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俺の諦め*
警備隊長はあの日見た隊服の裾をボロボロに汚しながらも、あの日と同じ欲を浮かべた瞳で俺を舐めるように視姦する。
「っ……」
ぞくりと悪寒が背筋を走るのに堪えながら、俺は二人の手を孤児院の方へ払って「中に入っとけ」と言う。
「う、うんっ」
「ゼス……怪我しないで……」
バタンと孤児院の扉が閉まる音に、ほんの少しだけホッとする。
「おやぁ……? ゼス……お前、裸足じゃないか。それにその足枷はどうしたんだ? お前は人気者でいけないね。今まで私以外の誰に拘束されていたんだ……?」
男の瞳に隠しきれない嫉妬が滲む。
ギルが浮かべる嫉妬は愛しくすら思ってしまうのに、この男が浮かべたそれはゾッとするほど汚い感情に見えた。
「ラエルを放してくれ。俺は何だってする」
「ああ、お前はいつも従順で可愛いなぁ……さあおいで、ゼス……」
俺が慎重に進めば、足首でチャリと少し残った鎖が小さく音を立てた。
そっか……。
この鎖は、俺がこうならないために……。
俺がうっかりあそこから飛び出さないようにって、心苦しいのを我慢して、ギルがつけてくれてたお守りだったんだな……。
それに気づくと、足首でずっしりとした重みを主張する足枷も、何だか少しだけ愛しく思えてしまった。
隊長は、俺が逃げ出さないよう俺を地面にうつ伏せにさせると、俺の背を靴で踏み付けしっかりと体重をかけてから、ようやくラエルを離した。
「ゼスっ!」
「中に、入っと……っぐっ……」
さらに隊長に体重を乗せられると、俺は肺ごと潰れて息ができなくなった。
ラエルが俺を振り返りながらも孤児院へと駆け出す。
チビ達は、俺のそばにいないことが一番俺のためになるってわかってんだけ頭がいい。
「ああ、苦しいかい? けれど私のここ数日の苦しみに比べれば、その程度なんてことはないからなぁ」
隊長は、私は親族の笑い物だとか何も悪いことはしていないとか全部ゼスが美し過ぎるのが悪いんだとか、そんな恨み言を俺にぶつけながら、俺を仰向けにして跨ると俺の服を剥ぎ取る。
俺の両腕は俺自身の服で縛られた。
片手はいやらしく俺の肌を弄る癖に、もう片方の手に握った短剣の切先は、常に俺の心臓を狙っている。
「でももういいんだよ、お前がこうやって、私の腕に戻ってきてくれたからねぇ? 最後にお前をたっぷり味わったら、お前を殺して私も死ぬ」
俺を巻き込むんじゃねーよ!
お前一人で死ね!!
……くそっ、俺にできんのは時間稼ぎくらいか……。
あの時の兵達の言葉が正しければ、兵達は孤児院に来るはずだ。
おそらくどこからか警備隊長……いや、元警備隊長か、この男が孤児院に潜んでいると掴んだんだろう。
俺は、元警備隊長がなるべく余計なことを考えないように、元警備隊長の好む楚々とした恥じらいの姿を見せながらも、なるべく可愛らしく喘ぐ。
あー……くっそ……、孤児院から誰ものぞいてねーだろーな。
こんな青姦チビ達に見られたら……マジで恥ずかしいんだが……?
「ゼス、怖がる必要はない、美しいお前の身体は、向こうでまた、私が存分に、可愛がってやるからな……?」
はぁ!? 死んでもお前に嬲られ続けるなんて、絶対にお断りだ!
くっそ……なんとかなんねーのかよ……っ!
チラチラと視界で揺らめく短剣からは知った臭いが漂っている。
あー……この毒じゃ、刺されて一時間ともたずに死ぬな……。
解毒剤を作るには……。
俺は時々可愛らしく喘ぐ演技を入れつつも、幼い頃に繰り返し毒を盛られた経験を思い出す。
あの頃、庭で野草を集めては、母とミリーナと一緒におままごとがわりに何度も作って練習した。
この時期なら、ちょうどこの庭にも材料が揃ってるかも知れない。
「ああ、イイ……、やはり、ゼスの身体は、最高だ……っ」
おいっ速度を上げんじゃねーよっ!
もうフィニッシュかよっ!? 早すぎんだろっっっ!?
逃亡生活で溜まっていたのか、男は額に汗を滲ませて夢中で俺を貪る。
大きく揺さぶられる度、俺に触れそうになる短剣の切先に冷や汗が滲む。
くそっ、このままコイツと心中しかねーのかよっ!?
ぐん、と男の物が俺の内側で大きく膨らむ。
それに合わせるようにして、男が恍惚とした表情で短剣を振りかぶった。
――もうダメだ――……。
「っ、ギル……っ」
俺の口から溢れたのは、ギルの名だった。
ごめんな、勝手に抜け出して。
ごめんな、勝手に死んで。
せっかくお前が、十六年もかけて……、俺を見つけて、くれたのにな……。
「シュルツヴァル! 私のゼスに触れるな!!」
ゾッとするほどの殺気と共に地を這うような低い声で怒鳴りつけられて、俺と男は思わずそちらを見てしまった。
そこには鬼のような形相でこちらに駆けて来るギルの姿があった。
「お、お前は……」
ギルの物凄い威圧を浴びて、男がガタガタと震え出す。
それでも男は短剣を必死で両手に握り締めると、俺に向かって振り下ろす。
俺は何とか身を捩ってそれをかわす。
ずるりと俺の中から男のモノが抜け落ちる。
次の瞬間、ものすごい勢いで駆けて来たギルが、男を俺の上から蹴り飛ばした。
すげー勢いでゴロゴロゴロゴロ転がってった男が孤児院の端の柵にガシャンとぶつかってようやく止まる。
「ゼス、怪我は――……」
ギルの言葉は、そこまでで途切れた。
俺の姿にギルは一瞬酷く傷付いた顔をして、それからすぐに俺の腕の拘束を外して、上着を脱いで俺にかけてくれた。
ギルの膝上丈のガッチリした上着は、俺には大きくて、一枚で十分に全身が隠せた。
立ちあがろうとすると、俺の中にたっぷりと吐き出された男の精が、俺の足を伝って落ちる。
「……っ」
俺は、恥ずかしさと悔しさと居た堪れなさで、その場にしゃがみ込んだ。
「ゼス……」
ギルはどうしたら良いのか分からないみたいな情けない声で、俺の名を呼ぶ。
ボタボタと地面にあの男の精を落としながら、俺はしゃがみ込んだままで尋ねた。
「……なんで、俺に何も言わなかったんだよ……」
「あの日からシュルツヴァルが逃げたままで、まだ捕まってないと知れば、貴方が町を出てしまうと思った……」
……そりゃまあ……な。
あの元警備隊長が執着してんのは俺だ。
俺さえ町にいなけりゃ、孤児院の皆が巻き込まれる必要もねーだろうし……。
俺なら出て行ってたな。確実に、町から。
「けれど、ゼスが町に留まれば、シュルツヴァルは必ず君を狙うだろうと思った」
「そんなん逆に、俺を囮にして捕まえりゃいーじゃねーかよ」
「……やはりゼスはそう言うだろう……? だから、隠しておきたかったんだ……」
ぎゅっと握り締められたギルの手は、後悔に震えていた。
「なのに……、なのに、結局私は……、ゼスを傷付けるばかりで……、ゼスを……守れなかった……」
ぽた。と俺の目の前に降ってきたのは、小さくて透明な雫だった。
地面に落ちた雫に、小さく丸く地が色を変えるのを見つめて、それから俺は苦笑を浮かべてギルへと手を伸ばす。
「……泣くなよ、ギルは間に合ったじゃねーか」
「こんな……こんな目に遭わせてしまう前に、貴方を、救いたかった、のに……っ」
悔しくてたまらない様子でボロボロ涙をこぼす蜂蜜色の瞳が、俺にはどうにも愛しくてたまらない。
「ほら、来いよ、慰めてやるから」
呼べば、ギルは素直に俺の前にしゃがみ込む。
そんなところもたまらなく可愛い。
「ゼス……、本当に、すまなかった……」
俺はギルの優しいミルクティー色をした髪をよしよしと撫でてやる。
「もう二度と、貴方を危険な目に遭わせたくなくて……、だから、言えなかった……のに、こんな……っ。私の身勝手で、貴方を傷付けて……ゼスを守れなくて、本当に、すまない……っ」
「そんな泣くなよ、もーいーって。俺は気にしてねーから。こんなん風呂に入りゃ元通りだよ」
ギルの涙を拭いながら、俺がニッと笑って言うと、ギルはきょとんと瞬いて、それからめちゃくちゃ真剣な顔になった。
「ではすぐに風呂の準備をしよう」
宣言でもするかのように言い切って、ギルが俺を横抱きに抱え上げる。
「うぉいっ、今抱えたら、お前の上着が汚れっちまうぞ!?」
あの男の精液が、まだ俺のナカから溢れてんだけど!?
「そんなの構わない。ゼスが一刻も早く元に戻る方が大事だ」
そこにようやく警備兵達が駆け付けてきた。
おいおい、ギルは一体どんだけ兵隊達をぶっちぎって一人で全力疾走して来たんだ!?
そのさらに後ろには、ぜぇはぁと派手に肩で息をしているマリーの姿もある。
ああそっか、あれからマリーは俺のことをギルに話して、俺の事を心配して、必死で走ってきてくれたのか……。
確かに俺は裏道や抜け道を駆使して相当な速さで孤児院まできたからなぁ……。
もっとゆっくり来りゃよかったな。
ギルをもう少しだけ、俺がちゃんと、信じてやれてれば……。
あの時も今も、結局は俺がもっとギルの心を信じていれば、こんな事にはならなかったんだろうか……。
ギルは俺を抱き抱えたまま兵達を一瞥すると「シュルツヴァルを捕縛しろ!」と命令を下して男が吹き飛んだ方向を見る。
しかし、そこに男の姿は無かった。
不意に背後に粘ついた殺気を感じて、悪寒と共に振り返る。
「ゼス様っ!」
マリーの悲痛な叫びが響く。
俺の眼前には、毒に濡れた短剣が迫っていた。
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