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第16話 懐古
身動きが取れないまま、半分ヒートが始まりそうになったころ、漸くクロード様が動き出した。
私の首筋に鼻を埋め、数度息を吸ったところで彼が跳ね起きた。
呆然とした顔の彼と目が合う。
「え…、ユーフォルビア?」
困惑したように呟く彼に「あ、えっと…、目が覚めましたか?」と返す。
「す、すまない!間違えた!」
そう言ってベッドから降りると、そそくさとドアに向かう。
「夕食が出来たら呼ぶように伝えておくから。
それまで自由に過ごしてくれ」
そう早口に言うと、ドアをバタンと閉めて部屋を出て行った。
今度は残された私がポカンとする番だった。
”間違えた”って何の事だろう…
寝ぼけてて…、抱き着いたことを間違えたと言ったのか、それとも…、他の誰かと私を間違えた…、とか?
嫌な想像をしてしまって慌てて頭を振って考えを切り替えた。
そうだったとして、何の問題があるのか。
これは、利害の一致での結婚なんだから…
そう思いたいのに、自分の中のΩ性が”私のαを盗らないで”と訴える。
今日持ってきた薬箱から抑制剤を取り出し、水で流し込む。
火照った身体を休ませるために、再びベッドに仰向けに寝転がった。
少し安静にしていると、どんどん火照りが取れて落ち着いてきた。
それから、まずはリーリアに、そのあとは両親に手紙を書いた。
少し時間が余ったので刺繍の本を読んでいると、メイドが私を呼びに来た。
クロード様と顔を合わせるのは若干気まずいけれど、初めてのこのお屋敷での夕食を断るのは失礼だろう。
整理をしているときに開けたクローゼットにあった、様々な服(外出用から寝間着に下着まで)。
その中からカーディガンだけ拝借した。
あまり汚したくないから着たくないのだけれど、実家より若干冷涼な地域の様で、日が落ちると少し冷える。
ダイニングに着くとクロード様は先に席についていて、私は執事が引いてくれた椅子に座った。
「カーディガン、よく似合っている」
さっきのことには触れずに、嬉しそうにそう言われて、少し頬が熱くなった。
またヒートのような状態がぶり返さないようにしなくては…
「すみません。
勝手にお借りしました」
「いや。あの部屋にあるものは全て、ユーフォルビアのために設 えたものだから、自由に使ってくれ。
足りないものは買いそろえよう」
あれだけもらっておいて足りないものなんてない。
私は首を横に振り「十分すぎるくらいです」と断った。
クロード様のお屋敷での食事はどれも美味しかった。
何より、食材が新鮮だ。
それでそう言うと、「ここで食べる分は全て庭で作らせている。そのために、家より先に畑を作らせたんだ」と言う。
なんと用意周到な…
「すごく美味しいです」
「少し妬けるが、管理者に伝えておこう」
そう言うと、あれもこれもと自分の分まで私が美味しいと言った料理を寄越そうとしてくるので、なんとかそれを断りながら食事をとる。
そして、軽く明日からのスケジュールについて聞いた。
「俺は完全に王宮の仕事から手を引く。
明日からは騎士団の一員として働くことになっているんだ」
思わぬ言葉に私の口からは「そうですか…」という言葉だけが出た。
まさか、クロード様が王家と離縁する決断をされるなんて思ってもみなかった。
「食うに困るような生活はさせない。
が、王族のような豪勢な生活はできなくなるかもしれない」
「王族のような生活なんて望んでません。
私がクロード様と結婚する上で1番悩んだことが、王家との関係が切れないことです。
その心配事がなくなったということは、私にとってはとても嬉しいことですから」
私がそう言うと、彼はほっと息をついた。
「ユーフォルビアが、俺の地位に目が眩むような人ではないと分かってはいるけれど、
俺の価値はほとんどそこ にあるようなものだから」
そう言って遠い目をする彼。
小さい頃はよく、そんな気弱なことをおっしゃっていた。
騎士団に属するようになって、それほど卑下するようなことは言わなくなっていたけれど、幼少期につけられた傷は根深いのだろう。
「クロード様の価値がそれだけなわけありません。
私は、貴方が頑張っていることをちゃんと知ってますし、事実としてその頑張りが今の貴方を形作っているではないですか」
私がそう言うと、彼はハハハと笑うと
「懐かしいな。君はいつもそうやって俺を励ましてくれた」と微笑む。
励ましたつもりはない。
全部事実なんだから。
それでそう言うと、「このやりとりも昔はよくやっていたよな」と言われた。
確かに懐かしい。
王宮では、冷遇されている者同士、支え合って来た。
私は勝手にクロード様を戦友のように思っている節があった。
これも同じ気持ちだったとしたら嬉しいなと、まだ笑っている彼を見て思った。
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