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一生に一度の願い

 咄嗟に両腕で顔を庇う。  しかし俺の視界は素早く入れ替わり「ぐっ」と声を漏らしたのはギルだった。 「ギル!?」  ギルは俺を庇って背を斜めに裂かれていた。 「このバカが! 俺なんてそこらに放り投げりゃよかっただろ!?」  俺を抱き上げてたせいで、ギルは剣を抜けなかった。  毒が効き始めたのか、ギルがよろめく。  傷は深くはないが広い。  ギルに毒が回るには十分な量だ。  俺はギルの腕から素早く飛び降りると、ギルの剣を「借りるぞ」と抜き取って、尚もしつこく俺を道連れにしようとする男に向けて振り下ろした。  くっそ、長剣ってこんなに重いのかよっ。  男は流石に元警備隊長だけあって、俺の下手な剣を余裕でかわす。 「ゼス、下がれ!」  ギルは苦しげに顔を顰めながらも、俺の手から剣をもぎ取ると男を真っ二つにした。  うわ……。えっぐ……。  純粋な腕力ってすげーな……。 「ぅ、ぐ……っ」  俺の隣に、ギルが片膝をつく。  地面についた剣に縋るような様子は、かなりマズい。  くそっ、毒にやられといて動いたから、回りが早いのか。 「毒、か……」  ギルも気づいたらしく、そう呟いた。 「やっと……、貴方に……、会えた、のに……」  それは俺がさっき思ったのと同じ言葉だった。 「喋んな! じっとしてろ! 俺がぜってー助けてやる!」  俺は駆けつけてきたマリーに、孤児院からチビ達をいるだけ全員連れてこいと指示する。  それから、斬り付けられて露わになったギルの背に口付けると、傷口からなるべく毒を吸い出しては吐き捨てる。 「やめ、て、くれ……ゼスが……」 「うっせー、黙ってろ! ギルは意識を飛ばすんじゃねーぞ!?」  ギルは息を潜めるようにして、視線だけで頷きを返した。  よしいい子だ。そのままじっとしてろよ。  警備兵達が元隊長の死体を片付けるのと同時に、孤児院の扉が開いた。  俺は孤児院からわらわらと庭に駆け出してきた三十人弱のチビ達に、毒がついてる可能性のある範囲を指定して、そこに近寄るなと言い含める。  俺の説明を聞いて、すぐにマリーが地面に線を引いて区切ってくれた。  そして、それぞれの子がよく遊んでいる場所で見つかるだろう毒消しのための薬草をそれぞれに説明して、取ってこいと言って庭に放つ。  チビ達はすぐに庭へと四散した。 「ゼスーっ、これーっ?」 「こりゃ違うな、葉の先にギザギザがねーやつ探して来い」 「わかったーっ」 「これはー?」 「お、正解だ、偉いぞ」 「えへへー」 「もうちょい取ってこれるか?」 「待っててーっ」 「ゼスこれはー?」 「それそれ、よく見つけたな、あと二本探してきてくれ」 「行ってくる!」  チビ達は、ギルに関わった事のない奴までが、一人残らず真剣に薬草を探してくれていた。  そうか、最近ギルのおかげで食事が充実してたっつってたもんな。  俺が孤児院に来れない間、ギルはちゃんと、俺の大事なもんまで守ってくれてたんだな……。 「ゼス、これだよね!?」  全力で駆けて来た子から最後の一本を受け取る。 「よしっ、これで全部だ!」  俺は分量を手と目ではかる。  ギルの体重ならこんくらいはねーとな……。 「ゼス様、こちらを!」  マリーが孤児院から持ってきてくれた布巾に分量分の薬草を包むと、綺麗に洗っておいた石で叩いて潰して汁を出す。  同じく孤児院から拝借した少量の酒を加えて混ぜて……。 「完成だ! ギル飲めるか!?」  ギルは座っていることができなくなって、警備兵に背を支えられてぐったりしていた。  背中の傷は既に消毒され、包帯が巻かれている。  けれど、その唇は既に色を失いかけていた。  くそっ、間に合えよ!!  俺は自分の口に解毒剤を注ぐと、ギルに口付けた。  ぴく、と小さくギルが反応を返す。  頼むっ! 飲み込んでくれ……っ!!  俺が口移しで流し込む解毒剤を、ギルが震える唇を動かして、こく、こく、と何とか飲み込んでくれる。  俺は五回に分けて、何とか無事に全量を飲ませた。  けれど、ギルの様子に変わりはない。  ジリジリとした気分で、俺も警備兵達も、孤児院のチビ達もシスター達もギルを見つめる。  ……こんな時にもあの院長は出てこねーんだな……。  誰一人、言葉を発する事なく時間だけが過ぎてゆく。  吐いてねーし、口ん中には残ってねーし。  作り方も量も間違ってねーはずだ。  なあ、母様、俺ちゃんと作れただろ!?  ギルだって、ちゃんと飲んだだろ!?  くそっ! 早く効いてくれよ!!!  ギル……。  ギル……っ!!  もし本当に神様ってやつがいるんなら、一度くらい、俺の願いだって聞いてくれたって良いだろ……?  頼むよ、ギルを連れて行かないでくれよ……っ!!  母様! ギルを……ギルを助けてくれ……っ!! 「ゼス様、息をなさってください」  マリーに肩を叩かれて、ブハッと息をして、ようやく俺は自分が息を詰めていたことを知る。  肺に大きく息を吸い込むと手足の痺れが遠のいて、ずいぶん長いこと息を止めていたんだと気付かされた。 「大丈夫ですよ、ギルフォード様はゼス様のお願いでしたら何だって叶えてくださいますから」  マリーにそっと背中を押されて、俺はふらふらとギルに近づくと、もう一度ギルの隣に膝をついた。 「ギル……、目を開けてくれよ……」  俺は、ギルの土気色に変わってしまった頬を撫でる。  しかしギルの反応はない。 「くそっ、俺にばっか離れんなって言うくせに……ギルは俺を置いてくのかよ……っ」  俺は両手でペチンとギルの頬を叩く。  それでもギルの反応はない。 「なあ、もう一度……、お前の優しい蜂蜜色の瞳で、俺を見てくれよ。頼むよ、ギル……」  ギルの瞼に願いを込めて口付けると、瞼がぴくりと揺れた。 「ギル!? ギル!」 「ぅ……、ゼス……?」  小さな呻きと共に、ギルの瞼がゆっくりと持ち上がる。  ギルの優しい蜂蜜色の瞳が俺を捉えて、ゆるりと微笑む。  その途端、俺の視界は一気に滲んで歪んでしまった。  わあっと周囲から歓声が上がる。  ……ん?  ……そーいや……皆見てたんだっけな……?  うわ、マジか、え。マジだ、これ……。  俺もしかして、チビ達やシスター達や兵達が皆が見てる前で、ギルに……。  ようやく周りが見えてきて、俺は自分がたいそう恥ずかしい姿を皆に晒していたという事実に気付いた。  慌てて乱暴に涙を拭って立ちあがろうとした俺の腕を、ギルのでっかい手が掴む。 「ゼス……ありがとう、貴方がいなければ、私は命を落とすところだった」 「……そんなん、俺を抱いてなきゃギルなら反撃できたろ? 俺が足引っ張った分、返しただけだよ」 「ゼス、こっちを向いてくれ」 「っ! 嫌だよ! 俺はもう恥ずかしくて恥ずかしくて今すぐここを離れてーんだよ!!」  俺がギルに背を向けたまま叫ぶと「あらあら、まあまあ」とか「私達はお部屋に戻りましょうね」なんてシスター達の声に「えー」「もっと見たーい」「つまんなーい」「こっからがいーとこだったのにー」なんてチビ達の声がぞろぞろと続いた。  すると、警備兵達までが「我々は隊舎に戻っております!」とか「書類は後ほどで構いませんので!」とか色々言いながら足早に去っていってしまった。  いや待てよ、ギルも一緒に連れてけよ。  コイツをここに置いてくなよ……。

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