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第6話 思わぬ提案
その日の前に、私は腰まで伸ばしていた白髪 を切り落とした。
頭を揺らすと顎のあたりで切りそろえられた髪が揺れる。
寝ている時に自分の手で踏んで首を痛めたり、汗を掻いたときに首に張り付く鬱陶しさがなく、頭も軽い。
何より、王太子の婚約者として上手くやれなかった自分とようやく決別出来た気がしてすっきりした。
家族やメイドたちは残念そうにしていたけれど。
絹の様に滑らかな白い長髪がアイデンティティと化していた私は、短い髪で市井を歩いても気づかれなかった。
誰も私を、元王太子の婚約者という目で見ない。
なんと歩きやすいことか。
それと同時に、王太子好み でいた期間がいかに長かったかを思い知る。
13時半にパーラーに入り、アイスコーヒーを頼んで読書に勤しむ。
14時半まで…、彼が来なければ諦めて帰ろう。
そう思っていた。
せっかく王宮の教育を免除され、読書をする時間が出来たからお気に入りの一冊を持ってきたのに、彼が来るか来ないかが気になって、目が文字が追えず滑ってしまう。
諦めて外でも眺めようかと顔を上げた時、お店の窓越しに彼と目が合った。
彼は笑って手を上げると、入り口に向かい、店内に入ってきた。
そのまま、案内する店員を断り、私の目の前の席に座る。
14時の10分前だった。
「久しぶり。
会ってくれるという返事が来て嬉しかった」
「お久しぶりです。
お越しいただきありがとうございます。
あ、何か飲まれますか?」
私がそう訊くと、彼は頷き、店員に「同じものを」と私のグラスを指さした。
店員が立ち去ると、「髪切ったんだね。よく似合ってる」と微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
家族たちの様に”勿体ない”とか”前の方が…”とか言われると思っていた私は少々面喰った。
でも、褒めてくれる方がクロード様らしい。
「ずっと思ってたんだ。
ユーフォルビア様は首が長いから、項を出した方がより美しいって」
思わぬ言葉に、「あ、えっと…、ありがとうございます」と同じ言葉を繰り返す。
「まあ、独身のΩが首を晒すのは危ないんだろうけど…」
「はい」
そこから少し沈黙が流れる。
王宮にいたころは、学校の話や勉強の話、王太子様の話なんかで盛り上がっていた。
けれど、こうして1人のαとΩとして意識してしまうと、少しそわそわして上手く話題が切り出せない。
「あのさ」と、数分の沈黙の後、クロード様が切り出した。
「ずっと、ユーフォルビア様と会って話したかったのは大事な提案をしたかったからなんだ」
意を決したように言われて私は驚く。
普段のクロード様は割とつかみどころのない人で、大事な話を真剣に、なんてしたことがなかった。
「て、提案といいますと?」
私が問うと、彼は自分を落ち着けるように息を吐いてから言った。
「俺と婚約しないか?」
一瞬、音が聞こえなくなる。
こんやく…、婚約?
クロード様と私が?
「婚約?」
「ああ。愚かな王太子のせいで婚約破棄となり、まだ君の心が癒えていないことは重々承知だ。
俺は、毎度毎度未婚の女性やΩたちから大量にアプローチをされ、正直辟易している。
だから、テキトーにその辺の貴族と結婚しようと思ったけれど…、無理だった。
今、貴殿が空いているとなれば、なおさら他の誰かなんて無理だ。
誰でもない、ユーフォルビアがいい」
真っ直ぐにこちらを見つめる深緑と目が合う。
心臓が掴まれたようにぎゅっとなった。
クロード様と…、婚約…
したい。
すぐにでも「はい」と応えたい。
でも…、彼が私を選んだのは…、自分に舞い込んでいる縁談を断る為。
冷水を掛けられたように、熱くなった心臓が冷えていく。
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