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警戒を解くのが早過ぎる
***
その日、いつものように朝から市場に出かけた俺を手招いたのは果物売りの主人だった。
「おい、ゼス耳貸せ」
主人のどこか焦った様子に、俺は嫌な予感を感じながらもいつもと変わらぬ調子を装って耳を貸す。
「おはよーさん、どーした?」
「孤児院のチビどもを探ってる奴がいる」
は?
あいつら探って何が出てくんだよ。
そう思いながらも俺は尋ねる。
「へぇ、どんな奴?」
俺より四十センチ以上背が高くて、ローブにフードを被っていて、顔は優男って感じだが……、と店の主人からその男の背格好を聞いていくにつれて、俺は一人の男の姿が頭に浮かんだ。
「教えてくれてあんがとな、これ一個くれるか? 釣りはいらねーから」
そのまま齧って食える赤い実をひとつ手に取り、コインを投げて踵を返した俺に、果物売りの主人は「これも持ってけ!」と後ろからオレンジ色の実を二つ投げてきた。
んだよ、情報料として懐に入れてくれていーのによ。
このおっちゃんも人が良いんだよな。
俺は受け取った果実を鞄に突っ込むと、建物の上へと飛び上がった。
「気をつけろよ!」
「おう」
手を振ってくる果物売りの主人に軽く手を振り返してから、俺は二階建て以上の建物の屋根の上を渡ってゆく。
市場の半周も回らないあたりで、目的の人物が目に入った。
ちょうど串焼き屋台の親父と話しているようだ。
俺は男の背後の建物に音もなく飛び移る。
男はやはり、孤児院のチビ達について屋台の親父に尋ねていた。
男の背後に降りると、意外にも男は俺に勘付いて素早く振り返る。
その時には右手が剣の柄にかかっていたし、左手もいつでも剣を振り抜ける角度に鞘を構えていた。
おー、中々出来るよーになってんじゃねーか。
「ギル、お前何やってんだ?」
「ゼス!」
俺の姿を見た途端、ギルは警戒を解いた。
剣から手を離し、嬉しそうに頬を緩める。
おいおい、待て待て、警戒を解くのが早過ぎんだろ。
剣を離す前に、もうちょい周りを見た方がいいぞ。
敵が目の前の一人だけとは限らねーだろ?
むしろ俺は囮で……なんてこともあるんだからな?
俺は半眼でため息をつきつつも、ギルを招く仕草をする。
だってこいつ俺とは身長差あり過ぎっからな。
屈んでもらわねーと耳打ちもできねーよ。
「どうした、ゼス……?」
ゆっくりと屈んできた男の襟首を掴んで、俺はぐんと顔を寄せた。
「お前、チビ達の事を調べてどーする気だ?」
俺の真横で蜂蜜色の瞳が大きく揺れる。
こんな隠し事できない奴に潜入任務とかさせていーのか……?
国のお偉いさんはもうちょい考えた方が良くないか?
ギルの返事を待つ間に、屋台の親父が明るく声をかける。
「なんだ、そいつゼスの知り合いだったんだな。余計な勘繰り入れるとこだったぜ。ゼスも食ってくか? おまけしとくぜ?」
「んー……まあ、朝から串ってのもたまにはいいか、もらうよ。金はこいつが払うから」
答えてギルを指せば、ギルは一瞬驚いた顔をして、それから大人しく財布を出した。
親父が機嫌よく「毎度ありー」と言って串を温め直すのを横目に、俺はギルの様子をもう一度確認する。
言い訳をすることも逃げ出すこともないようだが、バツの悪そうな顔はしてんな。
こいつはチビ達を探ってどうしたかったんだ?
チビ達の孤児院は不正とは無縁の清貧な運営だし、むしろ清らかすぎて年中カツカツだ。
逆さに振っても叩いても、金どころか役に立ちそうな情報も出ないだろう……。
じゃあなんだ……?
俺とチビ達の……繋がりを確認したかったのか?
俺は屋台から少し距離を取ると、俺の分の串を受け取ったギルが来るのを待って、尋ねた。
「ギルは宿どこ取ってんの?」
ローブの中でギルの肩が小さく揺れる。
いや、そんくらいの動揺は飲み込めよ。
「あ……ええと、私、は……」
おい待て、なんで顔赤くしてんだよ。そーゆー意味じゃねーよ。
「言えねーなら別に良いけど、どっか話せるような場所ねーかなって。酒場はまだ開いてねーしさ」
「ああ、それなら私の宿が近い、ゼスが良ければ……その、来てくれ」
俺は案内を頼むと、串焼きを受け取って腹に仕舞う。
ギルが最初に持っていた手付かずの串も「良ければ」と言うのでもらった。
もちろん、口に入れる前にちゃんと混入物のチェックはしたが。
……ギルとか、俺が渡した食いもんとかチェックすんのかな。
なんかそのまま口に入れそうだよな……。
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