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第26話 孤独と来客
「旦那様は当分泊まり込みのようです」
執事長にそう言われ、私はフォークを置く。
沈んでいく気持ちに蓋をするように「そうですか」と静かに呟いた。
「…、旦那様に帰宅するように伝えた方がよろしいのではないでしょうか」
執事長にそう言われ、私は首を横に振る。
「そんな権限、私にはないですよ。
忙しくしているクロード様の邪魔なんかできません」
「忙しい…、でしょうか。
これは爺の邪推ですが、忙しくはないはずです。
奥様が願えば、簡単に帰ってくることができると思いますが…」
忙しくないのに帰りたくないのなら、それはきっと私のせいだろう。
先日、酔っぱらって彼を誘った。
しっかりと記憶もある。
その時に、きっと幻滅されたんだ。
はしたないΩだと。
「…、他に理由があるなら尚更、私が彼に言えることはありません。
そういえば、領地の税収の件ですが…」
これ以上、クロード様の話をするのが嫌で仕事の話に切り替える。
執事長は少し不服そうにしながらも、私の相談に応えてくれた。
残りの朝食は、私の喉を通らなかった。
一日の業務を終え、湯浴みの支度をする。
どうせクロード様は帰ってこないし、来客もないのに何のために風呂に入るのか…、そんな気持ちになる。
湯浴みを手伝うメイドが「旦那様に帰ってくるようにお伝えした方がよろしいのではないでしょうか」と言う。
「きっとお考えがおありなのでしょう。
私の口から言えることは何もないですよ」と苦笑しながら伝える。
「…、まだお2人は番ではございませんが、愛する人と離れることは心理的にかなりご負担がかかると思います」
「私は平気です。
王宮で相当鍛えられましたから。
私一人では…、領地の民は不安かもしれませんが」
「そんなことはあり得ません!
奥様はとても民から支持されていると思います!
私が言いたいのはそういうことでは…」
眉を下げて泣きそうな顔をしているメイドに「意地悪を言ってごめん」と謝る。
こう言っておけば、この話題は出しづらくなるだろう。
性格が悪くて申し訳ないと思いつつも、やはりこの話題は私の心に黒い澱がたまってしまうから避けたい。
分かっている。
自分が避けられていることくらい。
でも今は…、少しでもそのことから目を逸らしたい。
だって、どうしたらまた帰って来てくれるか、今の私には見当もつかないんだから。
クロード様が帰らなくなって数日が立った。
私室で仕事をしていると、執事長に呼ばれた。
「奥様…、お客様がおいでです」
申し上げにくそうにそう言う彼に「今日は訪問の約束なんてなかったですよね?」と確認を取る。
「え、ええ。本来なら追い返してもよいのですが…、それが王太子様だったもので」
”王太子”
久々にその単語を聞いた。
胸がざらりとする。
が、相手は王族なので追い返すわけにも無視するわけにもいかない。
「分かりました。
王太子様を応接室に案内してください。
私もすぐに向かいますから」
執事長が去った後に、私は手早く身支度を整える。
応接室をノックして中に入ると、彼はソファに腰を下ろし、優雅に紅茶を啜っていた。
「お久しぶりでございます、殿下」
緊張で乾く口を何とか動かして挨拶をする。
彼は「ああ。まずは座りたまえ」と我が物顔で言う。
「失礼します」と言い、私が座るや否や「婚約破棄の次は離縁か。つくづく縁というものに見放されているな」とこちらを蔑むような笑みを浮かべて王太子が言った。
顔を歪めてしまいそうになるのを我慢して「離縁?なんのことでしょう」と微笑む。
瞬間、彼の顔から笑みが消える。
「とぼけても知っているんだぞ。
クロード公が帰っていないのだろう?
婚約破棄されてもなお、王族を誑かして取り入り、果てには家から追い出して涼しい顔で茶を啜っている。
ふてぶてしいΩだ、まったく」
クロード様は、王家の護衛もしている。
だから、王太子も彼が泊まり込みで働いていることを知っているのだろう。
が、私は追い出したつもりも、涼しい顔で茶を啜ってもない。
「私に、誰かを誑かすような見目も、家を乗っ取るような手腕もございません。
殿下が何をおっしゃっているのか、さっぱり分かりません」
「はっ…、虚勢を張ったところで、夫が帰っていないのは事実だろう。
私が見込んだ通り、貴殿に閨の才はないのだろうな」
面倒くさいことになったなと心の中で毒づく。
「失礼ですが殿下。
夫も私も、王家とは縁を切っておりますので…、2人の事は2人で決めます」
私が微笑みを称えて真っ直ぐに彼を見据えると、彼は口角を引きつらせた。
「つくづく可愛げのないΩだ。
が、貴殿の仕事ぶりは認めている。
私の妃として王家に戻る気はないか?
閨事は全てダリアが行うからその心配はいらない。
仕事だけしてくれればいい。どうだ?」
悪い条件ではないだろうと笑顔を浮かべる王太子。
私はようやく、彼の訪問の意図が分かり、その場に頽れそうになった。
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