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真面目に証拠を集めろ!
「……つっても、証拠は何にもねーだろ?」
ようやく咳の治まった俺の言葉に、ギルは小さく笑った。
「証拠なんて要らない。貴方が頷いてくれればそれでいい。貴方が……セレスティアなんだろう?」
愛しげに俺を見つめる蜂蜜色の瞳が、懇願を浮かべて瞬いた。
おい視察隊、要らないとか言うな。真面目に証拠を集めろ!
「ダメだギル。俺の正体を暴いたって、困るのはお前なんだぞ?」
「私は何も困らない。家と貴方ならば、天秤に乗せるまでもない」
ちょっ、こいつ家ごと捨てる気か!?
「そーはいかねーって。ギルが今日までずっと努力して守ってきた場所だろ?」
「私には、貴方さえいればいい」
俺への偏愛が偏りすぎてんだが!?
「……ギル……」
俺は困り果てて、駄々をこねる義兄を見上げる。
「貴方が、セレスティアなんだろう?」
認めてくれと切実に願うその声に、俺は首を振った。
「その問いに俺が頷く事は一生ねーよ。いまさら証拠だって何にもねーだろ。第一、証拠があったとして、立場が悪くなんのはギルじゃねーか」
ギルは小さくため息を吐くと俺をじっと見つめて言う。
「……それだけ分かっていて……、どうしてあの時、家を出たんだ。自分は男だって、私よりも正当な後継者なんだって言えばよかっただろう?」
「お前みてーに後ろ盾のある奴はそうかもしんねーけど、俺はあそこで名乗ったって、どうせ握りつぶされて終わりだった」
だけど、それだけじゃない。
俺は、頑張るお前にこそ、当主になってほしかった。
お前の居場所を、奪いたくなかったんだ……。
「そんな事はない! 本当のことを話してくれたら、私が……私があなたを……っ」
ギルの握りしめた拳が震える。
ああ、そうだな……悔しいよな。
本当はギルもわかってんだろ。
今ならそう出来るかも知んねーけど、あの時の俺達はまだ九歳と十二歳で、頭も、力も、心も、何もかもが未熟だった。
……俺も悔しかったよ。
ギルの妹として、ずっとギルの側にいてやれないってことが。
俺が、本当は女じゃないって事が……。
俺はソファに膝立ちをして、今にも後悔に押し潰されそうなギルの頭をそっと胸に抱き寄せた。
「いーんだよ、俺はもう。あん時の、俺を助けようとしてくれたギルの気持ちは嬉しかった。今のギルの気持ちも嬉しいよ。だからもういいんだ。俺はもうあの家には戻らない」
小さな子に言い聞かせるように、ひとつずつゆっくりと伝えると、ギルの腕が俺の腰をぎゅうっと抱きしめた。
「……いやだ……」
ギルは俺の胸に顔を寄せたまま、弱々しく首を振った。
「嫌だ……、私は……、私は貴方と……もう二度と離れたくない……」
揺れる声と胸元にしみ込む熱に、ギルは泣いているんだと分かった。
俺と離れるのが嫌だと言って俺にしがみついて泣くギルは、あの屋敷に連れてこられてすぐの、親を恋しがって泣いていた頃と何も変わらないように見えた。
「ったく、しょーがねーな……。ほら、よしよし、元気出せって、俺が慰めてやっから。な?」
俺は両手でギルの両頬を包むと、屈んで目を合わせる。
やはりギルの蜂蜜色の瞳はあの頃のように涙に濡れていた。
俺はあの頃のようにギルの涙を優しく拭って、額や、瞼を、そっと唇で撫でる。
ズビ、と鼻を鳴らしたギルが、潤んだ瞳のまま俺をじっと見つめる。
「セレスティア……」
「セレスティアは十六年前に死んだよ。今の俺はゼスだ」
俺の言葉に、ギルが切なげに眉を寄せる。
「っ、ゼス……っ、好きだ……、愛している……」
告白と同時にギルに唇を塞がれて、俺は瞬いた。
は!? 結局どっちでもいーのかよっ!?
「私には、貴方だけだ……」
ぎゅうっと強く抱き締めてくるギルに耳元で切なげに囁かれて、俺はようやく理解する。
セレスティアと俺を分けて考えてんのは俺だけで、ギルの中では最初からずっと、俺は一人なんだ……。
呼び名なんてギルにとっては些細な事なのかもしれない。
ギルは結局、俺であれば、女だろうと男だろうと、どうでも良かったのか……。
「ハハッ……」
あまりの安堵に溢れた笑いは、自嘲のようなものだった。
「ゼス……?」
俺は、俺を心配そうに見つめる優しい蜂蜜色の瞳を見つめ返す。
……本当は怖かったんだ。
ずっとずっと、怖かった。
ギルに本当の事を知られたら、どう思われるんだろうって……。
屋敷では、俺が男だと知られたら今度はギルが、今までの俺のような辛い思いをしてしまうんじゃないかって、怖くてたまらなかった。
俺がギルの居場所を奪うなんて、そんなこと、絶対に耐えられなかった……。
だから逃げた。
ギルに本当のことを知られてしまう前に。
妹だと思ってた子が、ずっと女装してた男だなんて。
ギルに気持ち悪いと思われてしまったら、俺はもう生きていけなかったから。
十六年ぶりに会ったギルは、居なくなったセレスティアに執着しすぎてヤバイ奴になってた。
それでも、そんなに思ってもらえていたことが、心の底では嬉しかった。
だからこそ……余計に言えなかった。
ギルにだけは、嫌われたくなかったから……。
なんだ……。
「俺って奴は、ギルに嫌われたくなくて逃げ回ってた、最低の意気地なしだったんだな……」
思わずこぼした自虐の言葉に、ギルがピタと動きを止めた。
「……ゼス……?」
「ん?」
「それではまるで……、ゼスが私の事を好いているように聞こえるのだが……?」
「……っ!?」
言われて初めて気付いた事実に、俺の心臓が大きく跳ねた。
顔があっという間に熱くなる。
「俺が…………、俺が、ギルを…………好き……?」
自覚した途端、身体中が熱くなって、もう茹で上がりそうだ。
ふらりとめまいに傾いだ体を、ギルの太い腕ががっしりと抱き止めると、俺をひょいと膝の上に抱き上げる。
「ゼス! ああ、なんて愛らしいんだ……っ! もう絶対に……絶対に、二度と離すものか!」
泣き笑いみたいな顔をしたギルが、俺をぎゅうっと抱き締めてから、至る所に口付けを降らせてくる。
仕草は可愛いんだが、言葉は結構ずっしり束縛の匂いを漂わせてんな……。
「ゼス、貴方を抱いても良いだろうか?」
真摯に尋ねられて、俺は苦笑を返す。
「おうよ、慰めてやるって言ったろ? けどな、俺に慰められるって事は、ギルは俺を屋敷に連れ帰るのは諦めるって事だぞ……? 分かってんな?」
俺の確認に、ギルは悲しげに眉を寄せると、ぎゅっと唇を噛んで俯いた。
そんな拗ねた顔もくっそ可愛いな。
そう思ってしまってから、気付く。
そうか、こんな風に思うのも、俺がギルを好きだったからか。
俺はギルの膝の上で食いかけのパンを胃に詰め込むと、苦笑しながら立ち上がる。
元から一日で一食か二食の俺の身体は丸一日寝た後でも十分食いもんを受け付けたし、今度は食い過ぎねーよーにしたので、すぐヤれんだろ。
ギルの腕から出て行こうとする俺を、ギルが悲痛な表情で見上げた。
……っ、何だよその顔、そんな……今にも泣きそうな顔するなんて卑怯だぞ……?
「そんな顔したってダメだかんな? ギルが約束するまで俺には触らせねーかんな」
そう宣言しねーと許してしまいそうなくらい、俺はギルのその顔に弱い。
俺は立ち上がったまま、口の中を綺麗にするように水を飲み干すと、部屋のランプの光量を落として大きめのベッドに上がった。
さっきギルの膝に乗ってた時、既に俺のケツにはゴリッとしたモンが当たってたんだよな。
俺は、ギルの視線が俺をしっかり捉えているのを確かめながら、ベッドに横たわる。
解かれていた黒髪を胸元に流して、首元の紐をゆっくり解く。
チラリと深くまで覗けるようになった肌が決して見え過ぎないように、手入れに気を遣ってる艶々の黒髪でほんの少し隠す。
ギルの喉がゴクリと鳴る小さな音に、俺の心臓も小さく跳ねる。
ギルの熱い視線が注がれているのを感じながら、俺はシャツをずらして肩を片方だけ出して、落としたランプの明かりに磨き上げた白肌の輪郭を浮き上がらせた。
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