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特別な一日の終わりに(1/2)
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「はー、腹いっぱいで動けねーな」
俺の言葉に、ギルが「それは良かった」と微笑んだ。
お前の財布で散々飲み食いされて、そんな嬉しそうにしてられるなんて、金があると心にも余裕があるってもんだな。
あー……、しかし、正直食い過ぎた……。
こんなに食ったのは屋敷を出てから初めてだな。
路上にいた頃も孤児院の頃もあんま食いもんはなかったし、独り立ちしてからは、金が入っても身軽に動ける程度までにしておかねーと、身の危険があったからな……。
今日俺がこんだけ食えたのは、ギルがずっとそばにいてくれたからだ。
ギルは体格も良いし、そこそこ強いってのが身のこなしから伝わる。
だから、そこらのごろつきにも絡まれねぇ。
俺とギルは、チビ達を孤児院まで送り届けた帰りで、夕日に照らされた道を歩いていた。
本当はもうちょい早い時間に帰してやるつもりだったんだが、チビ達がそりゃもう大はしゃぎでついつい長引いちまったんだよな。
俺は、足元に長く伸びる二つの影を眺めながら、今日の光景をいくつも思い出す。
パン屋では、普段は期限切れの固いやつしかもらえねーから、初めて焼きたてのふわふわしたパンを食って、あまりの美味さに飛び跳ねてたな。
三人で一つを分け合い慣れてて、アイツらどこでも一つずつしか買わねーからさ。
俺が「今日は一人一つずつ選んでいーんだぞ」って言ったらすげー驚いた顔してたよな。
更にはギルが「二つでも三つでも選んで構わない」なんて言うからさ、普段そんないくつも選んだ事がねーチビ達はずいぶん悪戦苦闘してたよな。
ラエルなんて、悩みすぎて「本当にそれで良いのか……?」みたいなことになってたしな。
ラエルはいつも二人の面倒をよく見てくれてるからな、ほんの一つしか歳も変わんねーのにさ。
俺がおまけで髪飾りを買ってやったら、泣き出したもんな。
まさかあれひとつで泣くほど喜ぶとは思わなかったな……。
一生大事にするなんて言ってくれて……。
他の二人も、今日のことはずっと忘れないなんて言ってたもんな。
こんな特別な時間が、アイツらの明日からの毎日を支えてくれるといーんだけどな……。
俺は隣を歩く大柄な男を改めて見上げる。
俺は今日、この男に頼ってしまった。
金の面でも、安全面でも。
チビ達の安全を託すほどに……。
俺はこの男を、今でもやっぱり、信じているんだな……。
俺の視線に気づくと、ギルは蜂蜜色の瞳を細めて「どうした?」と優しく囁くように尋ねた。
ドキッと跳ねた心臓に、俺は無視を決め込んで「別に」とそっけなく返した。
近づいてきた酒場の看板の端を見て、俺は呟く。
「客が来てるな」
「分かるのか?」
マスターが店ん中で操作すると、看板の端に印が出るようになってんだよな。
まあ言わねーけど。
「まあな。十中八九警備隊長んとこの使いっ走りだろーな」
俺の言葉にギルが顔色を変える。
「それは……」
「夜のお誘いだろうな。断ってくっから、念のためちょい外から様子見といてくれるか」
「……分かった」
そう答えたギルの声がヒヤリと冷たくて『おーおーまた嫉妬してんなこいつ』と俺は内心で苦笑を浮かべながら店に入る。
ギルから俺への独占欲を感じるのは、不思議と嫌じゃなかった。
ちょっと、ギルのこの先の人生が心配になりはするが。
俺は一人のフリをして酒場に入ると、案の定居た警備隊長んとこの使いっ走りを「今日は先客があんだよ」と追い返す。
手ぶらでは帰れないという使いっ走りに「残念だけど上客が付いててさ、あと十日は予約してくれてんだよな」と伝えると、ではその翌日にと縋られた。
「どーだろうな、上客次第だな。あー……けど、一晩で金貨五枚出してくれんなら考えてやってもいーぜ?」
俺がふっかけると、警備隊長んとこの使いっ走りは俺に「このガキが! 薄汚れた孤児のくせに、誰のおかげでこの町で暮らせてると思ってやがる! 思い上がるのも大概にしろ!!」と吐き捨てて出ていった。
まあ、そんでも手を上げてこねーのは視察隊効果なんだろうな。
ん? むしろ殴ってくれりゃその場で捕まえられたのか?
俺もうちょい煽ってやりゃ良かったか?
「おー、ゼス言われてんなー」
「傷付いたかー? 傷付いたろー? 俺が慰めてやろうか?」
「おまっっ、それタダでだろ?」
「ひゃはは、ずりーなそれぇー」
ワイワイやってるいつものテーブルには見慣れた奴らが揃っているようだ。
聞き慣れた声にそちらに視線を投げた途端、丸テーブルについていた四人の男の顔色が変わった。
ん?
恐怖に引き攣るような四人の視線は俺より四十センチほど上で止まったままだ。
肩越しに振り返れば、俺の背後には黒いオーラを纏った威圧感十分なギルが立っていた。
おいおい、あんま脅かしてやんなよ。
そいつらもまあ可愛い奴らなんだよ、時々真面目に金持ってきてくれっしさ。
いや、ギル的にはそこが嫌なのか……?
「マスター、二階借りていいか?」
「ああ、ごゆっくり」
言って鍵を渡してくるマスターの口端がほんの少し上がる。
普段チラとも表情を変えないこの男にしては、非常に珍しい顔だ。
……んだよ、お見通しかよ。
実のところ、俺はこの酒場の二階に住んでいる。
だからここのマスターは仕事のパートナーでもあれば、大家でもある。
そんでまあ、十三歳から情報屋を始めた俺が、時々ミスって帰ってこれなかったりすると探しにきてくれたり、怪我や病気の時には看病してくれたりする、すごく頼れる大恩ある人だ。
俺は、正直この人には頭が上がらない。
前回と同じ広いベッドのある部屋にギルを通して、俺はギルに話した。
「ちょうどギルが俺に予約金を置いてった日から、警備隊長んとこの使いっ走りが二日連続で酒場に来てたんだ、今日でもう三日目だな」
「それは……ゼスを、買いに来ているのか……?」
「ああ、そろそろあのおっさん俺の体が恋しいんじゃねーの?」
もう前に抱かれてから一週間経つしな。
つかその間俺ってギルにしか抱かれてねーんだよな。
そんなことを考えていたら、ギルの蜂蜜色の瞳が暗く濁っているのに気づいた。
「いや、俺はあんなおっさん顔もみたくねーけどな!?」
俺の言葉に、ほんの少しだけギルから険しさが抜ける。
こいつ本当にめんどくせー男だな……。
いやマジで、俺みたいなのには一番関わっちゃダメなタイプなんじゃねーか?
「このまま俺がおっさんの誘いを断り続けてりゃ、そのうちあのおっさんも強引な手に出ると思うぜ?」
「強引な、手……」
いやギルさん顔が怖いんですけど……。
「だ、だから、そん時には俺がわざと捕まってやるからさ、お前が現行犯で捕まえろよ」
俺の言葉にギルは一度瞬いて、それからぎゅっと眉を寄せた。
「……その作戦は、ゼスに危険があり過ぎる……」
「別にいーって、こっちは毎度の事だし、流石にあのおっさんも俺を殺しゃしねーだろーし。そんであの横暴隊長が捕まるってんなら、こっちも清々するしさ」
いかにも何でもない事のように言ってみたが、ギルは組んだ両手で口元を隠すようにしたまま、渋い顔で机の上を睨み続けている。
その様子から、視察隊には他に有効な打開策が無さそうだなと俺は判断する。
けどギルとしては頷きたくないんだろうな。
俺は立ち上がるとギルに尋ねた。
「なあギル、今夜は俺を抱いてくだろ?」
「……っ!?」
そんな驚く事じゃねーだろ。
現にお前この部屋入った時は鼻息荒かったじゃねーかよ。
ま、仕事の話してたら落ち着いたみてーだけどさ。
「俺、準備がまだだから、ちょいここで待っててくれるか?」
「準備……?」
そういやこいつ、そういう知識はなさそうだったよな。
「そ、準備。すぐ済ませてくっから――」
扉の方へ歩き出そうとした俺の体を、太い腕が抱き留めた。
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