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見落としていた事
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翌朝、早朝に近い時間に顔を出したギルに、俺は怒鳴った。
「テメェ何勝手に俺を繋いでんだよ!!」
「ゼス……、本当にすまない……」
ギルが言うには、酒場のマスターには事情を説明してあるらしい。
だから安心してくれなんて言われたが、そんなん全然安心できねーって。
それって、マスターが俺を助けにくる可能性は無くなったって事だろ?
つーか、お前一体なんて説明したんだよ。
足枷を外せと言っても首を縦に振らないギルに俺はキレて、じゃあせめて殴らせろと叫んだら、ギルは素直にその顔を差し出してきた。
床に両膝をついて両腕を後ろに回し、俺を見上げて歯を食いしばったギルは、何だかとても疲れた顔をしていた。
「何発殴ってもいいんだな!?」
「ああ、ゼスの好きにしてくれ……」
ギルが諦めるように瞳を閉じる。
ギルの綺麗に整った顔を目がけて拳を振り下ろしてみる。
ギルはやっぱり避けようとはしなかった。
俺は拳を解いてため息を吐くと、ギルの頬を両手でペチンと強めに包む。
「はぁ……ったく、何してんだよ、ギル……」
ギルは「本当に、申し訳ない……」とただただ俺に謝るばかりで、それ以上何も言ってくれなかった。
「じゃあせめて、この部屋に時計と暦を持ってきてくれ」
ギルは「わかった、翌朝には届ける」と苦しげに微笑んで、約束通り翌朝にはそれらを持ってきてくれた。
そんな日が、三日、四日と過ぎてゆくと、今度は運動不足に苛立ちが募ってくる。
一日に三食も出されて食っちゃ寝してたら俺の美ボディが維持できねーだろ!!
かと言って、せっかく出された食い物を残すのも気が引けるしさ。
そりゃ室内でできるようなトレーニングはしちゃいるけどさ、そろそろ俺は! 外を! 思いっきり、走り回りてーんだよ!!
それに、ギルは毎日朝早くに来て、それっきりなんだよな。
俺はてっきり、こんなとこに閉じ込められたんだし、そりゃ夜は毎晩ギルに激しく抱かれるんだろうと思ってたのに、あれから一度もねーってどういう事なんだよっ!?
それに、もう一週間以上孤児院のチビ達の顔を見てねーし、あいつら俺の事心配してねーかな……。
ギルが、ちゃんとチビ達にも心配しないよう言ってんだろうか。
そんな風に不満を募らせながらも、俺はもうあと少しと繰り返すマリーと、毎日欠かさず会いに来るギルに免じて渋々監禁生活を送っていた。
そんな日の午後、用を足していた俺の耳に人の話し声が入った。
浴室とトイレのある部屋には上の方に通気口があるんだよな。
たまたま近くを通った奴の会話だろうが、それは急くような足音と共に危機感を帯びた声だった。
集まり次第出発するとか、何番隊がどうとか、そんな話し声の中に『孤児院』という単語があった。
この町はそこそこでかい町のくせに、孤児院が一つしかない。
死にかけてた俺が拾われて、十三歳までお世話になった、あの初老のシスターとチビ達がいる、孤児院しか……。
孤児院に何があった……!?
俺は居ても立っても居られず、部屋を抜け出す算段を立てる。
足に繋がる鎖を抱えて音を立てずに部屋に戻れば、部屋では丁度マリーが俺の昼食を受け取ろうとしているところだった。
閉じられようとしている扉へ、俺は音もなくするりと滑り込む。
「ゼス様!?」
部屋の中から驚いた声を上げるマリーに「離れてろ!」と叫ぶと、俺は力一杯鉄の扉を閉めた。
ガチャンッギャリリリィッ!
耳障りな音を立てて、俺の足を壁に繋いでいた鎖がへしゃげる。
よし、砕けた!
俺はそれを確認すると、唖然としている料理を運んできたらしき男の横を通り抜けて、裸足で石の廊下を駆け抜ける。
あの部屋には、スリッパはあっても俺の靴はどこにもなかった。
「ゼス様っ! お待ちくださいっ!!」
マリーの悲痛な声を背に聞きながらも、俺は振り返る事なく走った。
俺がいたのは警備隊舎に程近い屋敷の一角だった。
……つーかこの屋敷って警備隊長の屋敷じゃねーかよ。
隊長には奥さんや子がいたから、俺が屋敷に呼ばれることは一度もなかったけど、なかなか立派な屋敷に住んでたんだな。
今は隊長が捕まったせいで、一時的に国の預かりとなっていたんだろうか。
それをギルが利用した、と。
俺は町へ飛び出すと、裏道を辿って孤児院へと走った。
「ようゼス」
「久しぶりじゃねーか」
「どこにいたんだよ」
そんな言葉を無視して、町の端まで走り抜けると、町外れの丘に建つ孤児院が見えてくる。
遠目からは、孤児院自体に放火の跡や惨劇の跡は見当たらない。
走りながら、ふと、俺の頭に疑問が浮かんだ。
そもそも何でギルは俺を捕まえる必要があったんだ……?
俺を誰にも触らせねーで、自分のもんにしたい。
ギルのそのずっしりと重い感情には気づいていたが、そのために捕まえたにしちゃこの十日近く俺を一度も抱かないなんて、やってることが矛盾してんだろ。
ギルに罪悪感があったとはいえ……。
いや、じゃあなんでわざわざギルは罪悪感を感じるような真似を、俺に……?
……待てよ……?
俺は……何か、大事なことを見落としてんじゃねーのか……?
答えが出るより先に、俺の足は慣れた道を通って孤児院の外門を潜っていた。
「あれ? ゼスー?」
「ゼスだー、どしたの?」
七歳のミリアとロドルが俺を見つけて駆け寄ってくる。
その後ろから来た八歳のラエルは、俺を見て不安そうな顔をした。
「ゼス……? ギルさんはまだしばらく会えないって言ってたのに……、ここに来て大丈夫なの?」
大丈夫……? って、ラエルは俺の何を心配してんだ?
「ゼス、お夕飯食べてってよ!」
「食べてってーっ」
ミリアとロドルが俺の両手にぶら下がる。
「ああ? いーのか?」
「いーよっ、最近ねー、ギルおじちゃんがいっぱい食べるものくれるの!」
「そーだよ、あのね、ご飯が三回あるんだよっ」
そうか、ギルが……。
「んじゃ、いただいてくかな」
俺は笑って答えながらも、さっきの通気口から聞こえた会話を頭の中で反芻する。
「わーいっ」
「やったーっ! ゼスとご飯だーっ」
二人にグイグイ引っ張られて、俺は孤児院へと歩き出す。
「ちょっと二人とも、遊んだあとはお片づけでしょ?」
ラエルが、自分もやりたくないだろうに、二人に小言を言って地面に散らばった潰れかけたボールを拾いに駆け出す。
「え、ゼス……? その足、どうし……きゃっ!」
不意に感じた鋭い殺気に俺が振り返った時には、ラエルは物陰に潜んでいたらしい男に首を掴まれていた。
掴まれたラエルの細い首には、紫色の液体が塗られたいかにもヤバげな短剣が突き付けられている。
なんだあれ、毒かよ……殺る気満々過ぎんだろ……。
「ああ……ゼス……久しぶりだなぁ……?」
男は据えた瞳で俺をギラリと睨むと、にちゃりと粘つくよう歪んだ笑みを浮かべた。
「私が今日までどれほどお前に会いたかったか、分かるかぁ……?」
「……警備隊長……。どうしてここに……」
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