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深紅の縄(*)

 ***  警備隊舎に連行された俺は、警備隊長の部屋に備え付けられた見慣れた地下牢に入れられていた。  地下といってもここは半地下な上に特別深く掘られていて、ざっと三階建ての建物に近い天井高がある。  天井を見上げれば、そこには鎖やロープや十字の梁といったものがいくつも下がっていた。  そのうちの一本は俺の真横に下がっていて、この後自分はこれに吊られるんだろうなとぼんやり思う。  久々の……ってほどでもないな、十日ぶりくらいか。  こいつもほんとに堪え性がねーよな。  つっても俺に使いを出し始めてからもう一週間ほどになるか。  隊長的にはかなり長いことお預けくらってた気分なんだろうな。  あー……これはぜってーねちっこくされんだろうなぁ……。  俺の了承も得ないままに俺の服をスルスルと脱がせてゆく警備隊長の鼻息は荒い。  おいおい、俺の話を聞くんじゃなかったのかよ。  せめて少しくらい事情聴取した痕跡を残した方がいーんじゃねーの? なんて逆に心配になるほどの杜撰さだ。 「ああ……ゼス……お前は本当にどこもかしこも美しいな……?」  どこもかしこも、という言葉を聞いて、ヒュッと息が詰まった。  まずい!  今俺の体にはギルが残した痕がある!  こんなの、この変態に見つかった日には、ぜってー執拗に上書きしてくんだろっ!  ああああくそっ、せめて一日後ならもうちょい薄くなってたのにな……っ。  痕を少しでも隠そうと身じろいだ瞬間、警備隊長がそれを見つけた。 「おやぁ……? こんなところが赤くなっているなぁ……? もしかして誰かに抱かれた後だったとか……?」  ねっとりとした声に、背筋が凍えて吐き気がする。  ああそうだよ、お前よりずっとずっとカッコイイ男に、そりゃもう大事に抱かれてたんだよ、俺は。  心の中でそう答えて、俺がなんとか平静を装っていると、扉の方が騒がしくなった。  まさかギルが……!?  いや、いくら何でも早すぎんだろ!?  期待と不安が入り混じる中で、ギギィと重い鉄の扉を開けて駆け込んできたのは見た事のない顔だった。  燻んだ銀髪の細身の男は警備兵のようには見えない。  服装は受付員でも雑用でもないし、事務員だろうか……? 「シュルツヴァルさん!? こういった勝手な真似はしないでくださいと言ったはずです!!」  シュルツヴァルって誰だ? と一瞬思ってから、そういや警備隊長はそんな名前だったっけかと思う。  俺と同じかそれより若そうな男性に叱られて、警備隊長は背を丸めた。 「す、すまん、我慢できなくて、つい……」 「ついじゃありませんよ! だらしないアンタの尻拭いをするこっちの身にもなってください!!」  ……なんだ?  警備隊舎に、この警備隊長より偉い奴っていたか……? いねーよな……?  じゃあこいつは……。  警備隊長を怒鳴りつけた男はそのまままっすぐ俺の前にやってくると細い指を俺に突きつけた。 「ゼスさんと言いましたね?」  俺の名前も知ってんのか。 「この後、何を聞かれても、同意の上だと答えてください」  その言葉に、俺は瞠目する。 「な……、なんでだよ……」  だって、俺は……、この後ここへ駆け付ける視察員のギルに、同意ではないと、無理矢理だったと訴える必要があるのに……。  この男は、それをまるで知っているかのようにそう言った。 「ゼスさんに拒否権はありませんよ? ああ、あなたの大事な孤児院が火の海に包まれても構わないと仰るのでしたら、話は別ですが」 「…………は…………?」  何だこいつ……。  何なんだよ!?  汚いと思ってた警備隊長からも、流石にそんな脅しはされた事がねーぞ!?  こいつ、人の命を何だと思ってんだ……!? 「僕の言葉が信じられないと仰るようでしたら、一人二人死体にしてここにお持ちしましょうか?」  そう言って薄く笑う男の顔には、すでに大勢の命を手にかけたような暗い痕跡があった。  ああ、こういう奴には逆らわない方がいい。  こういう、人の命の価値を知らねーやつに、俺の価値観は通用しない。  この男なら、きっと本当に、何の躊躇いもなく孤児院に火を放つだろう。  中にどれだけの人がいても。 「……分かった。言う通りにする。だから誰にも手を出さないでくれ」  俺の返事に、男は満足げに微笑んだ。 「頭の良い方ですね、僕の部下に欲しいくらいです。では、わかっていただけたようなので、僕は退散しますね。……ごゆっくりお楽しみください」  ニタリと口角だけをあげて細身の男が出て行く。  だが、男の冷たい瞳は最初から最後まで、少しも笑う様子はなかった。  キキィィ……と鉄製の扉の軋む音の後に、ゴドンッと重い音が腹に響く。  ガチャリと外からかけられた鍵は、決して内側からは開けられない事を示していた。  まるで最後通告のような冷え切った音が耳にこびりついて、俺の心を凍らせてゆく。  地下牢は、また俺と警備隊長の二人きりに戻った。  だけど、俺の気持ちはさっきとは百八十度変わっていた。  さっきまで、俺はギルが来るのを心待ちにしていた。  早く会いたいと、その顔が見たいと思ってたのに……。  今は、ギルが来てしまうのが怖くて仕方なかった。 「ああゼス、お前は美しいだけでなく、心の優しい子だなぁ……?」  そうやって俺を脅しておいて、よく言うよな。  警備隊長のニヤけた顔が俺の胸元へ覆い被さって、俺の肌へと舌を這わせる。  ぬるりとした温かいものが俺の体を忙しなくあちこち吸い上げてゆく。  ああ、ギルが俺に優しく残してくれた印は、こんな奴に全部消されてしまうのか……。  ギルは、こんな風に色を変えた俺を見て、どう思うかな。  ……きっと悲しむだろうな。  あの蜂蜜色の瞳に悲しみや苦しみが宿るのを見るのは、俺はどうも慣れないんだ。  ……なのに、俺は……。  それ以上にギルを深く傷付けなきゃなんねーのかよ……。  あの優しいギルに……、俺を助けに来てくれるギルに、俺は、自分からこの男に抱かれていると言わなきゃなんねーなんてな……。  吐き気を伴うほどの重い気持ちが、腹の底を暗く澱ませてゆく。  もう俺は、アイツをこれ以上傷付けたくねーのに……。  俺の言葉に、ギルはどんなにショックを受けるだろう。  俺に裏切られたと、そう思うだろうな……。 「ああ、私の愛の花弁を散らしたお前は、本当に、なんと愛らしいことか……」  おっさんの満足げな声に視線を落とせば、俺の体は鬱血痕でいっぱいになっていた。 「……あぁ……」  あまりの残念さに漏らした俺の声は、ご機嫌な隊長には感嘆の声にでも聞こえたんだろう。  隊長は嬉々としてそこらに散らばる長い縄を構えると、鼻の頭を膨らませて言う。 「さぁ、お前のその白い肌と黒髪によく映える、真紅の縄でお前を飾ってやろうなぁ?」  やっぱそーくるよなぁ……。  俺は心を無にして、真っ赤な縄に両腕の自由を奪われるのを受け入れる。  口にも赤い縄を猿轡のように噛まされた。  この縄を、このおっさんの行為をただ受け入れる以外の選択肢は、俺には残されていない。  おっさんは真剣な顔で縄のねじれだとかに気を配りながら、俺の全身の自由をくまなく奪うように何度も何度もあちこちを結びながら縄をかけてゆく。  両脚は大きく開かされて、まるでカエルのように片足ずつを束ねられた。  その上で、閉じることも捻ることもできないよう固定される。  これは……厳しいな……。  この姿勢じゃ俺の股関節が数時間も持たねーぞ……。  焦りが冷や汗になって俺の背に滲む。  一瞬、早く助けが来ますようにと祈りそうになって、いや、ギルを悲しませたくないとそれを打ち消す。 「完成だ、ああ……何と美しい姿だ……」  隊長はうっとりと俺を眺めて、満足げに八の字の髭をくるくると指でいじる。 「よしよし、早速吊り上げてやろうなぁ……?」  ねちゃりとした隊長の声色に、痛みを予感する。  けれど、身を震わせる自由すら、俺には残されていなかった。

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