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裏切られた心
***
俺が次に目を開いた時、部屋には俺と、見慣れない侍女が一人いるだけだった。
「……ん……ギル、は……?」
昨夜は声を上げすぎたのか、俺の喉はガラガラに掠れている。
「ゼス様、おはようございます。私はギルフォード様からゼス様のお世話を言いつかっております、マリーと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「え……あ……。よろしく……」
侍女から水を受け取ろうと体を動かした途端、左足首がずしりと重く感じた。
次いで、ジャラリという金属音がする。
……マジかよ……。
一瞬で凍りついた心を少しでも宥めようと、俺は水を飲みながら部屋を見回す。
部屋にはやはり窓も時計も無く、浴室とトイレへ続く扉の他に扉は見当たらない。
認めたくない現実に激しく拍動する心臓に気づかないフリをして、俺はベッドを出る。
俺の左足首には足枷がつけられており、ジャラジャラと音を立てる重い鎖が繋がっていた。
俺は鎖の存在を無視するようにして、重い足を無理矢理動かして、壁にかかっていたやたら大きな飾り布をめくってみる。
そこにあったのは、どう見ても重そうな鉄の扉だった。
当然のように鍵がしっかりとかけられていて、押しても引いてもビクともしない。
俺は『やっぱりそうか……』と思った。
それと同時に、心の隅でまだ『そんなまさか……』と思っている自分がいる。
俺はそんなバカな自分を嘲笑った。
『そんなまさか』じゃねーだろ。
足首には足枷が付いて、そっからベッド脇の壁に鎖が繋がってて、重い鉄の扉は隠されてて開きそうにもねぇ。
これでよくまだ『まさか』なんて思えるよな。
本当に、俺はつくづく救えねーバカだ……。
今までこんだけ散々人に騙されてきたのに、義兄だからってだけで信じて、こんな手に……こんなにもあっさり引っかかるなんてさ……。
ギルを信じた自分は間違っていたんだと。
俺はギルに裏切られたんだという事実に、心だけでなく手足までもが冷え切ってゆく。
全身の力が抜けて、冷たい鉄の扉に縋るようにしてずるずると石の床にへたり込んだ俺に、マリーと名乗った女が声をかけた。
「ゼス様、発言をお許しいただけますか?」
俺はとても答える気になれなくて、そのまま項垂れていた。
立ち上がる気力も、顔を上げる気力もねーけど……そんな必要もねーよな……。
だって……、俺は、ギルに……一方的に……監禁されてんだからな……。
どのくらいの時間が経っただろうか。
時計のない部屋で二度も目を覚ました俺には、もう今が朝なのか昼なのか夜なのかすら分からない。
「僭越ながら申し上げます」
人の声が耳に入って、ああ、この部屋には俺一人じゃなかったんだっけな、なんてぼんやりと思う。
「ここは、とある屋敷の地下室です」
……だろうな。
窓もねーし、外の音もまるで聞こえねーし……。
「ギルフォード様は、ゼス様がこちらで快適にお過ごしになれるよう、私をお呼びになりました」
言われて、侍女の姿をよく見れば、見覚えのある侍女服はヴィブロンド家のもののようだ。
……何だあいつ、わざわざあんな遠くから人を呼んだのか……?
「私は若輩者ですが、これでもギルフォード様に屋敷で一番信頼を置かれている自負があります」
そう言うマリーは、確かに頭の良さそうな顔をしている。
ああ、よく見たら顔の真ん中にそばかすがあるな。
それに明るい茶色の髪と緑の瞳は、なんだか……、ああ、俺の乳母をしてくれていたミリーナさんに似ている……。
「お気づきですか? 私の母はミリーナです」
小さく微笑んだ彼女の笑顔は、俺の中の朧げな記憶の彼女と確かに重なった。
「っ! ぁ……、その、ミリーナさんは、お元気だろうか」
「はい、今は元気にしております。ですが、セレスティア様のいない屋敷に戻った母は酷く打ちひしがれていました……。私は、あの頃の母の姿を、今でも忘れられません……」
うっ、ここにも俺のせいで嫌な思い出を抱えた人が……。
ミリーナさんは丁度俺が木から落ちた日の前日から二泊の予定で帰省してたんだよな。
俺を追い出したあいつらには、俺に味方のいないあのタイミングがちょうど良かったんだろう。
「……ゼス様、ギルフォード様は決してゼス様に乱暴なことはなさいません」
まっすぐ見つめられて、マリーに手を差し出される。
「そんなところにお座りになっていてはお体を冷やしてしまいます、どうぞこちらへ」
言われて、俺はのろのろとその手を掴んだ。
ああ、熱い手だ。
そう感じる程に、俺の体は冷え切っていたんだろう。
ソファーに座らされて、毛布で包まれる。
いつの間に準備されていたのか、テーブルには湯気の上がるティーカップがあった。
それをちびちびと飲んでいると、少しずつ体が温まってくる。
「なぁマリー……、俺は……一生ここから出られねーのかな……」
「いいえ、今しばらくのご辛抱です。どうか私と母に免じて、こちらで共にお過ごしいただけませんか?」
そんなん、嫌だっつったところで、俺の足にはガッツリ足枷が付いてんじゃねーかよ……。
はぁぁぁぁぁ……。
ギルは、何でまたこんな強引な手に出たんだかな……。
それほどまでに、俺をもう一度見失うのが、怖かったのか……?
にしてもこれはやり過ぎだろーがよ……。
俺は半眼で足首を眺める。
肌に傷がつかないようにと綿の入ったクッションの上から咬まされた足枷は、しかし鍵がなくてはとても外せそうにないほど頑丈だ。
そこから伸びる鎖は、石壁の一部にガッチリと固定されている。
鎖は長く、トイレにも十分届く長さのようだが、扉の外へは三歩も出れば終わりだろう。
あーあ……。
ギルだけは……、俺の自由を奪わねーでいてくれるんだって、思ったのにな……。
……全部、俺の勘違いだったな……。
俺は苦くて重い気持ちを呑み込むようにして、ちびちびとカップのお茶を飲み込んだ。
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