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第27話 怪我

自分の元婚約者であり、ひいては未来の国王であるこの人が、こんなに愚かだったなんて思わなかった。 私は頭を抱えそうになるのを堪えて、「お言葉ですが」と切り出した。 「仮に万が一…、万が一ですが、私がクロード様と離縁したとして、妃になることはあり得ません。 王家とはすっぱりと縁を切らせて頂いておりますから」 プライドだけは、王族さながらにあると思っていた。 酷い扱いを受けて恨んではいるけれど、その気高さだけは尊敬していた。 なのに…、この人は一度婚約破棄を言い渡した相手に「妃に戻ってくれ」と打診しに来ている。 言い方こそ傲慢だけれど。 いや…、言い方だけは傲慢だからこそ、より格好が悪い。 「ユーフォルビア、虚勢を張って何になる? 貴殿は今、侯爵夫人になれたから、事なきを得たが侯爵と離縁したらもう誰ももらってくれないぞ? だったら今からでも…」 「殿下」 くだらないことをつらつらとぬかし始めた彼を遮って言う。 「殿下は幼少より国の王、トップとなるために学ばれてきました。 しかし、今のあなたは民衆のトップに立てるような行いをしていらっしゃるでしょうか?」 「~~、貴様っ!!!」 ゴッと鈍い音がして一瞬視界が揺れた。 高い不快な音を立ててティーカップが地面で砕け散る。 メイドたちが悲鳴を上げる。 どうやら王太子が手に持っていたティーカップを私の頭部へ投げつけたらしい。 ポタポタと液体が滴る感触がする。 飲みかけの紅茶だろう。 「貴様!!王族であるこの私を愚弄したな!?」 王太子が怒りも冷めやらんと言った様子で激昂している。 メイドや執事たちも彼を止めたいが、王族であるがゆえ手を出せずにいるようだ。 私が額を拭うと真っ白なブラウスの袖が赤く染まった。 どうやら少し切ったらしい。 「愚弄しているつもりはありません」 そう言って顔を上げると、彼は顔をひきつらせた。 恐らく血が出ていることに怯んだのだろう。 「と、とにかく!! もうここへは来ない。 せいぜい離縁されないように頑張ることだな」 そう捨て台詞を残して嵐のように帰っていった。 「奥様っ!!」 事の成り行きを見守っていたメイドたちが慌てて駆け寄ってくる。 「ど、どうしましょう!? 医者を!医者を呼びましょう!!」 「大丈夫。 皮膚が薄いから大袈裟に出血しているだけで、それほど深くはないから。 悪いけど床を片付けてくれないかな? 紅茶とカップを台無しにしてごめんね」 慌てているメイドたちにそう言うと、彼女たちは顔面を蒼白にして頭を下げる。 「そんなっ…、止めに入れず申し訳ございません。 せめて手当をさせてください」 服を着替え、メイドに手当をしてもらう。 あのカップ…、確かクロード様が隣国の商人から買い付けた高級で貴重なカップだったはず。 王家に言えば弁償してもらえるかな? 包帯を巻き終え、私室に帰ろうとすると執事長に「この件は旦那様に報告した方が良いかと思いますが」と声を掛けられた。 やっぱりそうだよな… あまり大事(おおごと)にしてクロード様に負担を掛けたくはないのだけれども。 「そうですよね。 私の方で手紙を書きますので…、申し訳ございませんが使いを出していただけますか?」 私がそう言うと「それは構いませんが…」と執事長が言い淀む。 「奥様が報告した場合、そのお怪我の話はしませんよね?」と訊かれる。 「はい、そのつもりです。 大した怪我ではありませんし」 「大した怪我だと思いますが…」 「どうせクロード様が私に会う頃には傷もふさがってますよ。 それでは、手紙を書いてきますね」 そう言って、まだ何か言いたげな執事長を残して私室に戻る。 早速便せんを取り出し、王太子が来たことと事故でカップを割ってしまったことを書いた。 もう解決したので大丈夫です。カップはいつか絶対に買い直します。と添えて。 『お体に気をつけて適度に休んでください』そう締めた後に、”会いたい”と続けてしまいそうになる。 私たち離縁なんてしませんよね?と確認したくなる。 余計な言葉たちを胸に仕舞うように封筒に封をする。 それからいつもどおり仕事をこなし、夕食を取ろうとダイニングに向かうと何やら玄関が騒々しい。 覗きに行くと、何日ぶりかに見るクロード様がいた。 目が合うなり、ずかずかと私の前に来て大きな手で顔を挟み込まれる。 「ユーフォルビア!無事か!? 王太子に何か…さ…」 彼が不意に目を見開き、私の前髪をそっと上げた。 あ…、包帯がバレた。 「これ…、王太子が?」 「いや、えっと」と私が誤魔化そうとすると、すかさず執事長が「妃に戻らないかと言う提案を断られ激昂した王太子様がティーカップを投げつけたのです」と要らない報告をした。

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