれは。  お前こんなとこに何しにきてんだよ、お偉いさんが一人で潜ってるなんて、これ潜入捜査じゃねーのかよ。  こういう時は偽名を使えよ!!  ギルは俺の心配などまるで気づかないままに、掴んだままの俺の手を軽く振って、嬉しそうに微笑んで言った。 「これからよろしく頼む、ゼス」 「ん、次また会えんのを楽しみにしてるよ、ギル。新たに欲しい情報があれば仕入れとくけど、なんかあるか?」  いや、そこでほんのり赤くなってる場合じゃねーだろ!  前半はただの挨拶なんだよ!  俺が言ったことの後半をしっかり受け止めろ!!  俺は、どうにも俺に夢中な様子のギルに内心頭を抱えつつ、その日は朝から市場でたっぷり買い物をして孤児院に向かった。

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